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私が死神になった日

はじめまして、読んで頂きありがとうございます。

もしよければ最後までご覧頂けると嬉しいです。


2150年、此処は自分の寿命が分かる世界。

教科書で習った昔の世界では知ることができなかったんだって。そんな教科書に載っている時代から100年くらい経った訳だけど飛躍的に医学が発達したわけでもないし、車が空を飛んでいるわけでもない。けれど当たり前に自分の寿命だけは分かる世界になった。各国の偉い人が集まってできた賜物らしいけど、私達のような一般人はその仕組みもよく知らされていない。みんな寿命が分かる時に生まれてこれて良かったって口を揃えて言うけれど私はそんな風に思わない。

こんな制度のせいで、私のせいで…お母さんは死んでしまったのに。


「はぁ…」

思わずため息が漏れる。

教室の一番後ろの窓側の席、此処が私のいつもの定位置。隣の席は決まって空いている。

少しでもこの空間から逃れたくて窓の外に目を向けると、他クラスの生徒達が楽しそうにグラウンドでサッカーをしているのが目に入る。

だけどどんなに視界を背けても先生の声は嫌でも耳に届いてしまうわけで。小中高と一貫して半年に一度、「命について」という授業が行われるけど聞きたくもない。この授業を聞くとあの日のことを思い出してしまうから。


あれはちょうど桜が咲き始めた春の日。窓からは心地良い風が吹き込んで、暖かな光がさす。陽の光に当たりながらお母さんの膝の上で絵本を読み聞かせてもらうのが私の大好きな時間だった。

そんな平穏で幸せな日々をこの先もずっと続けられると思っていたのに。私がそれを壊したんだ。


「ママ、8と2がみえるの、これなぁに?」

「うん?このご本の中にはないよ」

「ご本じゃないよ!ママにみえるの」


この頃から私には他の人には見えない数字が見えるようになっていた。お母さんの肩の少し上くらいに日めくりカレンダーのようなものが見えるようになっていたのだ。そこには数字が記されていて82と書かれていた。当時の私はまだ数字を覚えたてでまだ二桁の数字を上手く読むことはできなかった。幼い私にはこれが何を意味しているのか分からなかった故に見える度に母に"言ってしまっていた"。


「ママ、5と4がみえるの。どうして見えるのかなぁ」


あの頃の私は気づけなかったけどだんだんと見える数字が"減っていっていた"。お母さんも初めは気づけなかったと思う。私が覚えたての数字を言いたいだけだと思っていたんじゃないのかな。

でも一瞬だけお母さんの表情が変わったときがあるんだ。それは私が初めてお母さんの肩に浮かぶ数字を綺麗に読めたとき。


「ママ、33がみえる!わたし数字読むのじょうずになったでしょ?」


得意気に腰に手をやって満面の笑みを浮かべていた私。きっと褒めてもらえる、そう思っていたのにお母さんはほんの一瞬だけ悲しい顔をして、それを隠すように項垂れた。


「ママ…?体調わるい?だいじょうぶ?」


お母さんの顔を覗き込むようにしてしゃがもうとすると、それを阻むようにお母さんは顔を上げた。それはとても笑顔で。


「もう二桁の数字を綺麗に言えるようになったんだね!すっごくえらいよ」


私の頭を優しく撫でながら微笑むお母さん。

あの頃の幼かった私はそんなお母さんの笑顔を見たらさっきまでの悲しい表情なんてすっかり忘れ去って、褒められた喜びでいっぱいになってしまった。


「うん!わたしもうおとなだよ!」

「そうだね、じゃあ大人になった記念に一つママと約束してくれる?」

「いいよ!なぁに?」


小指を私の前にだして指切りげんまんの形にすると、ふっと浅く息を吐く。

するとまた一瞬だけ悲しい表情を浮かべて、俯く。そんなお母さんの身体は少し震えていて…それはまるで涙を堪えているようで。

だけどすぐに顔を上げると私の目を真っ直ぐに見つめて、真剣な表情をしていた。

この時のことは今でも鮮明に思い出せる。だけど思い出す度に心が酷く痛くて…苦しい。


「よく聞いてね。ママに数字が見えるって言ってたでしょ?きっとこれから他の人にも見えることがあると思うの。でも絶対に見えても言っちゃダメだよ」


一筋の涙がお母さんの頬をつたう。


「ママ…?どうして泣いてるの?どこか痛い?」

「ううん、違うの。ママは嬉しくて泣いてるんだよ。いつの間にかたくさんお話できるようになって…一人でもできることが増えたね。ママはすごく嬉しいよ。だからさっき言ったこと約束できる?」


首を傾げて優しく微笑みながら私の小指と結ぶ。


「はい!指切りげんまん」


お母さんは私の大好きないつもの笑顔を浮かべていたけれど、目には涙がいっぱいで。

お母さんが泣いている姿を見たのはこの日が初めてだった。だからかな、言葉が何も出なかったの。

幼いながらにもお母さんの切実な想いが真剣な眼差しから痛いほど伝わってくる。


ぎゅっと強く私を抱きしめると

「ごめんね、もう一つだけ約束して欲しい。絶対に自分を責めないでね。貴方は何も悪くない。長生きして、素敵な大人になるんだよ」そう続けた。


そして震える声で、今までよりも一層強く私を抱きしめながらお母さんは言ったんだ。

「桜、大好きだよ」

きっと、いや絶対に。私はこの声を、忘れられない。



次の日、私が目を覚ましたときにはもう手遅れだった。

お母さんの身体は冷たくなっていて何度呼びかけても返事が返ってくることはなかった。

その後の事は正直よく覚えていない。

気づいたときにはもうお葬式は終わっていて、あの頃の私はまだ幼かった故に"死ぬ"ということがよく分からなかった。

だけど幼いなりにもお母さんが帰ってくることがもうないことは分かっていた。

母方の祖母が私を引き取ってくれたけど何処かよそよそしくて、かつての優しい祖母の面影は無くなっていて。それが自分のせいだと気づいたのは十歳を迎えた時だった。


「なんだろ、これ」

ポストの中に見慣れないはがきが入っている。おばあちゃんへのお手紙かな。

きちんと確認もせずはがきを片手にガララッと今では珍しい引き戸の玄関を開ける。おばあちゃんが住んでいるこの地域では昔の伝統を残す活動をしているらしく、所々に面影が残っていたり。

まぁ正直不便な物のほうが多いから私は変えてほしいんだけどね。なんて絶対言えないけど。


「ただいま、お手紙届いてたよ」

「ありがとね」


受け取ろうと差し出した手を祖母は途中で止めた。

少しの間の後、

「もう十歳だものね…それは桜宛てのはがきだよ」と祖母は言った。


「え?そうなの?」


手に持っていたはがきをよく見ると宛先に私の名前が書いてある。


「寿命年齢通達書…」

「そうだよ、自分の寿命が分かることは桜も知ってるよね?十歳を迎えると国から通知が来るの。そしてそれは絶対に他の人に見せてはいけないし、教えてもいけないよ」

「家族にも?」

「もちろんそうだよ」


おばあちゃんの言う通り寿命を知れることは知っていた。だけどそれが届く年齢は知らなかったな。「命について」の授業もろくに聞いてなかったし…当然か。


「そうなんだ…わかった、ありがとう」


自分の寿命は一体いくつまでなんだろう。でもなんとなく私は長く生きれない、そんな気がする。

はがきを手に自分の部屋へと階段を駆け上がる。ランドセルを雑に床に放り投げ、はがきを捲る。

そこには3つのルールのようなものが書かれていた。


①他人に教えることはできません。また、他人の寿命を知ることもできません。

②他人に自分の寿命を教えた場合、運命が変わり寿命が縮む、または死亡します。

③寿命を終える原因を知ることはできません。

こちらの規則を厳守してください。


そう記されていた。

「他人に教えたら死ぬ…?」

ふと思い出したあの日のこと。

よく思い出すんだ、あの時私がママに言った数字を。


「ママ、33がみえる!わたし数字読むの上手になったでしょ?」


…そうだ、思い出した。私、33って言ったんだ。今思い返すと不思議な点がたくさんある。

私が数字を言う度にママの肩の上にあった数字は減っていっていた。

まさかあの数字が寿命のことだったってこと…?

これが正しいなら、他人に自分の寿命を言われるとそれは教えた事と同等になってしまう…?

初めの頃は数字が上手く読めなかったから、ママの寿命は減っていっただけ。

だけどあの日私がちゃんと数字を読めてしまったから…ママは寿命よりも先に死んでしまった。

寿命よりも先にって言っても本当は33歳よりももっと長く生きることができたはず。

ママの命を削ったのは紛れもなく私だ。

あぁ、そっか…ママはこの事に気づいてたんだね。

そしてこの事をきっとおばあちゃんも知っている。

だからおばあちゃんは変わってしまったんだね…私の事がきっと恐ろしいんだ。

いつ自分の寿命を言われて殺されるか分からないから。

でもそれは仕方ないことだって私にも理解できる。

あの時ママが「絶対に自分を責めないで」と言ってくれた意味がやっとわかったよ。

でもごめんね、ママ。私は自分を許せない。

私がママを殺したんだ。


「私は…死神だ。」


受け入れがたい現実に打ちのめされそうで、この先どうやって生きていけばいいのか分からなくて。

でもね、やっぱり私の勘は当たってたみたい。

こんな死神が長生き出来るわけないし、そんな資格もあるわけない。

はがきの1番下、太字で書かれた私の寿命はー


「17歳…」


あぁ…良かった。お母さん、私あと数年したらお母さんの所に行けるよ。死ぬまでずっと償い続けるから…だから、私がお母さんの所に行けたときは、その時は許してくれる…?


行き場のない怒りが、悲しみが私を襲った。

止めどなく溢れてくる涙を堪えることも出来ず、ただ嗚咽を漏らしながら泣き続けることしかできなかった。





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