40:とある戦隊少女の敗北
――碧海若菜視点――
ボクは少し己惚過ぎていたのだと思う。
ある日、謎の力を得た。
漫画みたいな話だったが夢なんかじゃない。次々に現れる正体不明の怪物を倒して、いい気になっていた。
だから罰が当たったんだろう――。
大蜘蛛に呑まれながらボクはそんなことを考えていた。
ボクがこんな風に負けたのは初めてだった。うっかり油断していた。そもそも疲れ切っていて集中力が落ちていたんだ。戦いの最中、普通ならば避けられるはずのものがかわせなくて、あっという間に押し寄せてきた蜘蛛の大群に襲われた。
逃げなくてはいけないのに、全身に気持ち悪い蜘蛛がまとわりついて離れてくれない。これで終わりなのかも知れない、とボクは他人事のように思った。
そしてその蜘蛛の毒を外顎から注入される寸前――。
「させるかぁぁぁっ!」
彼女の声が響いて、ボクは凄まじい勢いで空中に投げ出されていた。
回転する視界の中で最後に見たのは、ボクの身代わりとなって敵の襲撃を一身に受けた彼女の姿だった。
「亜弥芽! 亜弥芽!」
助け上げた彼女の体は恐ろしいくらい青白くて、幽霊のように見えた。
魂が一秒ごとに抜けていっているように思える。それをじっと眺めながらボクは何もできなかった。
隣では朱莉が叫んでいる。彼女を必死に揺さぶり、頬を引っ叩いたところで彼女が目を覚ますはずがないのに。
……ボクが悪かった。
ボクが、うっかりミスなんてしなければ。
ボク以外の二人は、きっと同じように疲れていただろうに懸命に敵を倒していたんだ。ボクが下手さえしなければそんなことにはならなかったんだ。
『魔王』の居場所は近い。なのにボクらはここで終わりだ。ボクのせいで、終わってしまうんだ。
最初から猛毒なのはわかっていた。しかもこれは蜘蛛毒じゃなく、真っ青な人工の毒液だ。
細心の注意は払っていたつもりなのに……。もしも彼女が助けてくれなければ、ボクは彼女と同じようになっていたはず。なのにボクのミスの代償を負ったのは彼女だった。
「ああ、ボクはなんて、情けないんだろう……」
こんなに惨めな思いになるのは初めてだ。ボクは深く深くため息を吐いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
彼女――紫宇田亜弥芽と出会ったのは、つい最近のことだ。
彼女とボクらに接点はなかった。ボクと朱莉は家が隣の幼馴染だが、亜弥芽は転校生で最近越して来たばかりだという。学校は同じだがクラスも学年も違い、名前すら知らなかった存在だ。
……なのにボクは知り合ったんだ、あの奇妙な手紙のせいで。
「あんたらも戦隊なんやね? じゃあ、うちも仲間やからよろしゅうな」
出会いは唐突。タネを口にして何が何だかわからないうちに戦うことになったボクと朱莉に、にこやかに話しかけて来たのだ。怪物が暴れまくっている、その目の前で。
変な子だと思った。それがボクの彼女に対する第一印象である。ボクだって、女のくせに一人称がこれだしスポーティーだしでオトコオンナと呼ばれる部類の人間だから偉そうには言えないが、怪物を前に平然としていられる彼女は異次元の生き物のようだった。
それから一緒に戦って、【パンチング・ヒロインズ】として戦隊ごっこをすることになって。
本来互いに意識するはずもなかったであろうボクらはそうして出会ったんだ。
ボクは元々友人付き合いが苦手な方だった。昔よくいじめられていたせいで人間不信だからだ。朱莉しか信用できる同年代の人間はいなかった。
ボクの憩いである朱莉との時間。なのに亜弥芽はそこに無遠慮に割り込んで来た。
「今日も一緒に帰らせてもらってええかな?」
まるでそれが当然かのように首を傾げる彼女を、朱莉は笑顔で受け入れる。ボクも仕方なく頷くしかなかった。
最初はうるさく押し付けがましい彼女が嫌だったはずだ。しかし気づけば完全に友人と呼べるまでの関係になってしまっていた。
それはおそらく共に怪物を下し、会議をし、訓練をしたおかげもあると思う。
彼女と過ごす日々は、楽しかった。楽天的すぎる朱莉を一緒に嗜めたり、意見の相違で口論を交わしたり。そんな日々がボクの脳裏に蘇っては消えていく。
――だからこんな風に終わってしまうなんて、許せないのに、何の力にもなることはできなかった。
今にも死にそうな彼女を見下ろしながら涙も流せない自分は馬鹿みたいだ。
どんどん彼女の体は冷たくなっていく。「逝かないでくれ」と叫びたいのに声が詰まって言葉にならない。
ボクの中にあるのはただただ後悔だ。どうしてこんなことになってしまったのか。リーダーたるボクが守らなければいけなかったはずなのになぜ庇われてしまったんだろう。ボクは今何のためにここにいるんだ――。
もう何もかもわからなくなっていたボクに、ボクらに、救いの手が差し伸べられたのはその時だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――ボクは負けた。でもそれは敵に敗北したんじゃない。
諦めて後悔して手放した時点で、負けなんだと、ボクは教えられた気がしたんだ。