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6話 嫌ではない

「大盾に存在するHPは10じゃなくて100、だよな? てことは固定ダメージ値が100……。いやいや、長谷川さんの攻撃があったから1発で壊せただけであって……」


 割れた大盾の0になったHPを見ながら、まさかと思いつつも自分が強くなったかもしれないとそんな期待を抱いてしまう。


「――ぶもおおおおおおっ!!」


 俺の一撃が予想外だったのか、ミノタウロスは焦りを感じさせる鳴き声を発し、早々にもう1枚の大盾を放った。


 対して俺はさっきまでのダメ元で突き出した拳よりも少しだけ自信を持った拳を大盾にぶつける。


 やっぱり痛みはない。


 それでいて長谷川さんの攻撃がなくても大盾のHPは、0に。


「ぶ、も……」

「は、はは……。なに、これ?」

「そんなのはこっちが聞きたいんだが……。まさかずっと演技してたわけじゃ――。って、こんな話をしてる場合じゃないらしい」


 割れた大盾の破片。

 その隙間からミノタウロスは鋭い眼光で俺たちを睨むと、頭部にある2本の角を進ませる。


 たじろいだ様子はあったが、それでもこの足を止めたということはなかった。


 だから思ったよりも距離が近くて……盾がなくなろうともミノタウロスの攻撃は届く。


「くっ!」


 俺の反撃を恐れたのか、ミノタウロスはあえて正面から突こうとはせずにその角で俺を薙ぎ払った。

 痛みがないとはいえ、衝撃で体が飛ぶ。


 そして勢いが死んでいないミノタウロスのその角を長谷川さんに突き刺そうと余計に殺気を込める。


 当たる。

 さっきのダメージのせいでよろめく長谷川さんにこれを躱すことはもうできない。


「でもこっちの攻撃も、もう当たる。まさか外すなんてことありませんよね?」

「言っただろ。お前ができたら私が仕留めてやるってなぁっ!」


 剣を失った長谷川さんは絶叫にも近い声を発しなが左手を前に。


 強力なスキル。

 それか魔法を繰り出すんだろうと思いその手の先に視線を送る。


 だが……。


「え?」

「ぐ、ああああああああああああああああああああっ!」


 長谷川さんの左手をミノタウロスの角の先が貫通。

 血が飛び散った。


 嘘だろ。

 あれだけ自信満々だったのは全部演技? 諦めない俺を最後まで絶望させないための? 演技してたのは長谷川さんだったってこ――。 



「『血塊剣生成けっかいけんせいせい』」



 飛び散った血の色が銀色に変わり煌めいた。

 その美しさに目を奪われそうになるが、次の瞬間その銀色の血は形状を変化。


 複数の剣となってミノタウロスの身体へと向かって飛ぶ。


 これが長谷川さんのユニークスキル。

 強さの根源の1つ。


 凄い。凄いけど、どこか怖い。

 長谷川さん自身からも、殺気とは違う凄みのような、恐怖を感じるような気がしてしまう。


「ぶもおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

「逃がすわけないだろっ!!」


 次々に生み出される剣。

 それを避けるためにミノタウロスは身を引こうとするが、長谷川さんがそれをさせない。


 左手を思い切り引き、刺さった角を剥がすと今度はその手を角の上に乗せる。

 そうして左手に出来た穴に今度は剣が潜り、角と左手を繋げたのだ。


 捨て身。あまりにも痛々しくて、でも逃がさないという目的を果たすためには最も有効な作戦。


「ぶ、もぉ……」

「し、ぶといっ!」


 逃げることができなくなったミノタウロスを生成された剣たちが何度も突き刺さり素早くHPは削られる。


 それでもHPはまだ2500くらいある。


 このままだとミノタウロスよりも先に長谷川さんが死ぬ。


「長谷川さんっ!!」


 俺は急いで急長谷川さんの元へ。


「ぶもっ!」

「こいつっ!? だめだっ! 寄るなっ!」


 やられながらもを好機を探っていたのだろう。

 ミノタウロスは俺や長谷川さんに悟られないよう足に力を溜めていた。


 力強く地面を蹴ると土が舞い、今度は繋がったままの長谷川さんを盾代わりにしてミノタウロスは俺を貫こうと飛ぶ。


 こいつは確実に俺が殺せる、その範囲内だと判断したらしい。


「くそっ! 止まれっ! こいつっ!」


 必死に長谷川さんは剣でミノタウロスを攻撃。

 しかし、ミノタウロスは止まらない。止まれない。


 それは俺も同じ。

 一度勢いに乗った脚を止める、それどころか反対に走り出させるなんてもう不可能。


 角は眼前。


「くっ!」


 そんな状況下で俺のとった行動、それは逃げるでも攻撃を受け止めようとするでもなく反撃。

 無駄に終わる可能性が高いへなちょこな右ストレート。


 長谷川さんのためにも少しでもいいからダメージを与えたい。

 多分そんな気持ちが働いた結果で、咄嗟に角に突かれて死ぬ覚悟も出来たのだと思う。


 俺にしては立派な最後じゃないか。


 結局彩愛には死んでまで迷惑を賭けることになってしまったけど、誇らしい死に様――。



 ――どさっ。



「……重い」

「私はこれでも女、その言葉は失礼だ。……それでも、なんだ、その……助かった。お前の様子は見えていたが、あの顔は演技じゃなく本気だった。きっと本当に自分の力を知らずに決死の覚悟で、私が助かればと思っての行動だった。そう伝わった」


 流石に角に突かれレば死ぬ。そのはずだったのに、また痛みはなかった。

 代わりに襲ってきたのは思ったよりもずっと華奢な身体の重み。



『――レベルが【41】に上がりました』



 状況を整理しようと頭が高速で回転。

 さらには衝撃に備えて瞑ってしまった目を開けながら正面に視点を映そうとすると、その答え合わせをしてくれたかのようにアナウンスが流れた。


「死んでる……。ミノタウロスが。まだHPはあったのに」

「それでだな。今は貧乏探索者だろうが、お前には若さと伸びしろがある。これからに期待ができる存在で私のタイプ……。いや、今のは忘れてくれ。とにかく、だ。私を守りたいという意思も感じた。これでもだな、私の顔は良い方だと思う。だからその意思には特別な感情があっても不思議ない、と推測できる」


 おおよそ一撃2500。いやギリギリでの攻撃を加味すれば2000くらいか。

 異常すぎる数値。


 魔石を壊しただけで、こんなに変わっていいのかよ。

 こんなのもうバランス崩壊してるって言っても過言じゃない。


 ま、ともかく分かったことがある。というか、こんなのは分かってたことなんだが……。


「そ、それで、わ、私はその感情が嫌ではなくてだ、な。な、なんだ! 昨日はあんな態度をとっていたくせにと思われるだろうが、その、あの、この一連によって生まれた吊り橋効果に流されてやっても、ま、まぁいいぞ。ただ、その、今まで周りにさんざん言われてきたこの強気な性格と、誰よりも強くなるために無茶をするこの生き方は変えられない。それだけは、分かって欲し――」

「強いのって最高じゃん」

「!? そ、そうか! お前もそう思ってくれるか! 強くなれば地位も信頼も大金も獲得できるもんな! な、なんだ私たちって、相思相愛ってやつだな。……。ならもうちょっとだけ、こうしててもいいよな! 怪我だってしてるんだ、嫌とは言わせないからな」

「……。ん?」


 強くなり過ぎたことを実感してただけなのに、なんか長谷川さんの手が俺の背中に回って……。


 ……。自分のことに集中し過ぎて全部聞き流してたけど、これいつの間にか凄い展開になってない?

 胸当たってるし、出血してるのに長谷川さんの顔真っ赤だし。


 えーっと……。鈍感な方ではあるけど流石にここまでされれば分かるよ。これ、かなり『進展』してる。

 例えるならギャルゲーで攻略対象1人に絞り切ったくらいの段階、いや、それ以上かもしれなくない?


 ……。落ち着け。まずは報告と、治療だ。

 一旦ダンジョンから、長谷川さんからも離れよう。


「あ、あの長谷川さん。一回離れ――」

「ん……」


 長谷川さんの腕の力が強まってしまった。

 これ、一体どうすれば……。俺こういった経験はな――



「きゃっ!?」



 長谷川さんの女性らしい声が飛び出たと同時に緩んだ空気が一変。

 ダンジョン内に殺気が満ちた、だけでなくまるで身体が凍ってしまったかのように動かなくなった。


 その殺気は特に長谷川さんに向けられているからなのか、長谷川さんの身体は震え、その股辺りからは温かい液体が零れる。



「はぁあはぁはぁはぁ。あっ! い、嫌ぁっ!」

「ちょっ!」


 数秒後、長谷川さんは自分の粗相に気づいたのか俺を突き飛ばした。


「み、見ないでっ!」

「いや、その、大丈夫です、今のは仕方ないです。それより……恥ずかしがってる場合じゃないかもしれませんね」

「わぐぅ……」



 すると凄まじい殺気は消え、新たな殺気とその主の鳴き声が響き始めた。

 察するに新手の強さはもしかするとミノタウロスよりも……。


「まったくどうなってんだよ、このダンジョン……」



 ――かさっ。



 溜息交じりに呟いていると俺の耳の中に聞き覚えのある、決して自然のものには奏でられないであろうあれが擦れる音が微かに聞こえた。

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