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おぉ、勇者よ。家から出ないとは情けない。

作者: 真上誠生

「ねーヒロー、それ取ってー」


「はいはい、これ食べたら家から出るんだぞ」


「考えとくー」


 僕は机の上に並んでるみかんの一つを、ベッドで寝転んでいる幼馴染の女の子に渡してやった。そいつはにへらと笑いながら「ありがとー」と言い放ち、皮を剥いて頬張り口をすぼめた。どうやら酸っぱいものに当たったようだ。


「うー、すっぱい」


 文句を言いながら残りを僕に渡してくる。それを受け取り、一粒つまむ。すると、どぎつい酸味が舌の上に広がった。


「うわ、ホントに酸っぱいなこれ」


「でしょー? テンション下がったーもう外に出ないー」


「はぁ……元々行く気なかっただろ」


 ローラの言葉にツッコミを入れると、彼女は「へへへ」と満面の笑みを浮かべた。どうやら、僕がローラの気持ちを読んだことが嬉しいようだ。


「行く意味ないからねー。行くだけ無駄だよー」


「そんなわけにはいかないだろ、勇者で賢者なんだし。世界を救わないと」


 そう、ローラはこの世界に一人しかいないという世界を救う者。こんなところでゴロゴロとしているわけにはいかない。


 ローラに顔を向けると、彼女の濁った目がこっちを向いていた。元々彼女はとろんとした目をしていたが、もっとキラキラとした瞳をしていたはずだ。これはきっと彼女が最後に授かったニートという職業のせいだ。


 成人の儀が終わってからというものの、こいつはずっとこんな生活をしている。前々からのんびりしている奴だとは思っていたが、それが輪を掛けてひどくなってしまった。


「世界ならここからいつでも救えるよ?」


「おっと、その方法は却下だ」


 ローラの言っていることは滅茶苦茶な方法だ。魔王を殺す魔法をここから魔王に向けて撃ちこむ。それだけ聞けば旅に出なくてもいいだろう。しかし、これはその後の被害に目を瞑ればの話だ。


 魔王も死ぬが、まず世界が滅びる。これがローラの出した計算。はは、そりゃ世界が滅びるなら魔王も死ぬよね。……ってどっちが魔王だよっ!?


 そして、その後に聞いた言葉に僕は絶句した。「死は救済だよー?」と平然な顔で言い放つ彼女に絶句したことは多分未来永劫忘れることは出来ないだろう。死生観どうなってんだお前!


「むー、疲れた。寝るー」


 ローラは枕を抱き締め、ベッドの上でゴロゴロと転がり始めた。布団端から彼女の生足が見え、少しドキッとしてしまう。あまりじっと見るのも悪いと思い視線を外した。


「なんもしてないだろ……まったくローラは……」


「してるよ? わたし自宅警備員だしー」


「家守る前に世界を守れよ!!!」


 僕のツッコミにローラはくすくすと笑っている。それを見て頭を掻きながらため息を吐く。どうやら考えを改めるつもりはないらしい。よかった、と僕は心の中で微笑んだ。


 実は、ローラに外に出てくれと言っているが旅に出なくてホッとしている。ただでさえおっとりしている彼女だ、旅に出て魔王を倒すだなんて出来っこない。世界の皆より僕は彼女の方が大切だった。


 しかし、体裁というものがある。村の皆はローラのことをなんとかしろと僕にプレッシャーをかけ続けてくる。それは日に日に強くなっていくばっかりで収まるという事を知らない。僕のところで止めれるなら止めてあげないと。


「いやー、外に行きたくないー!」


 そう言って、柔らかそうな枕に顔を埋めた。こうなっては彼女がテコでも動かないのを僕は知っている。


「はぁ、仕方ないな。また明日くるよ」


「帰るのー?」


 僕が立ち上がった音に気付いたのか、ローラは枕に顔を埋めたままちらりと視線だけをこちらへ向けてきた。


「あぁ、狩りに行かないといけない時間だしな。レベルも上げないと」


 ローラの職業が目立ち過ぎてすっかり忘れられてしまったが、僕が成人の儀で授かった職業は狩人。これからは村に肉を届ける役割を担わないといけない。その為に狩りの腕を上げる為、訓練をしているところだ。


「……気をつけてね?」


 どういう意味だろう? もちろん危険な職業だから気をつけてはいるが。


 心配そうな目でこちらを見るローラを見て、安心させるため大きく頷いてあげる。


「ああ、大丈夫だ。こう見えてもスジがいいって褒められてるんだから」



 ──だから。……だから。……から。……ら。





 ──大丈夫、そう思っていた時期が僕にもありました。


 僕は今、照り付ける太陽の中全力で走っている。湿気の多い土地柄のせいで汗がべっとりと額に纏わり付いているが、腕で汗を拭うのも忘れる程に状況は逼迫していた。


 後ろを向き、もう一度そいつを確認する。白い毛皮に包まれた熊、本来雪国にいるはずの魔物がそこにはいた。


 大きな身体に似合わず素早いそいつは、周囲の樹を気にも留めずバタバタとなぎ倒しながらこちらへと向かっている。樹を避けながら走る僕よりも早く、そのうちに追いつかれてしまうのは明白だった。


 がぱっと開けた口からはダラダラと涎が垂れている。その口には鋭い牙が生えていた。それで、獲物を丸齧りするのだ。そこまで考えたところで鳥肌が立った。次に、その牙の餌食になる獲物は……僕だ。


「くそったれ! なんでこいつがここにいるんだよ! 魔王復活の兆しってわけか!?」


 悪態をつきながら僕は走った。後ろからはバキバキと樹がへし折れる音がずっと聞こえている。それは僕に死をもたらす死神の音。それに捕まった瞬間、僕は死ぬ。


「死んだら悲しんでくれるかな……」


 死を覚悟した瞬間、頭に浮かんだのはローラの顔。しかし、僕の頭に浮かんだローラの顔はぶすっとした顔ばかりだった。


(……そういえば最近こんな顔ばかりさせていたな)


 せっかくなら、最後に笑った顔が見たかった。それに、僕はローラに伝えていないことがある。それを言う前に死ぬなんて……。


「もし生きて帰れたらもっと優しくしないと」


『ほんとー?』


 頭の中にローラの声が響く。あまりにも後ろから聞こえてくる音が恐ろしすぎて、幻聴が聞こえてきたのかもしれない。それでも、幻聴だとしても、最後に彼女の声が聞けたことが嬉しい。


(あ、そうだ。ちょうどいいや、思い残しがないように僕の気持ちも伝えておかないと)


 僕はそう考えて、ローラへの気持ちを口にした。


「ああ、本当だよ、大切にする。死ぬまで大切にさせて欲しい。ローラのことが僕は大好きなんだ」


 言葉がスラスラと口から出る。言葉にしてわかったが、僕は本当にローラのことが大好きなようだ。心残りが無いように言ったつもりだけど、更に生き残りたいと思う欲が湧いてくる。


(そうだ、この言葉は本人に言わないといけない。だから、僕は生きて帰るんだ!)


『──ふぇぇ!?』


 僕が一人で盛り上がっていると、脳内に聞こえるローラの声は焦ったような声を出す。


(ん、なんかおかしくないか? やたら反応がリアルなような……)


 僕が訝しんでいる間、幻聴なはずのローラの声は更に続いていく。


『あ、あのその。わたしもヒロのことが好き。だから嬉しいー』


 照れた彼女の声が聞こえてくる。それはまるで本人がそこにいるように思える程しっかりとした存在感があった。


「ぶぉおおおおおおおおおお!!!」


 そんなやり取りを余所に、ホワイトベアーの鳴き声が僕の真後ろで聞こえた。後ろから聞こえてくる音は後数歩で僕を捉えるだろう。


(もう、ダメだ)


 ──そう思った瞬間だった。


『わたしの大切な人に手を出すなー!!!』


 その言葉と共に、後ろで轟音が鳴る。鼓膜が破れるんじゃないかと思うくらいの音と共に、少し遅れて強い衝撃が身体を襲った。


「うわぁああああああああああ!!?」


 堪えることが出来ず、ゴロゴロと地面を転がる僕。しばらく勢いよく回っていたが、身体が樹に当たることでようやく止まることが出来た。


「え、え!?」


 何が起きたのかわからない。僕は顔を上げ、その光景に目を見開いた。僕を襲おうとしていたはずの熊は何故か焼き焦げている。そして、その熊を囲むように地面が大きく抉れていた。


『ヒロー大丈夫ー?』


「……ローラ?」


 僕はまた聴こえてきた幻聴に言葉を掛けてみた。もしかして、これは……。


『なーにー?』


 のんびりとした応答が頭の中に広がる。それは、紛れもなく本人。幻聴などではない。


「な、なんだよこれ!?」


『テレパシーっていう賢者のスキルだよー』


 僕の問いにあっさりと返してくるローラ。というか会話が出来てたってことは……。


 その事実に気付くと、顔がだんだんと火照ってくるのがわかった。そして、僕は大きく口を開く。


「プロポーズじゃねぇえかあああああああああああ!!!」


『えっと……一生大事にしてくれるんだよね? ……よろしくお願いします』


 こうして、成り行きで僕とローラは結婚を前提に付き合うこととなったのだった。





「──ねぇローラ、僕が家から出る前に気を付けてって言ったよね。もしかして……こうなるの知ってた?」


 僕はホワイトベアーを引きずって村まで戻っている最中、ローラと会話をしていた。いつでも彼女と会話が出来るのは正直嬉しい。時間が空いた時はずっと話をしていたいくらいだ。


『うん、実はね、賢者の力で未来が見えるんだよ』


「……マジかよ」


 それならそうともっとハッキリ言って欲しかった。いや、ローラなりに伝えようとはしてくれていたか。そのおかげで出会い頭に死ぬことはなかったわけだし。


「……ん? でも僕がプロポーズした時はびっくりしてたよね?」


『……だって、ヒロは本当なら死んでいるはずだからー』


 そうか、僕は本来ならここで死んでいるのか。その世界をローラは変えてくれたんだ。


 悲しそうな声のローラに「ありがとう」と伝える。すると、ローラは嬉しそうに『えへへ』と笑った。


『だから、この未来は嬉しいー』


「僕だって嬉しいよ。実は、ずっとローラのことが好きだったんだから」


 でも、ローラは勇者だ、魔王を討伐しに行く使命がある。もしかすると僕の前から去っていってしまうかも……いや、ちょっと待てよ?


「ローラ、一つ聞いていい?」


『んー?』


「未来が見えるって言ったよね、もしかして魔王のことも?」


『うん、魔王が世界征服する未来は来ないよー。わたしと魔王は友達になるんだよー』


「はは、なんだよそれ」


 最初から言ってくれれば……いや、これも言ってたな。旅に出たくないという言い訳だと僕が勝手に思っていただけだ。こうやって未来が見えると実際にわかったからこうやって言えるだけだ。


「わかった、ならローラが旅に出る必要は無いんだな?」


『信じてくれるの? 嘘をついてるかもー』


「信じるに決まってるだろ。それに、惚れた女に騙されるなら構わない」


『ふぇえええ!?』


 ローラが盛大に慌てふためく。多分、今彼女は僕と同じ顔をしているはずだ。……顔が熱い、流石に格好つけすぎた。


「さて、どうやって皆に伝えるか」


 これからの僕の役目は村の皆にこの事実を伝えること。きっと皆は僕がローラにほだされたと思うに違いない……今から考えるだけで頭が痛いな。


 それに、ローラが勇者であることはこの村での秘密にしておかないとな。もし余所にバレたらローラが勇者として担ぎ上げられてしまう。僕の手から彼女を離したくはない。


 そこまで話をしたところで、僕はようやく村に戻ってこれた。入り口付近に住んでるマーサーさんがびっくりした顔でこちらへと近づいてくるのが見える。僕は何があったのか、マーサーさんに経緯を説明した。


『ヒロ……これからよろしくね……』


 僕がマーサーさんと話をしていると、頭の中にローラの眠たそうな声が響いた。今日は頑張ってくれたからゆっくりと寝て欲しい。


「ローラ、おやすみ」


 僕の言葉と共にローラの寝息が頭の中に聞こえてくる。……これずっと聞こえたままなの?


「ははは!」


 おかしくなってつい笑ってしまった。急に僕が笑ったことでマーサーさんは怪訝な表情を浮かべているが気にもならない。それ程、僕はこの時間が大切なのだと実感をした。


 こうして、僕達の騒動は一通りの終幕を迎える。しかし、まだこの時僕達は気付いていなかった。未来が変わりつつあることに……。





「セバス、貴方に命を与えます。このヒロという人間を私の前に連れていらっしゃい。私の夫とします」


 勇者と魔王が一人の人間を取り合い戦い始めるのは今から一年後。そこで僕は渦中の人物となるのだが、それはまた別の話である。




 ──FIN。

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― 新着の感想 ―
[一言] タイトルも内容も面白かったのです!
2022/11/18 16:13 退会済み
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