王子様と花騎士と首輪を付けた子猫
金雀枝課長にタクシーで自宅近くまで送っていただいて、お別れをしようとしたのだけれど、そこには星蘭が立っていた。
「いつもと感じが違うけど……まさか……デート?」
ーー星蘭、今日は珍しく眉間に皺を寄せている。
「この人、この前一緒にいた人とか?」
ーーこの前、ビデオ通話になっちゃった時、一緒に居た人が男性だと星蘭にバレちゃってる。
『 林檎ちゃん…… 』 『 林 檎 』
二人の声が重なってーー……。
「林檎、さぁ、僕のマンションに帰ろう」
ーーええっ。
そう言って、強引に私の手を引っ張って自分の手に持つ傘の中に入れられた。
「あの時、言えなかった告白の返事、聞かせてあげるよ」
雨が段々と強まって来た。
金雀枝課長は道路の端にタクシーを停車させて、しばらくこちらを見ていた。灰色のスーツが雨で濡れている。
道を通る人が見ているのに星蘭は私のことを強く抱き締めたまま、全然離してくれなくて。硬直した私を見かねて、手を引っ張って歩き出す。
雨の雫でワンピースの裾が濡れる。雨の中を歩いたので、鞄に水滴が付く。足元に水溜りがあり、少しだけ水をかぶる。
手を強く握られたまま、振り返ったらタクシーも課長もそこにはいなかった。
星蘭の自宅マンションのエントランスホール。私は星蘭に流されるまま、ここまで連れてこられた。エレベーターで上階へと昇り、玄関に着くと鍵を開ける。
玄関でタオルを渡されて、私はお洋服を拭いた。
「林檎は、夕飯食べた? 食べてなかったら今から出前でも取る?」
私はずぶ濡れになったお洋服を見て胸が苦しくなった。鞄も、靴も、汚れてしまった。
視界が雫で歪む。歪んだ隙間から星蘭が困ような、悲しい表情をしていた。
部屋に置かせて貰っていたお気に入りのスリッパ。二人で選んだ食器。洗面台に置いてあるコップと歯ブラシ。
私は恐がるあまり告白の返事を聞かないままで、歪な関係を維持していた。
憧れのあの人の幼馴染みという関係と幼い頃の綺麗な思い出を壊したくなくて。
私は彼の答えをずっと前から知っていた気がする。
夏祭りで再開したあの日、私は告白の返事の代わりに連絡先を教えて貰った。彼のスケジュールに合わせて、忙しくない夜、たまに呼ばれたら泊まりに来る。それが都合の良い子扱いでも良かった。
星蘭の部屋は彼のフレグランスの甘い匂いがして安心する。部屋で一緒にご飯を食べたり、ゲームをしたり、動画を観たり。柔らかなほっぺたをつまんでむにむにと顔で遊んでも、ふざけて後ろから抱きついても、彼は手を繋ぐ以上のことは絶対にしなかった。
それでも、彼のことしか知らなかった時にこっちを向いて欲しかった。麗さんに逢うまでの一年間の間に返事が欲しかった。
ーー甘く優しい時間にぽっかりと空いてしまった孤独を。そこに忍び込んだ紋黄蝶の存在を。二人は終わる時間を愛しむように慈しみ合う。
♡*♡*♡*♡*♡*♡*
(白金 星蘭)
ーーあの子は、僕の大切なお姫様。
楠 林檎との一番古い記憶は実家の庭先で学校帰りに遊んでいた記憶だと思う。僕達は小学校が一緒でおうちが近所だったことからよく遊んでいた。小さい頃の僕は肌が白くて、細くて、身長がなかなか伸びなかったから、よく女の子だと間違われていた。淡いピンク色が好きな母親と、上に姉が二人いることもあって、男子とサッカーをすることよりも日傘を差してお散歩しながら外の景色を堪能することの方が好きだった。林檎ちゃんとは趣味もよくあい、他の女の子に混じりながらよく近くのショッピングセンターに行ってアイスを食べたり、雑貨屋さんに行った。高学年にもなると身長が急に伸びてきて、可愛らしいお洋服は全部卒業した。教室の角で未だに可愛らしいお洋服や淡い小物が好きな林檎ちゃんを目で追っていた。
僕は中学生になりモデル事務所に所属することになる。勉強と仕事の両立。仕事を通して、可愛良いお洋服を着たり、格好良いお洋服を着たりと、いろいろな人と出逢い、お付き合いをさせていただくことで、自分自身がより大人の男性へと成長して行くのがわかった。
高校、大学生活。そして、社会人になる。
地元の夏祭りで久しぶりに林檎と出会う。
浴衣姿の彼女を見たら懐かしい記憶を思い出してしまって。林檎の友達と僕の友達と、一緒に出店を見て回ることにしたんだけれど、可愛らしいリボンとレース。淡いピンクの浴衣が似合う彼女はやっぱり僕の初恋のお姫様だった。
花火を二人だけで見たくて密かに抜け出した。
打ち上げ花火を見ている彼女は本当に可愛くて。
「……ずっと好きでした」
思いがけない彼女からの告白。
やっと芽吹いた花の蕾。僕はこれからも彼女との恋を大切に育てていきたくて連絡先を教える。
ーー最後の最後の最後の日まで姫は散々僕を振り回したあげく、いつものように先にソファーで眠ってしまった。寝やすいようにソファーの背を倒して、毛布をかけてあげる。姫が眠っている間に僕の部屋にある彼女の荷物をまとめ、いらないものは処分した。
朝。彼女が目を覚ますと、僕は朝食を並べた。ワッフルと林檎紅茶。お洋服類は彼女が泣くので早急にクリーニングをお願いして、自宅に届ける手配まで済ませた。
……まったく、本当に世話の焼ける……ん? なぁに? ありがとう? ん〜〜〜。……はい。はい。
弱いんだよねぇ。この笑顔。
僕達の関係は触れたら壊れてしまいそうだったから。誰にも獲られないように、大切に閉まっておいたんだけれどな……。
姫に騎士が現れてしまったからには、もう手を離すしかないよねーー……。