11話 戻ってこい
「あ、あああああっ!!」
伸ばされたサヤの手は白く発光、長谷川さんの胸辺りに触れた。
すると長谷川さんは苦しそうな声を上げながらそれから逃れようとしているのか、それともただ辛いだけなのか、ゆっくりとその膝を地面に着けようとする。
サヤはそんな長谷川さんを逃さまいと俺の腕から慌てて抜け出す。
焦りからなのかその額には汗が滲み、少しばかり息は荒い。
「う、く……。やっぱりこれ、苦手……。賢者職、じゃないと……。効果を、最大には引き出せな、い……。でも。あと、ちょっと……」
気付けばサヤの手の先が何かを掴んでいた。
それは魔族因子が内在されている魔石、ではなくおそらくはそれとつながっているであろう黒い紐。
サヤがそれを引っ張ると長谷川さんは呻き声を漏らし、黒いオーラは激しく揺れた。
身体はもう動かせないのだろうけど、気持ちでは必死に抵抗しているのだろう。
その証拠に折角引き出してもサヤが少し気を抜いてしまうと、黒い紐はすかさず長谷川さんの身体に戻ろうとする。
その光景は例えるなら綱引き。
共に歯を食いしばり、凄まじい形相を見せている。
「う、あああああああああああああっ!!」
「こ、のっ! 暴れない、でよっ!」
長谷川さんの呻き声が雄叫びに変わった、と同時にサヤの声がうわずった。
一生続くかと思われた綱引きは途端に長谷川さん優勢の状況へと変わったらしい。
このままじゃ長谷川さんを救うのは不可能、かもしれない。
じゃあ殺すのか? 長谷川さんを? 俺が?
「くっ! もう駄目! こいつはもう魔族でしかないわ! 殺すしか、ないっ!」
「で、できるわけない!」
「こいつはもう魔族なのよ!?」
「でも! サヤが、お前が余計なことしなければ……人間のままだった!!」
「こ、この人間は、こいつは……もう手遅れだったの! 条件、極度の憎しみを抱いていて……私にはうっすらとこの黒いオーラが既に見える状態に陥っていたの!」
「責任を背負いたくないからってそんな言い訳――」
「違うわ! た、例えばだけどこの人間、急激に身体能力が向上したり、口調が強くなったり、ガラっと雰囲気が変わったり、そんなことはなかった!?」
「そ、れは……」
「それが証拠っ! 魔族因子は――」
「あうがああああっ! あ、ああっ! ……ゆ、うっ! 私は、私……もうっ!」
「は、長谷川さん!」
「まだ飲まれて、ない? 魔法の影響? ううん。まだ因子は取り除いてない。発芽しきってなかったのはもしかして、こっちの人間には耐性があるから?」
「耐性とかそんなのどうだっていい! まだ長谷川さんのままなんだから!」
苦しそうにしながらも長谷川さんが口にしたのは人の言葉、自分の意思。
そして助けを求めるように伸ばされたその手を俺は握った。
すると……。
「これは……なんだ?」
目は開けている、苦しそうな長谷川さんとサヤの姿がある。
それでいて、その横、これは幻覚か? 視界の奥、少しぼやけてはいるけど、人が……2人見える。
2人は幼くて、どこか似た顔。
兄弟? いや……姉弟か。
だって女の子、あれは間違いなく長谷川さんだから。
俺の知ってる表情とは違って緩みきった、いいや何かを諦めたような、そんな表情にも見える。
対して長谷川さんよりも小さい男の子は邪悪に微笑み、手招きをしている様子。
それが何を意味しているのかは分からない。
分からないけど、これが今の長谷川さんの心情を現したものであるなら……このまま長谷川さんはいなくなるかもしれない。
「長谷川さん! 戻ってきてください! 長谷川さん!」
必死に呼び止めようと声を上げた。
長谷川さんは俺の声に気付いたのか、身体をピクリと動かした。
何かを言っているようだが、俺には聞こえない。
ただ分かるのは俺の声が届いていることだけ。
「ゆ、緩んだ……緩んだわ!」
「え?」
「効果があったのよ! その調子で、声を掛け続ければ或いは!」
サヤの掴む黒い紐がさっきとは比べ物にならないくらい長く引っ張り出せていた。
助けられるかもしれない。そんな期待感が胸に充満し始める。
「戻ってきてくださいっ! あと少し! 頑張ってください!」
『駄目だ、私はもう。あんまり無茶言うな』
また声を掛けると今度ははっきりと長谷川さんの声が聞こえた。
だから俺はいっそう声を強く、張り上げる。
「長谷川さんっ!」
同時におそらく弟であるその男の子の顔がゆがみ、邪悪さがました。
長谷川さんはそんな弟にまるで吸い寄せられるように視線を移す。
今の長谷川さんは弟っていう強くて、依存した存在に、どうしようもなく惹かれてしまっているらしい。
正直、情けないって思ってしまう。
自分より幼くて、今そこにいない存在に救いを求めるなんて、今から逃げようだなんて。
でも、それがどこか愛おしくて、妹と重なる。
『疲れたんだよ、もう。あなた……。いや、やっぱり戻そう。お前には悪いとは思うがな。なに、たった2日の仲だ。悲しまな――』
「――『守ってやるっ! 絶対に俺が! 俺はもう最弱じゃない! 強くて、多分がっぽがっぽ稼げる兄ちゃんになったんだから! だから長谷川さん、あんただって見捨てない!」
気づけば熱くて、自分らしくなくて、みっともなくて、恥ずかしい、そんな言葉が口から出ていた。
サヤにも間違いなく聞かれているってのに、俺は何を言ってるんだか……。
ただ、もう止まらない。もう長谷川さんのボヤキは聞こえない、
「あーもう!! 戻ってこいよ! 景っ!!」
「で、でた! 魔石! 嘘みたいに抵抗力がなくなったわ! でも、私も、もう限界よおおおっ!」
俺が長谷川さんの名前を呼び終えた時、サヤが長谷川さんから伸びる黒い紐を引ききり、遂にその先に繋がる巨大な魔石を釣り上げた。
―――――
魔石種類:魔族因子の魔石
サイズ:大
HP:1/1
レア度:A
―――――
デカかろうが、硬かろうが、禍々しい雰囲気を纏っていようが魔石は魔石。
映ったステータスは貧弱そのままだ。
なら、問題はないはず。
「割れ、ろっ!」
「な、殴……。む、無理よ! それだけじゃ――」
「大丈夫だ! ふふ……見せてやる、魔石破壊者ってやつを!」
引っ張り出した魔石は勢いよく宙高くに放り出され、落下。
それに向かって俺は強く強く握りしめた拳で迎え撃ってやった。
そして……。
――パリン。
「いっ!」
「う、そ……でしょ?」
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