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恋の商談は水族館でイルカを眺めながら




 日曜日、時刻は10時。

 私達は水族館にいた。

 私はこの前のお礼にと水族館のチケットを二名分購入する。


 今日は白地のトップスに淡い水色の花柄のスカート。二十代前半の女の子に人気のあるショルダーバッグ。中身は二つ折りの小さな財布と定期券と鍵とハンカチ、ティッシュ……お化粧直し……と。携帯電話。


 靴はあまりヒールの高くないパンプス。久しぶりに髪をハーフアップにして、毛先を巻いて……。


 クマノミ、エンジェルフィッシュ、グッピー、金魚、タコ、エイ、カメ。

 ……小窓の砂の中にいる、ニョロニョロとしたものの名前は何だっけ?


 アシカ、オットセイ、イルカ、ゴマフアザラシ。

 ペンギン。アヒルの……お散歩?


 そう言えば小さな頃、幼稚園と小学校の遠足で水族館に来たっけ。小さな頃を思い出すなぁ。この大きな水槽を星蘭とも眺めたんだよなぁ……。


 昔のことを思い出していると館内放送が鳴った。


「11時30分からイルカのショーが始まります。中央広場までお集まりください」



 私はまるで子供のようにはしゃいでしまった。そう、つい、勢い余って、彼の手、小指を握ってしまってから後悔した。


「ーーあっ、すみません。突然、麗さんの手を握ってしまって、失礼しました」


「ーー? 別に、彼女だから問題ないよね?」


 ーーえっ……???? まあ、確かに今日1日は彼女のふりをしているわけですが……。


 

 離そうとした手をぎゅっと握られる。



 水槽のクラゲはゆっくりと浮き沈みを繰り返している。ちょっとすれば浮き、また、沈み。また、浮き。

 私の心臓の音に似ている。


「ーー恋人の練習、続きはまだ?」


 ……二人がいる通路はイルカのショーを見に行こうと、足早に通り過ぎる人が多かったから、押されないように体を壁に寄せただけ。すぐにぎゅっと握られた手は離されて、何もなかったように振る舞われる。


 

「さあ、行こうか」


 イルカのショーを見ている間にまたさり気なく手と手がぶつかったりして、その度に謝ったりもして、偶然でもドキドキするなぁ。もう。


 その後、私達は水族館のレストランでハンバーグとポテトを食べたり、午後にペンギンを間近で見たりした。夕方はお土産コーナによって、職場にお菓子を買ったり、海の生き物が描かれたボールペンを買ったり……。


「子供の頃、水族館で売られているぬいぐるみが魅力的に見えて、イルカのぬいぐるみが欲しかったんだよね」っていう話をした。……そうしたら、星蘭は小さなイルカのバッジ型ぬいぐるみを買ってくれたんだ。


 懐かしい思い出が溢れてきてにこにこの笑顔になる。

 大人になった今も幼い頃の記憶を夢で見る。とっても楽しい時間なのに、目覚める瞬間に二人の今の関係を思い出してしまって、苦しくなる。呼吸がうまくできなくなってきて、息苦しくて起きる。急いで蛇口から水を出してコップ一杯の水をゆっくり飲む。リビングの小さなソファにもたれ掛かり、呼吸を整えて、月を見ながらあの日はもう来ないと泣くんだ。


 いろいろと思い出して、気がつくと、金雀枝課長に「幼馴染みの彼との思い出を未だに夢でもみること」までついうっかり話してしまった。


「いっ、今のは聞かなかったことにしてください……!」


 顔が真っ赤になる。未練たらたらな重い子だと思われちゃったかもしれない。



 ーーん? すると彼はお財布から取り出した黒いカードでどでかい白イルカのぬいぐるみを買っていた。初めて見た、あのカード。


「ーーそっか、そっか。で? 他に欲しいものとかある?」


 金雀枝課長は私に白イルカのぬいぐるみを渡す。


 ーーえっ、いや、これはおねだりしたつもりはないのですが。


「ーー何でも言って? 俺が思い出を上書きしてあげる。……だからもう寂しくないんだよ」


 その言葉にはドキッとしてしまった。




 辺りは暗くなり閉館の音楽が鳴る。

 私達は水族館を出た。


「それじゃあ、また会社で」と、お別れしようとしたら「好きな子と観覧車に乗るのが夢だった」と、言われた。この恋人のごっこ遊びはいつまで続くの? 

 

 観覧車。観覧車……ね。観覧車なんて初めて乗るよ。風は強くないかなぁ。……近くで見ると圧巻の大迫力だわ……。……やはり、乗車するとき足元が揺れた。



「林檎ちゃん? 高いところ苦手?」


 ーー慣れていますけれど、安全を守られた室内と、ガラス一枚で風で揺れる不安定な場所では全然違いますね。……よし、おおよその時間は目を瞑っていよう。私が目を開けているか、開けてないかなんて重要じゃないはず! じっとしていればすぐ終わる。

 

 ……ああああ、ドキドキが止まらない。やっぱり無理かも。高いところ怖い。これ、絶対に落ちない!? 大丈夫!? 本当に大丈夫!?!?!?




「ーーちゃん? 林檎ちゃん、怖がらせてごめんね? 大丈夫だから、目を開けて?」



 そして観覧車が頂点に来た頃、私は瞳を開けた。気が付くと震える体を金雀枝課長にそっと支えられていた。


「夜景、綺麗だよ?」


 私の震える手を今度はちゃんと捕まえてくれていて、ああ……男の人の手ってこんなにもがっちりしているんだと思った。私よりも大きくて、骨ばっていて、指は長くて太いのに指を交互に絡めるととても安心する。金雀枝課長は指を軽く伸ばし、私はその手をぎゅっと握った。そして、彼も、私の手を握ってくれた。


 今日一日、手を握って欲しかった。

 


 

 私は頭をよしよしと撫でられた。






 ーーそして、私の携帯に星蘭からのメッセージが届く。


 

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