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10話 【長谷川視点】声

『……暗い。ここは、どこ? ううん。知ってる。ここは、私の家。……そう、あの時はこうして『2人で』真っ暗な中お母さんを待ってたんだっけ。よく見れば……やっぱり、ゆうもいる』


 ダンジョンにいたはずだった私の目に映ったのは真っ暗な部屋と当時小学5年生だった弟。

 

 そうあの時……まだ幼かった私たちを置いてお父さんはこの世を離れていってしまったんだ。

 

 それで残されてしまったお母さんはこの時人生初めての仕事に就いて、いつも遅い時間に帰ってきては疲れた顔で私たちのご飯を準備してくれるようになった。


 お母さんは元々お嬢様だったけど、親の意向に背いてお父さんと結婚。

 そのことが影響して勘当状態。誰にも頼れず、ずっと誰かのすねをかじっていたお母さんは社会不適合者で、今更私たち2人を十分養えるだけのお金を稼ぐのは難しかった。


 それでもお母さんは昼と夜でパートを掛け持つことに成功。

 今までとは別人かのように毎日汗水流して働いていた。


 そんな必死に頑張っるお母さんは頑張り過ぎがたたったのか、病気がちに。

 次第にお金が無くなっていった私たちは貧乏生活を送ることになった。


『洋服は2パターンをぼろぼろになるまで着回し。おかずは1品まで。苦しいときはコンビニにトイレを借りに行かないと、だったな……』


 遠い昔の記憶、それが今目の前に。


 このリアルで異常な光景は魔族因子による影響? それとも走馬燈?


『どっちにしろ、この状況を打開する方法は見つからな――』



『――お姉ちゃん?』



 懐かし声が響いた。

 弟の勇の声だ。


 これは本当じゃない。幻影、虚構、錯覚だ。


 分かっている。分かっているつもりなのに、どうして目から涙が溢れてくるのだろう。


『泣いてるの? 大丈夫?』

『あ、ああ! 大丈夫、大丈夫だ!』


 急いで涙拭った。

 それを勇は怪訝そうな顔で見つめてくる。


『……。お姉ちゃんってやっぱり強いよね。喋り方まで変えて、男子にだっていじめられないようにして……。あのね、お姉ちゃんが強いからかね。それを怖がって最近僕、いじめられなくなったんだよ』

『そ、それは良かったじゃないか』


 今度は私から目を逸らして話し始める勇。


 貧乏を馬鹿にする男子を、大人になってからは女子だからって無理だって、弱いって、そう言ってくる男の探索者たちを跳ね返したくて、口調を強めた。


 でもこうして思えば最初は勇のためだったのかもしれない。


『うん。本当にありがとうお姉ちゃん。あっ! そうだ、これ! 今日友達のお母さんにもらったんだ!』

『いいのか?』

『うん!』


 勇はポッケから飴を一つ取り出すと嬉しそうに手渡してくれた。


 勇は無邪気で、真面目で、優しくて……。


『あのね、お姉ちゃん。僕、大人になったらもっといっぱい、お腹いっぱいになれるくらいお母さんにもお姉ちゃんにもお菓子買ってあげるから。今はまだ弱いけど……強くなって、みんなを守れるくらい立派な大人になるか――』



『え? ――うっ! 眩し……』


 突然勇の姿が消えた。

 同時に光が私の目を刺激する。



『――お姉ちゃん。どうしたの?』

『ゆ、う?』

『見て見て! お姉ちゃん! 僕強くなったんだよっ! ほらっ! こいつ、こんなに弱い! 僕最強になったんだよ!』


 空が見える。

 暗い部屋じゃなくてここは外。


 勇はさっきまでの幼い姿じゃなくてもう大人になっていた。


 これは私が覚えてる最後の姿。17歳の勇。


 でも、そこにある無邪気な笑い顔は記憶にない。


 偽りの姿。頭では分かってる。それでもどうしようもなく、心が、動揺してしまう。


 だって、これは……こんなのって……。


『な、んで……』

『こいつらは僕を、お姉ちゃんやお母さんの悪口を言ってた。だったらそんな危険な奴らは殺さなきゃいけない。僕は強くなった。強くなったんだからみんなを守るために戦わないと』


 私と勇の前に転がる血だらけの人間たち。


 それは病気のお母さんをあざ笑うために一度だけ姿を見せたことのある私の祖父母、叔父、叔母、それに、私の同級生でいじめを促進させていた人たち。


『こんなの……私は、望んでない』

『嘘。僕知ってるんだから。お姉ちゃんがこいつらを恨んでるの。お姉ちゃんだって殺したいって思ってたんでしょ?』

『ち、違う! 私はそんなこと――』

『今ここでこいつらを殺せばお母さんは僕たちを見捨てて実家に戻ったりはしないんだよ。それに僕が早々にダンジョンに向かって……死ぬことも。お姉ちゃんが無理にダンジョン攻略を始めることも』

『それ、は……』


 あの日、病気に伏していたはずのお母さんは我慢の限界を超えたのだろう。

 祖父母の前で頭を垂れ、靴を舐め、自分だけでいいから助けて欲しいと懇願した。


 そんな情けない様子を見せる実の娘に祖父母は高笑い。

 なんでもただただ愉悦に浸りたいがため、自分たちに歯向かったことを後悔させるためにこんな風になるまで放っておいたらしい。


 満足気な表情を見せた祖父母は次に私たちを見た。が、それは他人を見る目でしかなく、あっという間にお母さんを連れて行ってしまった。


 そうして、残された私たちは貧困を極める。

 学校に行きながらバイト、勇は中学を卒業した段階で探索者となった。


 意外にも身体が強かった勇は探索者として有望な成長株で、その知らせは絶望の淵に立っていた私を元気づけてくれた。


 しかし、そんな僅かな楽しみでさえ私の元から去ってしまうことになる。


 勇はパーティーメンバーを生き残らせるためにダンジョンで囮を買い、死んでしまったらしい。


 当然パーティーメンバーたちは私に謝罪をしにきた。

 でもそれは謝罪という名の罵り。


 中卒の弟を探索者にさせたのが悪いとか、勇には積極性が欠けていただとか……まるでいじめっ子のような態度。

 終いには女である私にさえ、探索者は止めた方がいいとほざく始末。


 そこで私は誓った。


 お金持ちになって、見返す。誰にも馬鹿にされないような強い探索者になるって。


 ついでにだけど、気持ち悪いって思われるけど結婚する相手は大好きな弟みたいな、若い男性にしようって。最悪のブラコン。この性癖だけは他人に漏らせない。


 こうやって私はこじれ、今に至った。

 もしあの時祖父母が来なかったら……確かにそう思うこともあった。


 だけど……いくら何でも殺すなんて、そんなの……。


『ここからやり直そうよ。今度こそ、最強になった僕がみんなを守るから。お姉ちゃんは平穏に暮らしてるだけでいいから。もう無理に強がらなくてもいいから』

『勇……』


 甘い言葉が突き刺さる。

 もっとこの先の夢を、みんなで続きを生きたい。


 どうせこの状況は打開できないんだ。

 なら、もういいじゃないか。


『私、もう――』



『――』




 声? いいや、そんなのは。


 疲れた。

 このまま浸って、勇に任せて――



『――長谷川さんっ!』



 私を呼ぶ声が、鮮明になった。



『恭也、か?』

『戻ってきてください! あと少し! 頑張って!』

『……駄目だ、私はもう。あんまり無理言うな』

『長谷川さんっ!』

『疲れたんだよ、もう。あなた……。いや、やっぱり戻そう。お前には悪いとは思うがな。なに、たった2日の仲だ。悲しまな――』



『守ってやるっ! 絶対に俺が! 俺はもう最弱じゃない! 強くて、多分がっぽがっぽ稼げる兄ちゃんになったんだから! だから長谷川さん、あんただって見捨てない!』



『兄ちゃんって……。私が妹扱い、か……』

『あーもう!! 戻ってこいよ! 景っ!!』

『まったく……。情けなくて必死で……そんなんでなにが兄ちゃん、だ。まるで子供じゃないか。……。悪い。私にはまだまだ見守ってやりたい、本当に一緒にいたい人ができてしまったらしい』

『お姉ちゃん……』

『つまりだな……守られるのも悪くはないんだけど、一方的なのは性分じゃないってことだ』


 そう言って私は振り返った。

 当たり前だがそこに勇の姿はない。


 そして一歩一歩、声のする方へと進む。


 日光が強まる、視界がぼやける。


 帰るんだ、あの場所に。ダンジョンに。恭也の元に。


『じゃあな。いいや……。ばいばい、勇。ごめんね。お姉ちゃん、まだまだそっちにはいけないの。でもその時がきたら……天国そらのうえでお腹いっぱいお菓子、みんなと一緒に食べよう』

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