願い
"幼い命を救った女子高生"
"彼女の死は運命か必然か"
こんなタイトルばかりのニュースや新聞が嫌でも目に入ってきて苛立ちが止まらない。
天に何度も願ったけどひなはあの後病院で死亡が確認された。
救急車で運ばれる時点でもう心肺停止の状態で、おそらく即死だったと医者は言っていた。
車の運転手は事故のショックで気絶していただけで大した怪我はしていなかったらしい。
正直僕はこの運転手に対してそんなに憎しみの感情は無かった。
たしかに車に轢かれたからひなは死んでしまったけれどそもそもの原因を作ったのはあの子供だ。
そんな忌まわしいあの子供は擦り傷程度。
憎たらしいことこの上ない。
各報道、近隣の人間までもが彼女の死を"運命"や"必然"だったのではと言う。
寿命が分かるこの世界で彼女は17歳で亡くなる定め、つまり運命だったのでは。
あの場に居合わせたのは偶然だったのではなく、必ず彼女だと決まっていて必然な出来事だったのでは。
そんな憶測ばかりが一人歩きした。
運命?必然?ふざけんな。
何知った気でひなのこと話してんだよ。
あの事故が運命か必然だったなんて僕には思えなかった。
当たり前に寿命が分かる現代だからこそ、今の世の中の考えは狂ってきてる。
予め自分が何歳までに死ぬのかを知って、それまでの人生を謳歌する。
こんなのが"幸せ"だと言えるんだろうか。
例えば自分の寿命が20歳だとして。
10歳で自分の寿命を知ったとき
「あと十年、勉強も運動も就職も頑張ろう!」
こんな気持ちを抱けるのだろうか。
自分だったらこうは思えない。
十年しかない未来なら全部中途半端にして就活なんてしないだろうし、友情とか恋愛もどうでもよくなると思う。
だってどうせ築き上げても全て無くなるのだから。
だから僕は未だに寿命年齢通告書のはがきを開けずにいる。
机の奥にしまったままもう七年の時が経つ。
でもひなの死を目の当たりにして少しだけ気になってしまった。
ベットから這いつくばるように出て机へ手を伸ばす。
「たしかこの辺に…あった」
ガサゴソと引き出しの中を漁り、一枚のハガキを手探りで探すと少し厚みのある紙が指に触れる。
数年ぶりに見たはがきは乱雑に仕舞われていたせいか、グシャグシャになっていた。
なんとなく雑に手のひらで皺を伸ばし、はがきのめくり口に指をかける。
貴方の寿命年齢、この文字が見えた途端僕の指は止まってしまった。
このまま自分の寿命を知ってしまったら自分も運命や必然だと唱えてる連中と一緒になってしまうんじゃないか、そんな不安が脳裏を過ったから。
僕がこの歳で死ぬのもまた運命だと、未来の自分が考えてしまいそうな気がした。
やめよう、こんなものを見るのは。
ハガキを引き出しの奥に仕舞い込んでベットに潜り込む。
でももしあの事故を助けられていたら、あれは運命では無かったと言えたんじゃないか。
それならあの子供を助けることができたら、人の死は運命で決まるものではないと言える…?
そしたらあの連中に彼女の死は運命でも必然でも無いと証明できるんじゃないか。
暗闇の中に一筋の光が指した気がした。
そうと決まれば部屋に引きこもってる場合じゃない。
布団から勢いよく飛び出し、出かける準備を始める。
あの子供を救うのは多少癪に障るがこれもひなのためだ。
締め切っていたカーテンを勢いよく開けると眩しい太陽の光が降り注いできて、目が眩む。
久しぶりに明るくなった部屋を見渡すと、そこら中にゴミが散乱していて見るに絶えない部屋と化していた。
「ひなが居ないと僕はこんなにもダメな人間になっちゃうんだな…」
今まで当たり前に隣りにいた僕の愛しい人。
素直になれなくて散々自分から遠ざけてたくせに、今はそれを死ぬほど後悔してる。
もう一度やり直せたら、なんて何度考えたか分からない。
それくらい彼女は僕にとって大切で、唯一無二の存在だった。
…駄目だ。今はやらなきゃいけないことがある。
彼女はもう戻ってこない。
いい加減受け入れろよ、僕。
自分自身に活を入れるようにバシッと両頬を叩く。
「大丈夫、きっと上手くいく。」
それからの僕の行動は毎日同じことの繰り返しだった。
あの日見た子供の映像には夕日の光が差し込んでいたから必然的に時間帯は限定されてくる。
子供の背格好も大して変わっていなかった。
つまりあれは近いうちに起こる出来事ということ。
考えれば考えるほどなんて不義理な子供なのだろうと思う。
せっかく繋いでもらった命を同じ過ちで失うような奴。
小さい子供だからしょうがない?そんな甘ったれた事は思わない。
自分のせいで一人の人が亡くなったことくらいわかってるだろ。
極度の苛立ちから無意識に右足が貧乏ゆすりをしている。
「落ち着け、自分。」
嫌悪の感情に包まれたら、いざという時僕はあの子供を助けるために動けなくなってしまうだろ。
あんな奴いなくなってしまえばいい、そう考えてしまうだろ。
あの子供への私情は一旦置いといて運命を変えることだけに集中するんだ。
あれからどれくらいの月日が経っただろうか。
気づけば2ヶ月の時が過ぎていた。
あの子供は毎日ではないが頻繁に公園に遊びに来てはいる。
だけどあの映像のようなことは起こらない。
何かの見間違えだったんじゃないかと思ってしまうくらい。
今日もいつも通り遊んでいる子供を眺めながらぼんやりと考えていた。
「今日も特に異変なし」
そう踵を返そうとしたその時だった。
「あ!!」
突如大きな叫び声を上げて走り出す子供の姿が目に映った。
その先にはあの時と同じボール。
…なんで気づかなかった、あの映像と今日のあの子供の服装は全く同じじゃないか。
「待て!止まれ!」
そう叫ぶけど子供の耳には全く届かず、走るのをやめない。
あの日と同じように向こう側から車もこちらに向かってきている。
スピードを全く下げない様子から恐らく車の運転手も子供に気づいていない。
まずい、このままじゃあの日と同じようになってしまう。
急げ、間に合え、もっと速く走るんだ。
子供が公園の出入り口を飛び出す瞬間、なんとか間に合った俺は子供を公園側へと突き飛ばした。
あぁ、良かった。そう安堵したのも束の間。
目の前にいたはずの車が突如急カーブを切って公園へと突っ込んでいった。
その方向の先には僕が助けたかったあの子供。
駄目だ、もう間に合わない。
ドンッとあの日にも聞いた衝撃音が辺りに響き渡る。
「クソ!!!!」
力いっぱい地面を叩きつけても、ありったけの暴言を吐いても、もうどうしようもなくて。
変えられなかった現実を受け入れることなんてできるわけない。
騒然とした空間の中、まるで自分だけがぽつんと取り残された気分だった。
子供を抱きかかえ泣いている母親。
ぴくりとも動かない運転手。
こんな状況でもカメラを向ける野次馬。
そんな光景を魂が抜けたように見つめることしかできなかった。
ごめん、ひな。俺はひなが命がけで守ったあの子を守れなかったよ。
しばらくすると聞こえてきた救急車のサイレンの音。
「あの日と何も変わらない、変えられなかった」
だんだん視界がぼやけていって自分が泣いていることに気づく。
あの子を守れなかった悲しさ、何も出来なかった自分の無力さ、いや違うだろ。
変えようとした運命を変えられなかったからだろ。
思い介してみれば向かってくる車とは反対方向にあの子を突き飛ばしたばすなのに、突き飛ばした方向に車は急カーブしてきた。
まるで意図的のように。
これが世間様が言う「運命」なのか。
どうせ変えられない定めなら、どうして俺にこんな力を与えたんだよ。
苦しめるため?嘲笑うため?
神様が本当にいるならお願いだから、こんな力無くして欲しい。
いっそのこと僕を殺してよ、こんな現実耐えられないからさ。
もう、どうでもいいや。