1話 最強の兆し
『東京にもダンジョンが発現!! 今だけ探索者急募!! あなたもゲーム感覚で一攫千金!!』
テレビやSNSの広告、チラシ、新聞、様々なメディアで嫌というほど見かけたうさんくさい文言。
あの時の俺は思慮に欠けていて、視野が狭くて、知識も経験も乏しくて、最底辺は今だって勝手に決めつけて……あんな広告に簡単に釣られてしまった。
「……。はぁ。まさかもっとひどい日常があるなんてな」
毎日代り映えのしない倉庫での軽作業をすること5年。
俺は人生をやり直す覚悟で探索者へと転職。
今日も今日とてダンジョンに潜っていた。
ダンジョンとは世界各地に突如として現れた地下迷宮であり、傷を治す水に満ちた池、電灯並みに光りを放つ花、一振りで部屋全体に冷気を充満させることのできる葉を生やす木等々、通常ではあり得ないようなものが存在する資源の宝庫であり……。
――モンスターの群生地。
地上と掛け離れた便利な資源はダンジョンを下れば下るほど多く発見されるが、如何せんこのモンスターがその道中に出現するため、資源の調達は困難になりがち。
まぁ、そもそもこのモンスターたちから採取できる肉や血も重要な資源ではあるのだけど、ともあれモンスターを倒さないことには資源の調達は円滑にならない。
そこで募られたのが、探索者。つまり今の俺たちのような存在。
世間ではモンスターとかいう未知の生き物と戦う命知らずの馬鹿ども、なんて揶揄われることもあるが、やはりこれだけのリスクを払う職業、稼ぎはいい……はずだった。
「これ結構かなりデカいな! 今まで一番かも! ま、価値は変わんないんだけど。にしても8時間で魔石が10個、か。あー、俺もモンスターを倒せればもっといい稼ぎにありつけるんだけどな。これじゃあバイトの方がマシじゃん。……。無駄口叩いてる場合じゃないか」
口から勝手に出るぼやき。
そう。稼げるのは『モンスターを倒せる探索者』。
その辺にある貴重でもなんでもない資源の採取をすることがメインになってしまっている『モンスターをろくに倒せない探索者』はお呼びでなく、稼ぎは低いのだ。
そしてそんな存在となってしまったのが俺、音無恭也。
探索者になって今日で3週間のFランク。
当然のようにまだ一匹もモンスターを倒せていない。
このままだと毎日の探索者手当も受け取れなくなって路頭に迷うか、探索者全体での売却数が低いからという理由で買取額1個500円を保つことができている魔石、これの採掘時間を倍に増やすしかない。
いや、増やしたところで貧乏生活まっしぐらなんだけど。
そもそもなんで俺がダンジョンでもこんな地味で効率の悪い魔石採掘をしなければいけなくなってしまったのか、その原因は――
「ぷぺっ!」
「あ、やべ……。ちっ。ここもモンスター湧くのかよ」
頭であれこれ考えながら魔石の採掘をしていると、背後から聞き覚えのある鳴き声が聞こえた。
スライム。
1階層に出てくる雑魚モンスターの1匹。コボルトとは違い、毒や火の耐性も低いらしく最弱の称号を与えられている。
そんな情報はまた別だが、対象のモンスターは誰かが倒したことがある種族だと、そのHPや名前をダンジョンのシステムによってダンジョンに侵入した探索者全員が共有できるようになり、こうして目を細めると確認できる。
それにしても……。
―――――
種族:スライム
HP:100
―――――
そんなスライムですらHP100。
といっても普通の探索者ならレベル1でも1撃20くらいのダメージが出せるから問題なく倒せる値なのだが、俺はこの普通が通用しない。
それが原因の正体。
俺の『ユニークスキル』。
「くそ! あっちいけ!」
「ぷぺっ!」
思い切り振りかぶった拳はスライムの眉間にヒット。
そのダメージは……【1】。
「なんで……。なんで、俺ばっかりこんなハズレスキルじゃないといけないんだよ!」
ユニークスキルはダンジョン侵入時に与えられるもの。
そして俺が与えられたユニークスキルは『固定ダメージ攻撃』。
どう力を込めようが、どこに当てようが、何が敵だろうが与えられるダメージは固定で1。
スライムを倒すのにかかる攻撃数は100。ちなみにスライムから受けるダメージは10で俺のHPも150しかない。
結論、俺はダメージレースで絶対に勝てない。
「ぷぺっ!」
「こいつ、しつこい。逃げないと……殺されるか」
スライムは臆病だからダメージが少なかろうが低かろうが適当に威嚇してやれば逃げるのに、今日のスライムは何をしても逃げる様子がない。
もしかしたらこのスライムはここ何日かで俺の強さを把握したのかもしれない。
そう考えが至った俺はすぐさま逃げの準備に入った。
だが、スライムは案外動きが早くて……。
「ぐあっ!」
一撃をもらってしまう。
自分のHPは不思議なことに直感で分かる。だからやっぱり10減少していることも攻撃を受けた瞬間分かった。
続けて二撃三撃……。俺のHPはゴリゴリと減る。
「た、助けて……。だれか……」
情けない声が漏れる。
だが声は誰にも届かない。
魔石の採掘は同じ探索者に馬鹿にされることがある。
だから俺はあえて人が来ないような場所を探して採掘場にしていた。
それが、俺のどうでもいいプライドが痛手になったというわけだ。
「――ぷぺっ!」
「い゛っ!」
回避も逃避も、とにかく攻撃を受けないような行動をとれる余裕はなく……HPは残り20。
あと2回攻撃されただけで死ぬ。
死にたくない。死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない!
こんな単純作業に忙殺されただけの人生で、死にたくないっ!
「うあああああああああああああああああああああああっ!!」
「ぷぺっ!」
俺は咄嗟に持っていた魔石を投げた。
でもそれは無情にもスライムの真横、空を切って、落ちた。
――カキィン。
魔石が地面に落ちた音が響く。
魔石の強度は金属以上、どんな機械であってもスキルであっても決して割れず、加工もできない。
それは魔石がゴミ扱いされる原因の1つで――
――ピ、キ。
「え?」
俺の目に映ったのは決して割れることのないはずの魔石にひびが入る瞬間。
あり得ない現象に素っ頓狂な声が出る。
そしてなおも魔石にはひびが入り続け……。
――パキィン。
完全に割れた。
『初めて魔石の破壊に成功しました。【抽選】を開始します。また各ダンジョンにて魔石情報が閲覧可能になりました』
―――――
魔石種類:獣の魔石
サイズ:大
HP:0/1
モンスター潜在
レア度:D
―――――
途端頭の中に流れた破壊成功のアナウンスと眼前に表示された魔石の情報。
そして……。
『――レベルが5に上がりました。抽選が終わりました。おめでとうございます。スキルを1つ獲得しました。また、潜在モンスターをテイム状態で復元可能。復元を開始します』
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