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5話 盾

「ふぁ。ねっむ……」


 昨日、死んだように眠った俺はそれでも午前6時に起床。

 彩愛に探索者って職業に就いたことがバレないよう一般の会社員と電車で揺られ毎日ダンジョンへ向かい、7時過ぎごろにはこうしてダンジョンのある建物【探索者協会】に到着している。


 週休は1日。祝日はなし。労働法の適用なし。労災も下りない。

 探索者は自由が利くから楽。そんな認識は弱い探索者にとっては幻想。

 あんまり人付き合いがないから精神的にはいいけど、働いている時間、リスク、稼ぎ、その他もろもろ……弱い探索者の働き方はブラック企業と真っ向から勝負できるレベルだと思う。


「さて、早速探索……もとい魔石堀りに行きますか。ルドの奴が気になるし」


 俺は日課として行っている探索者協会の硬いベンチでコーヒーブレイク。

 かっこいい言い方をしつつ5個入りの小さいパン1つと缶コーヒーによる朝食を済ませるとようやくダンジョンに向かう。


 この瞬間がいつも億劫なんだけど、今日は昨日のことがあるのか比較的腰が重くない。

 むしろ魔石の破壊によってどれだけ自分が強くなったのか気になって足が軽いくらい。



「――それに今日はダンジョンがいつもより綺麗に見え……って本当にちょっと明るくない?」



 探索者協会地下にあるダンジョンへとつながる階段を下って1階層に侵入。

 

 最初はモチベーションが高いせいで以前よりダンジョンが明るく、綺麗に見えたかと思ったが、それが思い違いでも何でもないことに数秒で気づいた。


 そしてその原因を探るように地面、壁、天井を見ると以前までは見えなかった微かな点々とした光が。


「これって、もしかして魔石? ってことはこの足元にあるのも……やっぱりそうだ。小さいけど魔石だ。これって、この現象って……。そういえば俺のステータスは――」





「に、逃げろっ! 1階層を狩場にしてる奴ら、いや、10階層も突破できない雑魚探索者たちは全員っ!!」





 ステータスを開こうとした瞬間右前方、いくつもある通路の中の1つから女性の声が聞こえてきた。


 この声は、聞き覚えがある。

 でも、その声の主はこんなところで慌てるような人じゃない。


 だって今日は20階層突破を目指しているんじゃなかったか?


「長谷川、景……」

「お前は昨日の貧乏探索者……。ちっ! ぼさっとするな! お前じゃ、お前程度じゃこいつの餌になるだけだっ!」

「こいつって……。……。……。え? なんで? なんでそんなモンスターが、ここに?」

「知らんっ! ともかく逃げろっ!」


 通路から飛び出してきた長谷川さんが視界に映り、そして……その後から現れたモンスターが俺の脚を震わせ、恐怖で縛り付けてきた。


―――――

種族:ミノタウロス(盾型)

HP:5000

―――――


 赤い体表にべっとりと血がこびりついた2本の角。両手に携えた大盾。

 体長は3メートル……いや、それ以上な気もする。


「はは……。怖くて余計にデカく見えるってか。錯覚……。なら、そのやたらと多いHPも錯覚であってくれないか?」


 ルドのHP2000ですら俺からしたら桁違いだったのにそれ以上のモンスターが1階層なんかに出るなんて、折角上がったテンションも一気に冷めるって。


 というかミノタウロスって20階層のボスじゃなかったか?

 しかもこいつは通常の個体とは明らかに様子が違うじゃないか。


 何だよ、その盾型とかいう表記は。まさかこいつもっと上位の……噂に聞く進化個体か?


 名前とかHPが確認できるのは他の探索者が倒した経験があるからという証拠。なら割と数がいて、実は珍しくないのか?


 ともあれその情報が下位ランクや中位ランクで出回ってないということは……。


「こいつは上位ランク様、雲の上の人たち用モンス――」



「――ぶもおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」



 1階層全体に轟くかと思うようなミノタウロスの強烈な雄叫びが鼓膜を揺らす。


 そしてそれが鳴り終わる頃、ミノタウロスは態勢を少し低くし、大盾で頭を守るようにしながら脚に力を込め始めた。


 くる。こいつの攻撃、スキルが。


「くそっ! ここは私が食い止めるっ! お前は逃げて探索者協会にこのことを伝えろっ!」


 そんな明らかに危険な状態のミノタウロスに対して長谷川さんは剣を構えて突っ込んでいった。


 あの様子からして長谷川さんですらミノタウロスは強敵。

 このままじゃ多分死ぬ。


 俺を庇ってくれるそんな雄姿に応えたい。

 けど、けど……。


「動けよ! 動いてくれよ! 俺の脚っ!」


 どれだけ声を上げても、自分を鼓舞しても足は一向に動き出してくれない。まるで何かに縛られたように。


 それどころかもう地面に尻を着けたくなるくらい腰が引けて、立っているのが精一杯で……。



 ――ドンッ!



 自分の酷い有様に絶望していると聞こえてきた鈍い打撃音。

 長谷川さんの剣がついにミノタウロスの大盾とぶつかったのだ。


 流石は20階層突破を目標にしていた探索者だけあってミノタウロスの攻撃を一瞬受け止める、だけでなくその大盾に傷を作った。


 これはもしかして勝てるんじゃ? そう思った時だった。


「ぶもお……」

「なっ!?」


 大盾が黒色に変色。

 傷は瞬く間に塞がり、優勢かと思われた状況は一変。


 長谷川さんの剣が宙を舞った。


「ぶもお……」

「く、う……」


 大きく仰け反った長谷川さん。

 笑みを浮かべて角を差し向けるミノタウロス。


 これがこのモンスターの戦い方。あの血塗られた角はこうして作られたんだ。


「串刺し……。長谷川さんっ!!」



 ――パリン。



 力が入り握っていた魔石が割れた。

 アナウンスが流れた。


 同時に俺の脚がやっと動き始めた。



『――レベルが【40】に上がりました。ルドのレベルが【30】に上がりました。ノーマルスキル【強者の圧】を獲得しました』



「ぶも?」

「動きが、止まった?」


 俺のレベルが上がったからなのか、それとも獲得したノーマルスキルのお蔭か、ミノタウロスは一瞬だけ動きを止めた。


 とはいえ長谷川さんは剣を失っている。

 急いで、急いで距離を詰めて、詰めて……。


「それで、どうするんだ?」

「く、おおおおおおおっ! なめるなぁぁあああぁぁあああああああっ!!」


 ミノタウロスの動きを見て長谷川さんはすかさず拳を突き出す。


 その闘志が俺にも伝播する。

 そうだ。考えていたところでもうどうにもならない。


 俺も、この拳を突き出す。それだけ――


「ぶもっ!」

「なに!?」


 長谷川さんが突き出した拳をミノタウロスは簡単に躱した。


 こいつ、見た目以上に俊敏か。


「――あああっ!!」

「ぶ、もっ!!」


 さらにミノタウロスは長谷川さんの胴にローキックを炸裂させた。


 どうやら反撃をさせないため確実にダメージを与える戦い方に切り替えたらしい。


「いっ!」

「な、んで……。逃げて、ないんだよ」


 勢いよく吹っ飛ばされた長谷川さんの身体は前進していた俺に衝突。

 呆れるような声を漏らす。


 なんで逃げなかったのか。

 それはそうだ。脚が動いたのなら逃げるべきだった。


 でも長谷川さんのその闘志が、俺を庇おうとするその姿が、自分と彩愛を守ろうとしてくれた豹変する前の父親、親父と少しだけだぶって見えて……。


「もう何もしない、してあげない、できない、それでもってずるい自分でいちゃ駄目だって。戦わないとって……。かっこいいこと言いましたけど、つまりは自己満足です」

「……。自己満足でここまで付き合う奴があるか。ふふっ。私は弱くても貧乏でも若くて可愛らしい馬鹿野郎は嫌いじゃないらしい。ありがとうな、一緒に死んでくれて」


 一歩一歩。

 俺たちに近づくミノタウロスを見て穏やかな声を発する長谷川さん。


 これは完全に死を悟っているみたいだ。


 俺はそんな覚悟まだできてないってのに。


「あの、褒めてもらって悪いんですけど俺まだ2人で逃げたいって思ってますよ」

「……。それはいい夢だ。だけど見ろ。もう逃げられない。お前1人だけってのも無理だ」


 大盾を持った手を振り上げるミノタウロス。


 次の瞬間その大盾はブーメランのように回転しながら的確に俺たちを狙って飛び始めた。


 この期に及んでミノタウロスは反撃を恐れて不用意に突っ込むことはしな、いや、その後ろから走って来てるな。

 攻撃を防ぐための大盾を攻撃を消化するための大盾、デコイ役にさせたと……。


 これじゃあ俺の攻撃は届かないかもしれないな。

 

 なら……。


「俺が先に盾を! 長谷川さんはその後――」

「お前ができたら、な」


 後ろから迫るミノタウロスを長谷川さんに任せて俺は拳を握りしめながら急いで立ち上がって前に出た。


 するとミノタウロスがもう1枚の大盾を持って振り上げたのが見えた。



 ――あ、これ駄目だ。



 この拳、というか身体で万が一1枚を弾くことができたとして、もう1枚なんて無理。

 だってこの盾は長谷川さんの攻撃も効かない大盾なんだぜ。




 ――ドン……バキッ。


―――――

種族:なし

装備:大盾

硬度:C-

HP:0/100

―――――


『固定ダメージにより敵装備を初破壊。装備物の情報が視認可能となりました。また敵攻撃によるダメージ量の固定化を発動しました』


「え?」

「嘘、でしょ?」


 突き出した拳と大盾の衝突音、大盾の割れる音。


 そして、無機質なアナウンスは俺の頭の中でだけ響いた。

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