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運命


「おはよ!」


後ろからぽんっと軽く肩を叩かれる感覚がして

振り返るとそこには初めて会ったときと同じ屈託のない笑顔を浮かべたひなが居た。

ひながいると周りがパッと明るくなる。

そんな不思議な力が彼女にはあった。


「…おはよ」


ぶっきらぼうな言い方でしか返せない自分が嫌になる。

僕とひなは2つ歳が離れていて、今は僕が中学2年生、ひなが高校1年生だった。

幼い頃はこんな年の差なんて気にしなかったけど、思春期を迎えた今の僕にはそれは困難で。

同級生に冷やかされるのも心底嫌だったし、母親にニヤニヤした視線を向けられるのはもっと嫌だった。

きっとひなも周りにとやかく言われてると思うのに彼女はそんな素振り一度も見せなかった。

2つしか離れてないはずなのにそれがすごく遠く感じてしまう。 

幼い頃から彼女は可愛かったけど今はそれにもっと磨きがかかっていて。 

透き通る真っ白な肌に、細くてスラッと伸びた手足。

綺麗に手入れされた長い髪は思わず触れてみたくなってしまうほど。

見た目が桁違いに整っているのもあるけどひなはいつも明るくて笑顔を絶やさない。

こんな魅力的な人だ。

今まで沢山の人に告白されてきたことは知ってる。

でもひながそれに応じることはなかった。

だから僕は期待してしまいそうになる。

彼女も僕と同じ気持ちなんじゃないかって。

だけど彼女は誰にでも優しいから。

僕だけが特別な訳じゃない。

ひなにとって僕はただの2つ年下の幼馴染み。

それ以上でもそれ以下でもない。

彼女と同い年だったらって何度も考えたけど、仮に同い年だったとしてもきっとただの幼馴染み止まりだ。

それを分かっているから余計に子供じみた思春期を抜け出せないでいる。

隣に、傍にいれればそれで良いなんて大人な事言えないよ。

本気で君が好きなんだから。


「ちょっと、煌ちゃん聞いてる?」

「聞いてるけど」


本当は全く話なんて入ってこないのに強がってさ。

こんな僕の気持ちなんてきっとひなは気づいてない。

情けない僕はそれを言うこともできない。

言葉にできない想いを胸に今日も彼女の隣を歩くんだ。



時は過ぎて僕は中学3年生になった。

ひなへの気持ちはまだ胸に秘めたまま。

未だに思春期のような行動を治せないでいる。

だけど今日くらいはちゃんとしなきゃ。

今日は5月4日。ひなの17歳の誕生日。

ここ数年は自分が思春期拗らせてるせいでまともにお祝いできてなかったから今年こそはと強く意気込む。

だけどそう決意してひなの家の前まで来たのは良いものの、なかなかインターホンが押せない。

隣同士で近いんだからもうちょっと自分の家で心の準備をしてから来れば良かった…

でもここで引き返すときっと僕はもう此処に来れない。

覚悟を決めて震える指先でインターホンのボタンを押そうとしたその時。

ガチャッと目の前の扉が勢いよく開き、咄嗟のことに避けきれずゴンッと鈍い音を出しながらぶつかってしまった。


「あれ?!ごめんなさ…って煌ちゃん?」


扉からひょこっと覗くように姿を表したのは僕が会いたかった人。


「煌ちゃんがうちに来るなんて珍しいね?どうしたの?」

「いや、その…」


いきなりのご本人登場で上手く言葉が出てこない。

えっと、あの、とか歯切れの悪い言葉ばかりを並べてしまう。

だけどひなは優しいからこんな僕の言葉を待ってくれる。

"誕生日おめでとう"こんな簡単な言葉も素直に言えない。

何も言えないまま時間だけが無常にも過ぎていく。

このままじゃ駄目だ、変わるって決めたんだ。

ゆっくりと深呼吸をしてひなと目を合わせる。


「ひな、誕生日おめでとう。僕ずっと前からひなの事…」


予定には無かったけどずっと秘めていたこの想いも告白するんだ。

振られたって良い、このままずっと思春期拗らせてる方がよっぽど嫌だから。

幼なじみとしてでも良いからひなの隣にいさせてよ。


「煌ちゃん」


だけどやっとの思いで決心した告白の言葉は彼女によって遮られてしまう。

一度目を伏せてからゆっくりと僕と視線を合わせるとひなは僕の首に腕を回した。

あまりに突然の出来事に思考が停止する。

瞳孔が左右に揺れて視点が定まらない。

息をするのも忘れるほどに僕は動揺していた。ひなに抱きしめられているこの状況を上手く飲み混むことができない。

僕とひなの身長はほとんど変わらないから、僕の顔の真隣にひなの顔があって頭はショート寸前だった。

あまりに近くて僕の心臓の音が聞こえてしまっているんじゃないかと不安になるほど。

だけど数秒ほど時間が経った後、ひなはゆっくりと僕の首から腕を解き、僕の左手を両手で包みこんだ。

驚いて視線をひなに向けると、今にも泣き出しそうな顔をしていて。


「煌ちゃん、私」


目にたくさんの涙を貯めて、僕を真っ直ぐに見つめるひな。

ひなの泣いているところなんて今まで見たことがなかったから僕は驚きを隠せなかった。

好きな人が泣いているのに何も言葉を掛けられず、狼狽えることしかできない自分が情けない。

自己嫌悪に陥っているといきなり頭に強い痛みが走り、視界が歪む。

すると突然脳内に映像のようなものが流れ始めてきた。

流れ込んでくる映像は所々ぼやけていて不鮮明でよくわからない。

だけど少しするとぼやけた視界に一人の人影が見え始めてきた。

後ろ姿だけど間違いない、これはきっとひなの姿だ。

何処かへ向かっているのだろうか。

少しずつ周りの景色も見えるようになってきた。

これはよく一緒に遊んでいた公園…?

ボールで遊んでいる男の子の姿も見える。

まるで場面が切り替わるかのように突然映像がスローモーションへと変化する。

ボールが公園の入口を飛び出てそれの後を追うように男の子が走り出す。

入口付近には車が向かってきていた。

男の子はボールに夢中で車に気づく気配はない。

このままじゃぶつかる、そう思ったとき走り出すひなの姿が見えた。

駄目、止まって、そっちに行っちゃ駄目だ。

そんな僕の声は届くはずもなくひなは男の子を公園の方に突き飛ばし、そのまま車と物凄い勢いで衝突する。

ここで映像は物語の終わりを告げるように突然終わってしまった。

ずっと握られていた左手が解かれる感覚がしてハッと我に返る。


「ごめんね、煌ちゃん」


ひなは僕に何か話をしてくれていたはずなのに。

映像に気を取られてまともに聞くことができなかった。


「また明日ね!」


そう言って先程までの涙が無かったことかのように颯爽とひなはこの場から去ってしまった。

きっと絶対大事な話だったはずなのに。

ひなのことだから僕に気を遣わせない為にああやって最後は元気に振る舞ってくれたんだ。

結局告白も中途半端に終わってしまったし、何から何まで本当に自分が情けない。

それともひなはわざと僕の告白を遮ったんだろうか。

それならあの包容と涙の意味は何だったのだろう。

重い足を無理矢理動かして自分の家の玄関にたどり着く。

たったこの数歩が果てしなく長い距離に感じるほど僕は酷く落胆していた。

当然自分の部屋まで行く気力もなく、玄関先で座り込む。

だけど思い出すのはさっき見た映像のことばかり。

もはや告白を遮られたことは二の次だった。

ここでふとある違和感に気付く。

あの映像の中のひなの格好が今日のひなの服装と全く一緒だったような…?

なにより珍しくひなが髪の毛をポニーテールにしていた。

いつもはおろしているはずなのに。

なんだか妙な胸騒ぎがする。

あの映像がもし現実に起こることだとしたら。

そう思ったらいてもたってもいられなくて玄関を飛び出し、あの公園へ向かった。

ここから公園までは走れば5分ほどで着けるはず。

途中何度も足が縺れて躓いたけど走らずにはいられなかった。

どうか僕の行き過ぎた考えであってほしいと願いながら走り続ける。

この先の十字路を左に曲がれば公園の入口が見えるはず、そう思った時だった。

ドンッと聞いたことないような衝撃音が耳に響く。

そして続けざまに子供の泣き叫ぶ声。

全身から冷や汗が溢れ出て瞳孔が揺れる。

きっと違う、大丈夫、そう自分に言い聞かせながらおぼつかない足取りで突き進む。

だけどそんな僕の願い虚しく、十字路を曲がった先に広がっていた光景はさっき見た映像と同じ物。

血を流し倒れているひなに泣き喚く子供の姿、それはもう悲惨な状況だった。


「ひな…!」


ひなの元へ駆け寄り、声をかけ続けるが応答はない。

車の方へと目を向けるとボンネットの凹み具合がこの事故の衝撃の凄さを物語っている。

運転手は気を失ってるのかこう垂れてぴくりとも動かない。


「落ち着け自分…まずは救急に連絡をしないと…」


震える手で119を打ち込み電話をかける。


「事故です、ひなが、女性が車に轢かれて…」


電話をかけながら辺りを見渡すが皆遠くから傍観する大人ばかり。

どうして誰も手伝ってくれないんだよ。

その間も聞こえ続ける子供の泣き声。

なんでお前が泣いてるんだよ、お前のせいでこうなったんだろ。

真っ黒な感情が僕を支配していって、気づいた時にはもう遅かった。

両手で顔を隠すように泣いている子供の手を無理矢理引き剥がし、ありったけの罵声を浴びせた。


「お前のせいでこうなったんだろ!それなのに何被害者ぶってんだよ、全部全部お前のせいだ!」


まだきっと5歳くらいの幼い男の子に大人気なく大声で怒鳴った。

びっくりして泣くことも忘れてるこの子に僕は更に詰め寄って暴言を吐き続ける。


「お前が泣くなんて許されないんだよ、身の程をわきまえ…」


すると突如また激しい頭痛に襲われ言葉に詰まる。

そしてまた流れ込んでくる映像。

そこには今目の前にいる男の子が映っていた。

映像が終わる頃、最早僕はこの子供に怒る気力がなくなっていた。

同じこの公園でこの子供はまた同じ過ちを繰り返す。

今度はひなのように身を挺して守ってくれる人はいない。

せっかくひなに紡いでもらった命をこいつは失くすんだ。

これ以上こんな奴に怒鳴っても無意味だ。

掴んでいた子供の手を離し、ひなの側へ行く。

ピクリとも動かない彼女を抱きしめながらほぼうわ言のように呟く。


「どうして…」


あんな恩知らずの子供のために。

そう喉元まででかけた言葉をぐっと抑え込む。

ひなは優しい人だからきっとこんな風に思ってる僕を叱るだろうな、ってそう思ったから。

ごめん、謝るから、お願いだから…


「目を覚ましてよ…」


少ししてやって来た救急隊。

担架に乗せられて運ばれていくひなを僕はただ呆然と観ていることしかできなかった。

何もすることができなかった惨めさ、ひなを守れなかった後悔。

もっと早くあの映像の違和感に気づけていたら彼女を助けることが出来ていたかもしれないのに。

自己嫌悪で体が全く動かなかった。

視界がだんだんとぼやけていって、溢れ出した涙が頬を伝う。

あぁ、神様。どうして僕にこんな不思議な力を授けたのですか。

助けられなくてごめんなさい。

でもどうか彼女を救ってください。

どんな代償でも支払います。

だからどうか、ひなを助けて下さい。


そう天に乞うように何度も何度も、僕は祈り続けた。








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