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出会い

「ねぇ、」


遠くの方で誰かの声がする。

まだ眠っていたい。あの日の記憶でもいいからお母さんに会いたい。

きっとこれはまだ夢の延長線。


「もしもーし」


もう一度、今度はやけに近くから聞こえてきた声が耳に響く。


「こんなところで寝てたら風邪引くよ?」


はっきりと聞こえてきた男の子の声。

机に突っ伏すように寝ていた姿勢を解き、頭を上げる。


「え…?」


ぼやけた視界に映る一人の人影。

意識が朦朧としていて状況を上手く飲み込めない。


「いや、だからさ」


そう言って目の前にいる男の子が私に手を伸ばしてきた。


「触らないで!」


条件反射で大声を出し、椅子から勢いよく立ち上がる。

その衝撃で椅子はバンッと大きな音を立てて後ろに倒れた。


「あ…ごめん。いきなり話しかけられたらびっくりするよね」


申し訳なさそうに眉をひそめ、頭を下げてくる。

私あの授業の途中で眠っちゃってたのか…。

時計を見ればもうとっくに下校時刻を過ぎている。

誰も起こしてくれなかったことに落胆しそうになるが仕方ない、自分がそうなるようにしてきたんだから。


「あ、いえ…。こちらこそ起こしてくれたのに大きな声出してすみません。ありがとうございました」


目も合わせずに早口で捲し立て、足早にドアへと向かう。


「あ、まって…!」

「…なんですか」


振り向きもせず、声だけで応答する。

自分でもかなり感じ悪い事は分かっている。

だけどこうしないと…私は死神だから。

周りの人に迷惑をかけてしまう。

あぁ、駄目だ。さっきまであの日の夢を見ていたからかいつもよりも感傷的になってる。


「あ、えっと…俺明日からこのクラスに転入するから挨拶でもって思って」

「そうですか、じゃあ」


転校生に興味なんてない。早くここから立ち去りたかった。

それでもこの人はまた「え!まって」と呼び止めてくる。

はぁ、とわざと大きめなため息をつきながら振り返る。

さっきまでは気が動転していたからまともに姿を見ていないこともあって思わず凝視してしまった。

黒髪にきちんと整えられた身だしなみ、笑顔が似合う好青年。

私とはかけ離れた存在。


「せめて名前は言わせてよ」

と少し困ったように笑って彼は言う。


「俺は青海あおみ あき


屈託ない笑顔を私に向けてくる彼。

私は誰とも馴れ合う気なんてないのに。


「君の名前はなんていうの?」


下を向いたままぼそっと小さな声で答える。


「…淡島あわしま さくら

「素敵な名前だね、なんだか君にぴったり。よろしくね、淡島さん!」


浅く会釈をしてその場を離れる。

最後まで目を合わせられなかった。

でもいいんだ、これで。

そう思うのに、そんな気持ちとは裏腹に私の心には大きな蟠りが残った。


いつもの帰り道だけど今日は少し違う。

普段の下校時間には見れない夕日が街を包み込むように赤く染め上げていた。

祖母の家の近くにはこじんまりとした公園があって、いつもだったら立ち寄らないけど今日はなんとなくこの景色を見ていたかった。

誰もいない公園のベンチにそっと腰掛け、呟く。


「久しぶりにあの日の夢を見たなぁ…」


静かな空間に私の独り言だけが大きく響く。

私が自分のことを死神だと認識するようになってからは色々なことが変わった。

今までなんとなく感じていた祖母の態度の違和感は確信へと変わって、祖母が私を恐れているなら関わらないようにしようと決めた。

必要最低限の会話にして、一緒の空間にいる時間を削れるだけ削った。

祖母も初めは私の変化に戸惑っていたけれど、やっぱり祖母にとってもその方が良かったみたいですぐに順応してくれた。

仲良しだった友達とも縁を切った。

私は自ら孤独を選んだんだ。

それなのに何処か寂しいと感じてしまっている自分がいる。

…そんな感情私には烏滸がましいのに。

こんな感情なんて無くさないとお母さんに許してほしいなんて言える資格ない。

今の私にできることは罪の償いと、周りの人に危害を与えないように死を待つだけ。

大丈夫、もうすぐお母さんの所に行ける。

来年の3月には17歳になるから、最長でも再来年の誕生日までには死ぬことができるんだから。

気づけば夕日はもうとっくに沈んでしまっていて、辺りは薄暗くなっていた。


「そろそろ帰らなきゃ」


ギシッとベンチが軋む音と共に立ち上がる。

ここから祖母の家までの道のりは住宅街だ。

たくさんの家が建ち並ぶこの通りはいつも別世界にいるような気持ちになる。

美味しそうな夕ご飯の匂い、楽しそうな笑い声。

幸せそうな風景を目の当たりにするとなんだか私は此処にはいちゃいけない存在のような気がしてきて。

私一人だけ場違いなような気持ちになってしまう。

だからいつもここは足早に通り過ぎる。

この幸せな空間を私が壊してしまわないように。


翌朝学校に着くとなんだかガヤガヤしていてみんな浮足立っているようだった。

疑問に思いながらもいつも通り特に挨拶もせず、クラスメイトの間を通り抜けぬがら席に着く。

するとガラッと勢いよく扉が開く音がして、担任の佐藤先生が教室へと入ってくる。


「おーい、お前ら席に着け〜」


なんて気だるそうに声をかけて教壇へと立つと、パンっと両手を叩いて皆の視線を集めさせた。


「そんで今日はお前らにお知らせ」


その瞬間、みんなの空気が変わったのが分かる。


「転校生でしょ?! 噂になってるよ〜!」

「早くみたい!女子?男子?」


わいわいと楽しそうに皆で話しているのを私はただ後ろから眺めていた。

あぁ、そういえば昨日会ったあの男の子転校生って言ってたっけ。

えーと、確か名前は…


「あぁ、もう!わかったわかった!」


相次ぐ生徒からの質問攻めに先生が降参とでもいうように両手を上に上げ、「入ってきていいぞ!」と扉の向こうに声を掛ける。

するとやっぱり教室に入ってきたのはあの時の男の子。


「初めまして、青海 煌です。よろしくおねがいします!」


昨日と同じように屈託のない笑みを浮かべ、私達に挨拶をする。

すると瞬く間に教室は女子の黄色い歓声に包まれた。


「えっ、めっちゃカッコいい!」

「モデル?!」


こう思うのは私も納得できる。昨日のあの一瞬でも目を奪われた。

制服を着崩すことなく清潔に身に纏っていて、スラリと伸びる長い手足がそのスタイルの良さをより際出させている。

顔立ちもかなり整っていて、その抜群のスタイルも相まってモデルかと思うくらい。

外見だけだとクールな人に見えるのに、笑顔はとても人懐っこくて愛嬌がある。

あぁ、この人は私とは正反対な人。


「お前らちょっとは静かにしろ、転校生が困ってるだろう」

「いえ、そんな!」


両手をぶんぶんと音が鳴りそうなほどに振りながら彼は答える。


「そうか?とりあえず青海の席は…」


なんて言いながら辺りを見渡しながら考え込む先生。

それもそのはず。今空いている席は私の隣しかないから。


「あ!あそこ空いてるじゃないですか」


こっちを指差しながら先生にそう言う彼だけど、ここはきっと移動されるよ。

そう心の中で思っていたけれど、

「しかも淡島さんじゃん!隣が知ってる人なんてラッキー!」

そう言いながら先生が指示するよりも先に彼は私の隣に座った。

あまりに自然な一連の行動に一同呆然としてしまったけれど、すぐに困惑した表情へと切り替わる。 


「あー…青海、彼女と知り合いなのか?」


怪訝そうな顔で尋ねる先生にさも当たり前、とでも言うように「はい!」と彼は返事をした。


「ね?」

小首を傾げながらキラキラした笑顔を私に向けて聞いてくる。

まさか昨日のあの少しの会話だけで知り合い認定に…?


「えっと…」

「なんだやっぱり知り合いじゃないのか」


言葉に詰まる私を見てそう言う先生は、知り合いではないことを望んでるようだった。

それはそうだよね、と私自身も思う。

入学したての頃はみんなと同じように席替えをして、毎回違う席になっていたけれどいつの間にか此処が私の指定席になっていた。

教室の一番後ろ、窓際の席。

いつしか隣の席も空席か、私一人だけ列を飛び出る形にされるようになっていた。

必要以上の会話はせず、誰とも行動を共にしないのは"学生"というこの空間において私は異質だったと思う。

気づいたときには私は独りで。

でもこうなることを望んでいたからむしろ好都合だった。

それなのに、

「えー!昨日話したよね?!」

と身を乗り出して私に訪ねてくる彼に戸惑いを隠せなかった。


「まぁいいや!とりあえずこれからよろしくね?淡島さん!」


半ば強引に話を完結されてしまって一言も発することができなかった。

どうしよう、もう誰とも関わりたくないのに。

まぁでも初めの頃は隣の席に人はいたんだし…どうにかなるだろうと気持ちを落ち着かせる。

チラッと隣に目を向ければ私の視線に気づいたのか「ん?」とにこやかな笑顔を向けてくる。

その瞳はとても綺麗で穢れなんて無さそうで。

私という不純物が混ざってしまったらこの人を穢してしまうから。

大丈夫、上手くやれる。

今はこんな感じだけどきっと数日無視してればこの人も皆と同じになるはず。

そうしたら私はまた"独り"になれる。



あれから数日たった今。

…彼は私に笑顔で話しかけ続けている。

私が全く反応もしないからほぼ独り言状態なのに何故か会話が成立しているかのように話すんだから、この人はすごく不思議っていうか変な人。

でもすごく明るくて、愛嬌があって。

おまけにこの外見だからすぐにクラスの皆と打ち解けていた。

女子にモテる彼を男子は初め毛嫌いしていたみたいだけど、それを鼻にかける訳でもなく誰にでも平等に接する彼に次第に男子達も打ち解けていったみたい。

今ではクラスの男子の中心で数日前に転向してきたばかりとは思えないほど。

そんな風に皆と話す彼を眺めるとやっぱり私とは正反対な人だと感じてしまう。

私が死神なら彼は天使かな、なんて。

彼はとても優しい人だからクラスで浮いている私を放っておけないんだと思う。

でもそれは私が望んだことだから…正直放っておいて欲しかった。


「淡島さん聞いてる?」


そう言って私の顔を覗き込んでくる彼。

反射的に顔をそっぽに向けてしまった。

…私は彼の目を見ることができない。

その目を見て、彼の優しさに直接触れてしまったらもう戻れない気がしたから。


「俺はさ、」


さっきまでの明るいテンションとは打って変わって、彼は突然真面目なトーンで話し始める。


「淡島さんと友達になりたい、って思ってるんだけど…」


正直意外だった。

彼の性格ならこの一方通行の関係も友達だと言ってしまいそうなものなのに。


「やっぱり迷惑かな」


なんて弱々しい声で言うから思わず彼の方を向いてしまった。

下を向いていた彼だけど、私の視線に気付いたのかゆっくりと顔を上げる。

初めて彼と交わった視線はやっぱりなんだかむず痒くて、もどかしくて。

だけど視線を合わせてしまったら最後。

きっと彼の優しさから抜け出せない。


「ううん…友達、になろう」


わかりやすく表情を明るくしてはにかむ彼を見るとこれがきっと正解だったんだと思う。

この感情が"友情"というものなのか分からないけれど、私は彼と友達になりたい。


お母さん、ごめんなさい。

少しの間の我儘をどうか許してください。

そう切に願いながらーー



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