42:聖水の奇跡
「なんとかやるとは、一体何をなさるつもりですの?」
堂々と宣言したイエローにそう尋ねかけると、彼女はわたくしの方を睨みつけ、
「そんなのわかんないわよ。でもあたしの『聖水の弾』を応用すればなんとかなるはず。いや、、絶対にしてみせる」
と、まるで根拠のないことをおっしゃいましたの。
でも確かに彼女の能力は『聖水の弾』。いつもはただの水鉄砲だと思っておりましたが、考えてみればなんらかの特殊な効果があるかも知れません。
それこそ物語に出てくる聖女や女神のような力も。
ピンクが「早く早く」と急かすので、イエローは慌ててパープルさんに駆け寄りました。
パープルさんの状態はかなり危ういようで、息をしていらっしゃるのが不思議なくらいに人形のように青白いですわ。わたくしは彼女を見つめながら、どうか助かりますようにと心から祈りを捧げます。
だってこんな戦隊ごっこのために命を落とすことがあってはなりませんもの。
もちろん危険なのは承知の上。でもわたくしたちにはそれぞれの人生がありますわ。そしてそれはパープルさんこと紫宇田さんだって同じでしょう。
彼女が一体どういう方なのか、数日を共にしただけのわたくしにはよくわかりませんが、こんなことで死んでいいはずがありません。それだけは確実に断言できることですわ。
わたくし、ピンク、ブルー、それにグリーンさんとオレンジさんがじっと見守る中、イエローは両方の掌いっぱいに水を溜め始めました。
そしてそれをパープルさんへ向け、ぶしゅ、ぶしゅ、と放つのです。それをしている彼女の横顔は真剣そのものでしたわ。
「届け届け届け届け届けぇ――! 今こそあたしの力を見せてやるんだから!!!」
全力で吠えながら水の勢いを強めるイエロー。
それを眺めるわたくしは、そんな場合ではないと知りつつも彼女に少しばかり感心しておりました。
……あら。意外と熱いところあるじゃありませんの。わたくし、少しあなたのことを見直しましたわ、志水さん。
見ると先ほどまで土気色だったパープルさんの顔が幾許か色づいてきているように見えます。
それと同時に彼女の目や耳から何やら青い液体が溢れ出しましたの。
「何ですか、あれ?」
呟くブルー。しかしわたくしはその青色が何か一目でわかりましたわ。あれは間違いなく毒です。それもかなり強烈なものですわ。
『魔王』は怪物――ロボットを作り出すくらいですから、かなり高度な科学力を持った人物なのでしょう。そんな者であれば毒を入手し、自作のロボットに仕組むくらい簡単なことだったに違いありませんわね。
あんなもので人を襲わせるだなんて……とても人間とは思えない頭の回路をしていらっしゃるのでしょうね、『魔王』は。
まあ、そんなことは全て後回しですわ。
普段はただの水鉄砲程度の威力でしかない『聖水の弾』は、今やスコールとなって降り注いでおりました。それがたちまちパープルさんの体を包み込み、代わりに毒が抜け出ていきますわ。
「もっともっと!」
ピンクが声援を送っています。すぐにブルーも混じり、オレンジさんまで声を揃え始めましたわ。
一方で静かに見守るのはわたくしとグリーンさん。そして肝心のパープルさんは『聖水の弾』の容赦ない攻撃――正しくは治療なのですけれど、ここまでの威力になると攻撃にしか見えませんわ――を受け、青い液体を垂れ流し続けていらっしゃいます。
そして、しばらくそんな時間が続いて……奇跡は起きました。
パープルさんの垂れ目がちな瞳がそっと開かれ、ゆっくり起き上がったんですの。
「あ……あれ? うち、死なんかったん?」
不思議そうに目をぱちくりしていらっしゃるパープルさん。
スコールに打たれる彼女の姿はどこか輝いて見えて、わたくし、思わず神秘的とすら思ってしまいましたわ。
しかしそんな神秘的な空気は、すぐに、他の方々の歓声によって破られました。
「――亜弥芽っ!」
「やったぁ! 聖水は本物だったんだね!」
「パープル、気が付いたんだね〜。良かったぁ〜本当に良かったよ〜!」
「シオリ、聖女じゃないですか! すごいですすごいです、まるで少女漫画のような展開にワタシ、泣きそうですよー」
そしてこの偉業を成し遂げた人物であるイエローはと言いますと、安堵の笑みを浮かべ、「あたし、やる時はやるんだから……」と笑いながら倒れてしまわれました。
……あらあら。他の方たちったら、パープルさんの方へ行ってしまってイエローが倒れたことには気がついていらっしゃらないようですわ。今度はわたくしがイエローの介抱をしなければならないようですわね。
ともかく、こうして瀕死中の瀕死だったパープルさんは一命を取り留めることとなったのです。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「キミたちにはなんと感謝を言っていいかわからない。本当に、ありがとう」
そう言って頭を下げるグリーンさん。
そんな彼女にわたくしは首を横に振りましたわ。
「いいえ。あれをやったのは全て志水さんの功績ですわ。わたくしは何もお力を貸すことができず、むしろ申し訳ないくらいですわ」
今まで、厄介な臆病者としか認識していなかった彼女ですけれど、評価を改める必要がありそうですわ。
あれだけの力を見せられてしまっては、彼女が真の最強であることが嫌でもわかりましたもの。わたくしのように豪華で全てを焼き尽くすよりもきっと、志水さんの方が戦隊――人を守るに相応しい力に違いありませんわ。
「彼女は、まだ寝ているのかい」
「……ええ。かなり消耗なさったようですわね。『魔王』戦が控えていることを考えれば、かなり不利なことになってしまいましたわね」
そうなのです。一大事件があったので思わず気が緩んでしまいそうでしたけれど、わたくしどもの戦いはこれからと言っても過言ではないことを忘れてはいけません。
無事にパープルさんの命を救えたとして、その他大勢の方々がまだ脅威に晒され続けているはずですわ。それを考えれば一刻も早く、『魔王』を討伐しなくてはなりませんのに。
……一応相手は『魔王』と名乗ってはいるものの頭がイカれているだけの人間なのだから、討伐という言い方はおかしいかしら? まあ、どうでもいいですわ。
と、そんなことを考えていた時でした。
「なら、ボクにも同行させてほしい」
グリーンさんが突然そんなことを言い出したんですの。
……。
…………この人、興奮で頭がどうにかなってしまったのかしら?