46:美学のない悪役
「さあ出てこい、僕の使い魔たちよ」
わたくしが『苛烈な炎』をあたり周囲に火を放った瞬間、『魔王』が手下であろう怪物たちを呼び寄せ、その火を一瞬にして消させてしまいました。
どうやら氷のドラゴンに似たロボットを呼びつけたようですわ。しかもこれまたどういう仕組みか口に当たる部分から冷たい氷の息を吐き出したんですの。
「なっ……! わたくしの会心の攻撃が!」
「驚いたか? こいつは氷竜。僕の一番のお気に入りさ。炎でも解けない絶対零度の怪物だ」
「まだまだ、ですわ!」
氷竜が今度はわたくしへ向けて氷の息を吐こうとしたのでひらりとそれを避け、わたくしはどうやってドラゴンを仕留めようかと思考を巡らせます。
すると――。
「あなたの相手は私だよ!」
そう言ってわたくしの目の前にピンクが立ちはだかりました。
直後に凍てつく吹雪が吹き荒れますが、ピンクはそれをもろともせずに『桜吹雪』で逆に押し返します。さらに追撃をかけたのは背後に立っていたアマンダさんでしたわ。
「地面の中でおねんねしてください、ね!」
すると彼女の声と同時に氷竜の足場が粉々に砕け、転落。
ものすごい咆哮を上げながら奈落に呑まれていった氷竜は、二度と帰らぬ者となりましたの。
「ははは、面白いな。では次はこれならどうかな?」
『魔王』は一体どうやっているのか、口笛一つで小型の悪魔を複数体召喚しました。
緑色のデビルはわたくしたちへ次々に襲い掛かり、呪文のようなものを唱えて黒い光線を放って攻撃して来ます。これは今までになく厄介な敵ですわ。
「こいつはボクに任せてくれ!」
次に名乗り上げたのはグリーンさん。
彼女は十匹以上はいるであろうデビルの群れへ突っ込んでいき、拳を振り翳しました。必死で呪文を唱え続けるデビルですがグリーンさんは光線を避け続けます。そのまま両者の凄まじい死闘が始まりましたの。
――ぐずぐずしている場合ではありませんわ、わたくしもきちんとリーダーとしての意地を見せませんとね。
「もう一回いきますわ! 『炎』ぉぉぉぉぉ!!!」
「これはなかなかに激しい火だ。だが、」
『魔王』と名乗る少年は迫り来る『苛烈な炎』を前にニヤリと笑い、
「僕は『魔王』なのでね。これくらいの攻撃、なんてことはない」
片手を振りかざすだけで炎を四散させ、まるで何事もなかったかのようにそんなことを言いましたの。
「さすが『魔王』。手強いですわね……」
わたくしが思わず歯噛みし、次の策を考えておりますと、イエローが口を挟んで来ましたわ。
「あんた、やっぱ馬鹿ねぇ。ただやたらめったらに攻撃してたって避けられるだけじゃないの」
「まだ一度も攻撃していないあなたに言われたくありませんわ。……何か策がありますの?」
「そ、それはっ。あたしは回復役だから。そんなこと戦闘馬鹿が考えればいいでしょうが!」
イエローはやはり役に立ちませんわ。先ほどの聖女のようだった彼女は一体どこへ行ったのやら。
早く確実な妙手を打たなければ。相手の手札……怪物はきっと無限でしょうから、力づくでやってもいけないのですわ。
とにかく彼に手が届かなければ話になりません。どうにか方法を考え出さないとですわ。
「どうしたのだ? もしかしてもう僕に怖気付いたのかな? つまらないな。もっと僕を楽しませてくれよ。せっかく用意した舞台なんだ、役者はしっかり動いてもらわないと困るじゃないか」
メイクの男――『魔王』がそう言ってわたくしたちを嗤います。
その嗜虐的な笑みは背筋をゾクゾクさせるような邪悪なものでした。それを見たピンクが突然キレてしまわれましたわ。
「私たちをおもちゃみたいに言わないで! 私はあなたのヒーローごっこのための道具じゃないの! あなたの遊びのためにどれだけの人が苦しんだかわかってるの!?」
「そんなこと、僕の知ったことではないな。世界の頂点たる僕が楽しめればそれでいいんだから」
「世界の頂点……!? 何それ、ふざけないでよ!!!」
そうして怒声を上げながら、『魔王』へ向かって飛びかかるピンク。
『桜吹雪』を全身に纏い、普通なら耐えられないほどの暴風を叩きつけられた『魔王』は、しかしそれでも平気でした。先ほどと同じように片手を振るだけで全ての攻撃を無効化すると、飛びかかったピンクを逆に抱き止めやがりましたの。
「可愛い乙女よ、そんなに怒ることではないだろう。このショーを楽しめない君の方こそ反省するべきだと思うが」
そして彼女を、ポーンと、まるでフリスビーか何かのように投げたのですわ。
「ピンク!」
叫び、わたくしが咄嗟に受け止めなければピンクはどうなっていたことか。
わたくしより若干小柄とはいえピンクの体は重く、それと真正面からぶつかったわたくしは尻餅をついて転がってしまいましたわ。なんという屈辱。ドレスがアスファルトに擦られて破れてしまったじゃありませんの!
でも、
「あ……ありがとう」
「ええ。ピンクが無事のようで何よりですわ」
よろよろと立ち上がり、とりあえずはお互いの無事を確認。
「な、何してんのよ、危ないじゃないっ!」などと言いながら、すぐにイエローがすっ飛んで来てわたくしたちの擦り傷を治してくださいました。その間グリーンさんとブルーで他の雑魚怪物たちを抑えてくださっていたおかげもあり、なんとか助かったようですわ。
ですが、わたくしはどうにも許せませんでした。ピンクのことを抱いたのも、彼女を投げたのももちろん許し難いことです。けれど何より――。
「『魔王』。あなた、悪役としての矜持がございませんのね」
物語の悪役であれば必ず持っている美学や矜持。
そういったものが、この『魔王』と名乗る少年からは一切感じられません。そのことにわたくしは非常に怒っておりましたの。
だってそうでしょう? ただ自分が楽しみたいだけでこんな非道な行いをするだなんて、見た目以上に幼稚な、まるで幼児のような発想ですもの。そんなこと到底認められるはずがございませんでした。
そのために払われたたくさんの犠牲や苦労の日々。それを嘲笑するかのように、『魔王』は、ただ悪役ぶっているだけの、上っ面の演技をしているんですのよ? わたくしたちが必死で本物のヒーローになろうとしているのに。こんなこと、あってたまるものですか。
「『魔王』。あなたに『魔王』と名乗る資格などどこにもありませんわ。物語で言えばあなたはただの野次馬、あるいはかませ犬。身の程を知りなさい!」
「おお、僕に説教するのかな。人間は自分の人生を楽しむものだろう? それの何がおかしいのか、僕にはわからないが」
「だからってこんなこと、していいわけがありませんわ!」
「そうだよ」
「なんだか無茶苦茶腹が立って来たわ! 聖女のように清らかなあたしの心にも堪忍袋の緒があるのよ!」
「よーし。みんなやる気になって来ましたね。じゃあそろそろ本気で殺りましょう〜?」
他の三人もわたくしと同感のようで先ほどよりさらに一段『魔王』に対する怒りの度合いが上がったようでした。ちなみにブルーはただぶちのめしたいだけのようですわ。改めて思いますけれどヒーロー向きじゃありませんわねぇ、この人。
ともかく、グリーンさんちょうどデビルを片付けたところですし、仕切り直しといきましょう。
――美学のない悪役など舞台には不要ですわ。さっさと退場していただくのが一番でしてよ。