恋の秘蜜(ひみつ)は林檎を見つめながら
あの日から金雀枝課長から連絡が来なくなった。
そりゃそうだよね。たくさんのプレゼントをいただいたり、デートに誘って貰ったのに、私が裏切ることになってしまって、嫌われてしまったから。
ハロウィンフェスタでいただいた好きなブランドのマグカップ。これは仕事場でこっそりと愛用している。お洒落なマグカップなのに、今は温かい飲み物をいれても、心まで潤いは届かない。
繁忙期ということもあり、更に仕事が忙しくなった。私は黙々と作業を熟した。日頃のコツコツと積み重ねた努力が認められたのか、契約更新の際には今の同じビル内の会社から念願の直接雇用の話が来た。新しい場所で働くのは不安だけど私はずっと正規雇用に憧れていたので二つ返事で答えを返した。
課長に会えない間、私は自分のスキルを磨いた。もう、誰かに依存する自分はやめよう。これをきっかけに自分の意思をしっかり持とうと心に決めて。
私は真っ白のコートと手袋をはめて電車に乗る。お給料を貯めて新調したお洋服、鞄と靴。あの人はもう手が届かないけれど、少しでも近い目線になりたくて背伸びをして購入した。
電車が駅のホームに止まり、ドアが開く。ーーと、前から三両目に課長の姿が見えた。
金雀枝課長ーー……!?!?
久しぶりに声をかけたら迷惑かもしれない。そもそも、なんて声をかけたら良いかわからない。それでも、電車が停車する瞬間、私達は一瞬だけ目があった気がするーー……。
私は開閉ボタンを押して、電車に乗り込んだ。三両目の後ろ側付近。私は彼の元へと歩き出したーー……。
駅のホームのベンチで膝枕してくれたこと。
一緒に喫茶店でケーキを食べたこと。
水族館、観覧車、百貨店ーー……。
彼との思い出を懐かしく想う。
「金雀枝課長……金雀枝……麗……麗さんっ……!」
その声とともに彼の腕に触れた。
「林檎ちゃん……!?!?」
『麗さんっ……っ!!!!』
彼もまた白のコートを着ていた。
その心地よい低音の声と男らしくがっしりとした胸元に抱き寄せられて、ほっとしたのか涙が子供みたいに溢れてくる。私は鞄からハンカチを取り出す。彼は私が泣いている姿を他の人に見られないようにそっとと抱きしめてくれた。
「……久しぶり」
彼は背中を擦りながら一緒に深呼吸をしてくれた。頭をよしよしと撫でてくれて、にこにこと笑っている。
今なら、伝えられるかもしれない。
「麗さん、私、私は麗さんのことが……んっ……」
麗さんは私の唇に自分の人差し指をあてる。
「その続きは、二人っきりの時に聞きたいな」
彼は私を隠すように背中を丸めて屈んでくれている。彼の肩から周りを見ると、学生たちがこちらを見ていた。顔から火が出そうなくらい恥ずかしかった。
電車がB駅に着くと、私達は手を繋いで電車から一緒に降りたーー……。
♡*♡*♡*♡*♡*♡*
♡おまけの商談♡
駅近郊、高層ビル。美味しそうなコース料理とシャンパン。私達はこれから楽しいお話が終わったあとにお庭のイルミネーションを見てから帰るらしい。麗さんの話によると、ハートの光のアーチを潜り抜けると大きなクリスマスツリーがあって、そこの景色が特別綺麗なんだって。……麗さんって、本当に女の子が好きそうなイベントに興味があるよね?
溢れるくらいの愛を私はこれからどう返したら良いんだろう。
「ねぇ……やっと、おちてくれた?」
そう、麗さんが直球で私に聞いてくるから、私は顔が耳まで赤くなってしまって。このまま甘い愛に甘えてしまって良いのかな……って。
麗さんは、幼馴染みの星蘭とのことはあれから一切聞いてこなかった。麗さんと別れたあと、どうなったとか、私達がどこまでなにをどうしたとか、ほにゃらららのことなんかは男の人は気にしないのかな……? 優柔不断な私は二人の間でうろうろとしていたのに……。
「……また、浮気しようとか変なことを考えてる?」
私はデザートのアイスを食べる手が止まった。
ーーうっ、浮気っっ……!?!?!?
「大丈夫。俺は浮気されても嫉妬しかしないタイプだから」
ーーえ???? は???? 今の言葉、聞きましたみなさん? 彼の言っている意味がわかりますか?
そして耳元で甘く囁かれた。
「……奪われても絶対に奪い返すからさ」
……そのあと、私達は約束通りクリスマスツリーを見に行った。「本当に景色が綺麗ですね」……なんて。キラキラと輝くクリスマスツリーを眺めていた。背の高いビルが建つ街中、こんなに夜景が綺麗に見える場所があったんだね。
お互いの手の平をあわせて、指と指を重ね合わせて、優しい光に包まれて微笑む麗さんは一段と格好良かった……。
時計の秒針が文字盤を足早に駆け回る。長い針が秒針をゆっくりと追いかけ、12の数字に口吻をした時、遠くで音が鳴った。
「……花火…………?」
夜空には色とりどりの星花が咲く。
「麗さん……! ほら、あそこ! 花火が見えます……!」
「……うん、そうだね」
麗さんは全てを知ってか知らずか、私にはわからないけれど、目がとても優しく笑っていた。
花火が打ち上がるその場所だけ木や高層ビルは建っていなくて、水族館がある観覧車の向こうの空。夜空一面に咲いた花星。それを眺めて、幸せだな……なんて。
「……好きだよ」
ーー私は、握られた手を離すことはなかった。
♡おわり♡