恋の商談はケーキを食べながら
星蘭くん。彼と私は幼馴染み同士。幼い頃、実家の近所に住んでいた彼は同い年ということもあり、仲良く遊んでくれていた。小学校から中学校まで同じ学校で、中学二年生の時に星蘭くんがどこを受験するのか知って、自分の志望校を変更した。ママにお願いして、塾も追加で二科目増やしても、星蘭くんには追いつけなかった。
星蘭くんは小さい頃からお人形のように可愛らしい美少年で、女の子にモテモテだった。中学校に入ると、モデル事務所に所属することになり一気に遠い存在に。学校では引っ切り無しにいろんな女の子が告白して来たので、付き合ったり数日で別れたりを繰り返していた。
私は淡い恋心を抱きつつもそれをずっと眺めていた。今思えば最低だけど、別れたって聞いたら、ちょっと嬉しくて。たまに声をかけてくれるから、追いかけていたら、幼馴染みから卒業できるかな、なんて思ったりもした。私がぼんやりしている間に他の子と付き合っちゃうんだけれど。
高校入学後、別々の制服になった時、ちょっと悲しくなった。ちょっと遠くの離れた学校でも星蘭くんの噂はこっちの学校にも流れてきて。
大学生になったあと留学を得て、また日本に戻ってきて、モデル活動を継続しながらも、ちょくちょくテレビCMに出たり、イベントに参加したりと忙しいらしい。
一年前の夏。地元の夏祭りで告白をした。
何年もの想いを伝えたのは、花火に照らされた浴衣姿の彼の横顔が綺麗だったから。
告白の返事は未だに教えてくれない。
♡*♡*♡*♡*♡*♡*
「ーーと、いうわけなんですよ」
五千円のティーセット。三段のケーキスタンドに下からサンドイッチ、季節のケーキ、フィナンシェが並ぶ。林檎紅茶。小皿に並べられた生クリームの砂糖菓子。「恋愛話を一つだけ教えてくれたら、特別に奢ってあげる」と、言われた。私の恋愛話になんの価値もないのに。金雀枝課長は私の話を聞きながら静かに珈琲を飲む。……興味ないですよねぇ。
「私の話ばっかりじゃつまらないですし、麗さんは、恋愛とかどうなんですか?」
「……どう、と、言うと?」
ーーヤバイ。目上の人に対して、ちょっと図々しかったかも。目が怒ってる。
しーんとなり、話が止まったので、彼は珈琲を飲むのを止め、テーブルのお皿にカップを置いた。
「ーー彼女は我儘で、気分屋で、困っている」
ーー彼女。……そりゃあ、こんなに格好良くて、優しい男性には彼女いますよね。……うん、うん、そうそう。やっぱり彼女いるんじゃないですか!?!?
「……そっ、その彼女も不思議ですよね。我儘だなんて。麗さんには勿体ないですよ」
ーー私は励ましたつもりだった。
「ーー何で好きなんですか?」
「ーー何でだろ」
「ええっ!?」
金雀枝課長は頭を抱えている。
「ーーいや、すまん。考え事をしていてな。まぁ、アレだ。タイムスリップというものはなぜできないのかと考えていた」
「……タイムスリップ……???」
ーー話が全く掴めません。
「人が最初に見たものが基準とされているとしたら、どうやったらそれを壊せるのだろうかと」
ーー壊す……とは???
「ーー全てが規格外だからかな?」
ーー規格外。
金雀枝課長はまたゆっくりと珈琲を飲む。
そっ……それにしてもこのお高いケーキセット……!!! 本当に奢って貰っちゃって良かったのかしら。あ〜〜美味しい。あ〜〜……これ以上は恋愛の話を深堀りしないようにしょおっと……。
美味しそうな写真を何枚も撮った。
SNSにも投稿した。
「女の子って可愛いお店好きだよな?」
ーーそうですね? 金雀枝課長が選んでくれたお店は、雑誌にも頻繁に載るくらい人気のお店らしいですし、口コミ評価も高かったです。……決してリーズナブルな価格帯ではありませんが、恋人同士のデートにはピッタリな場所ですね。
「それなら良かった」
……!!! も、も、も、もしかして金雀枝課長はこのお店に彼女と来たかったのかな……? それなら、彼の悩みってーー……。
「……私で良ければ私を彼女さんのつもりでデートしてみませんか?」
「ーーは?」
ーーこの反応はきっとそうだ。そうに違いない。
『彼女のこと攻略しましょうよ!!!』
♡*♡*♡*♡*♡*♡*
(金雀枝 麗)
これが噂の天然……。いや、もう、天然の域を超えてお馬鹿ちゃん? この調子で彼女は仕事先に迷惑がかからないのか。……違う。これは彼女の戦略。彼女は戦略家なのではないか?
いつもの電車の時刻。俺は余裕を持って前の電車に乗り込むんだけれど、日時によっては電車が混んでいる時がある。その時は一本後にする。ーーって、おい。こんな窮屈な車内に細いヒールで乗り込んで来る奴は誰だよ。足を踏むな……。楠さん?
楠 林檎は入社当時から可愛かった。白い肌に細い身体。身長が小さく、スーツがやや大きい。奥二重でもくりっとした目がすごく愛らしい。小さな鼻と小さな口でニコッと笑う。首から下げた社員証。派遣会社名、派遣先の事務所名、名前。すぐに覚えた。
「○○会社の派遣さん、すごく可愛い子が来たね」
うちでも噂が回ってきた。
しかも可愛いだけではなくて、仕事が速い。視察に行った時、出迎えてくれて、見た目や話し方はちょっとおっとりしているのだが……入れてくれた珈琲が美味しいかった……。これどこのメーカー? うちの休憩室に置いておこうかな。
って、タイピング速……っ!!!! 電話で上司に聞かれたことをパソコンで検索しながら、電卓で計算して……すべて手配しておきましたとか。上司の二ヶ月先のスケジュールまで随時頭の中に入っているのか。メモ……いらない派なのか!? 勤務中だと指摘しようとしたが……たっ……待機中の神経衰弱、エライ速く終わるじゃねぇか……。
この、おっとりとした話し方も実は作戦なのではないかと思った。……もしかして、彼女はふんわりとした小悪魔……なの……か……。
そんなこんなで、あの彼女が電車内で押されそうになっている所が見ていられなくて、さり気なく、後ろ側に立った。ドアの出入り口付近。そして、電車が発車すると、彼女は下から俺の方を見つめてーー……。気を失った。……と、いうか、もたれかかるようにして寝た。スマホが手から落ちそうだったから見てしまったのだけれど、男とのやり取り。待受のツーショットの浴衣写真。どこかの部屋の素敵な夜景……。テーブルに二個並んだ手料理。お揃いのグラス。
……はぁ。……やはり、彼女には彼氏がいるのか……。
それからそれから、俺は五千円のケーキセットを餌に彼女の秘密を入手した。
……幼馴染みの彼とは幼馴染み以上恋人未満って感じだな。……って、ええ? よくよく話を聞いていると、この子悪魔ちゃんに勝敗はあるのかい? これ、男に都合良く扱われているだけじゃないか? って、心配になった。
彼女は人の心配をよそに、楽しそうに恋愛話をする。あの男の秘薬が解けているなら、今すぐにでも奪ってみせるよ。二人の間に入り込む隙間がないからこそ、この先どうしょうか、どうしたら俺のことを見てくれるのか悩んでいる。
「……私で良ければ私を彼女さんのつもりでデートしてみませんか?」
……ああ。タイムスリップできるなら、彼を知る前の彼女に逢いたい。彼女には規格外という言葉がしっくりくる。
♡*♡*♡*♡*♡*♡*