恋の商談は戦略を組みながら
これは悪魔の仕業なのか、時刻を確認しょうと携帯を開くとメッセージが来ていて、その通知内容を二人で見てしまった。
「(星蘭) あいたい」
私は頭の中が完全に硬直してしまって、金雀枝課長に個人的な男性とのやりとりを見られてしまったこと、この状況で星蘭にどうメッセージを返したら良いか、どのタイミングで返すべきかと、ぐるぐると思考を巡らせていた。
「……星蘭って、幼馴染みの男のこと? それとも他の男?」
私はすぐに「幼馴染みの子です!」と、返事を返した。……ああ、墓穴を掘った。考えもせずにすぐに口に出すのは止めよう。もう少し後先を考えてから発言しよう。
そして、すぐに星蘭から追加のメッセージが来る。
「(星蘭) 今、どこにいる? あえる?」
ーーま、まずい。これは返事を返さないと、どんどんプライベートが暴かれるパターン。星蘭、お願いだからこれ以上メッセージを送って来ないで〜〜!!!!
通知音とともに、素敵な夜景を背景に可愛い美少年のお風呂上がりの写真が届いた。
「タワマン モデル お風呂上がり」
ーーん? 何か聞こえたけど、気のせいかな?
金雀枝課長は鳴り止まない通知にイライラして来たのか、私から携帯を取り上げる。
「あんまり通知がうるさいから友達削除しても良いかな?」
ーーああっ、そんな! 私が通知オフにしていればこんなことには……。こんな怒り狂った課長の姿は初めて見た。ごめんなさい。
金雀枝課長はそのまま通話ボタンを押す。
いや、それ、通話ボタンでは? 操作、間違ってますけど。課長でも間違うことってあるんだなぁ……って、あははって笑っていたら、すぐにビデオ通話画面に切り替えられた。確信犯だった。
「ーーんっ? ビデオ通話?」
画面の向こうから星蘭の驚いた声が聞こえる。
「まっ、待ってください! 返して……返してください!」
ーー私は小声で言う。金雀枝課長から私の携帯電話を取ろうとする。身長差と、課長の手が長いのと、手を伸ばしても全然届かない。私が動いた振動で観覧車はぐらぐらぐらぐら動く。
ーうわっ、あっ……ちょっ……と、本当に止めて。
私が怒ったので、携帯は私の手元に帰って来た。
「……??? 画面が揺れているけれど、どうかした?」
ーーわーー! 星蘭のお風呂上がり。濡れた髪の毛、フェイスタオルがかかった肩までしか見えないけど新鮮……って、感動している場合じゃなかった。右上の四角の画面に私の顔がある。相手が見えているってことは、私の顔も星蘭に見えているのよね。
「ごめんね、ちょっと操作を間違えちゃーー……」
ちょっと、金雀枝課長、観覧車を揺らさないで。足の揺れストップです。あっ……! これは、手を繋ぎたかったわけではなくて、手はもう握らなくても大丈夫ですから。こっちに近寄って来ないでください……っ! ストップ、スト〜〜ップ!!!!
「ちょっと悪ふざけが過ぎます……っ! あ……っ!」
「……もう、降りる時間だね、林檎ちゃん」
ーーーーあああああああ。ビデオ通話画面。確かに夜だとしても、星蘭にどこまで見られて、どこまで聞こえてしまったのだろう。金雀枝課長……観覧車に乗って、急に近寄ってきて、首にネックレスを付けるなんて意地悪過ぎだ……。携帯を操作しようとも揺らされて、落とさないように片手に持つだけが精一杯だったし、そもそも揺れる観覧車が怖すぎて、後半はほぼほぼ抱きついてしまっていたし……ああああ。自己嫌悪。気が付いたら通話画面は終了していて、あれから星蘭にメッセージを送っても返事が来なかった。
こんなことは考えたくないけれど、仕事とはいえ、星蘭は現場でいつも女の子に囲まれている。モデルの写真も可愛良い女の子や綺麗な大人の女性との絡みの写真が多い。星蘭が隣に立つと女の子の魅力が更に引き立つらしい。
だから「あいたい」って言われても、私からメッセージを送らなかったら、他の女の子の所へ行ってしまう気がする。私の気持に気づいて欲しくて。察して欲しくて。彼の負担にはなりたくなくて。嫌われるのは怖くて。だから、私からの返事はいつも「ごめんね」でしかなくて。
私は金雀枝課長に家の近くまで送って貰ったあと、部屋着に着替えてベットに横になった。買って貰った白イルカのぬいぐるみ、ふわふわで大きくて抱きまくらにもなる。さっきまで一緒にいた課長の香水の香りがする。課長からはメッセージが来るのに、星蘭からは来ない。嫌われてしまったのかもしれない。
……私はお風呂に入ることにした。
……改めてネックレスを見る。暗闇でよく見えなかったけど、このハートと蝶のネックレス、なんかよく見たことがあるぞ? チェーンの繋目にブランド名が書いてあって……。……えっ???? なぜ、こんな高価なものを私に……?????
「(金雀枝 麗) 林檎ちゃんのことが好きだからだよ」