表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

天才とは

〈穀象蟲食の怨みの淺からず 涙次〉



【ⅰ】


 テオは先日の「駄河馬」の一件と云ふ大きな仕事(ヤマ)を終へ、谷澤景六としての作業に戻つて行つた。櫻林悌生ものゝ「人の親」なる小説、久し振りに(長らく詩に嵌つてゐたから)文藝誌での小説の仕事である- を發表。

 親として、我が子の人格は認め、「あなた」と呼び掛ける作家。だが、裏では、酒・ドラッグに明け暮れる、碌でもない男... どことなく太宰の事を思はせる、そんな小説である。そして、自ら仔猫たちを抱へた、その覺悟が漂ふ佳品。


 永田も、久方振りの(YM賞受賞後、初の新作である)仕事らしい仕事をした。『火鳥の事』‐愛慾にまみれた永田本人と火鳥との生活を、克明に描いた私小説である。谷澤も、「永田さん本質的には、私小説家だからね」と云つてくれたし、当の火鳥「あなた書く事やうやく見付けたのね、天才が羽搏く時が來たわ」などゝ詩的表現で、永田の二度目の門出を祝つた。連載先も決まつたし、これで当分原稿料で食ひ繋げる...



【ⅱ】


 安条展典はまだ火鳥の事を忘れてゐなかつた。と云ふか、寢盗られた女は、忘れられないものである。第31話の「光學魔神」、第116話の鰐革男、そして先日の「レスボス魔」‐彼の許を去來した、様々な【魔】たち。中庸の精神が宿つてゐる彼の魂であつたが、そろそろ魔界堕ちが、見えてゐた。

 永田が『火鳥の事』を書くと、彼の精神のバランスは、流石に大きく崩れた。ふと、カンテラ事務所を訪れる。「相談室」で、「僕がもし、魔道に墜ちたら、これで僕を斬つて下さい」と、カンテラに金一封を渡した。この期に及んで、自分の出來(しゅつたい)の事を考へるなど、なかなか人間、出來ないもの。カンテラは彼を憐れみ、また藝術の「魔」を思つた。



【ⅲ】


「レスボス魔」と云へば、例の、悦美×遷姫のレズビアン冩眞集、上梓されたのだが... 一番エグいところをカットしてあつた。だが、ディレクターズ・カットならぬ、撮影者のみ知る部分を、一部の好事家は、だうやつてか手に入れてゐた。彼らは、一様に、安条の天才を讃へた。このエロスを抽き出し得るのは、まさしく天才であらう。と、云ふ譯。たゞ、その賞讃は、彼の傷ついた精神には、良い作用は齎さなかつた。天才であるこの僕に、對抗する男は果たして天才か? その比較自體、狂者のそれだつた...



 ⁂  ⁂  ⁂  ⁂


〈かはづ鳴く長閑けし田には水滿ちて狂者ひとりが影を作れる 平手みき〉



【ⅳ】


 安条の【魔】としての仕事、第一彈は、自分のスタジオに火を放つ事だつた。これは近隣の住宅地に、大きな被害を與へ、彼は警察に追はれる身になつた。その逃走を、カンテラは着けて行つた。永田を連れて。


 カンテラが永田を連れ出した譯は、恐らく、「自分の藝術家としての(ごふ)を知つて慾しい」の一言に盡きやうが、だからと云つて、永田に出來る事など、何もなかつたのである。



【ⅴ】


 安条は放火魔と化してゐた。あちこちの路地裏で、彼の姿が確認されてゐる。その惡行の内に、自らを沈めてしまへば、哀しみ・淋しさなど、消えてしまふだらう、との考へだつたのだが...


 そろそろ斬り時、潮時なのかな、カンテラはそう思つた。荒ぶる魂は、冷却する事が叶はなければ、斬るしかない。と、


「安条さん、だうか元に戻つてくれ! 被害者の事が考へられぬ、貴方ではないだらう!」永田は安条に詰め寄つた。だが、カンテラはそれを制した。【魔】に魅入られた人間と云ふものを、永田はもつと知つてゐて然るべきだつた...


「しええええええいつ!!」結果、カンテラは安条を斬つた。レクイエムには、どんな詩があり得るだらう、さう思ひながら。



【ⅵ】


 さて、じろさんだうしたのか、讀者諸兄姉は氣になつたらう。別口で、もう一件、一味は仕事を請け負つてゐて、その方のケアに、じろさん、出向いてゐたのである。それはまた後日。



 ⁂  ⁂  ⁂  ⁂


〈夢幻なり鱒二太宰の宿浴衣 涙次〉


 

 今回はちと悲しい、安条の自滅篇でした。なかなかな人生を送れた筈が、女の魔性(普遍的なものである)に引つかゝると、さうも行かなくなる。永田くん、肝に命ずる事。ぢやまた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ