39:悪夢と化した都市
――財前梓視点→碧海若菜視点――
「何ですの、これは……」
わたくしは思わず目を見張り、そう声を漏らしてしまいました。
ここはわたくしたちの暮らす地域から大きく離れたとある都市。
『魔王』に呼びつけられた場所へ向かう途中で立ち寄ったこの街で、わたくしは今まで見たこともない惨状を目にしてしましたの。
眼下に広がっているのはガタガタに崩された街の光景と、悲鳴を上げる群衆の姿。空には不吉な黒い雲がかかり、まさに悪夢のようでしたわ。
そしてその一方では、ハロウィンパーティーの仮装かと思うような化け物の群れが大通りを練り歩いており、逃げ惑う人々を次々と襲っていましたの。
その数は、いつもわたくしたちが一度に戦うものとは比べ物になりませんわ。通常の十倍以上といったところかしら。これが『魔王』の本領発揮なのかも知れませんわね。
「驚いてる場合じゃないよ。とにかく、戦わなきゃ」
「……。ほ、本気で戦うのね?」
「当たり前じゃないですか〜。今日のお仕事はやりがいがありそうです」
三者三様の声を上げて、お三方が頷き合っていらっしゃいます。
ちなみに現在わたくしどもが立っているのはとある民家の屋上。この家の所有者にはなんだか申し訳ないですけれど、小桜さん曰く『高いところから現れるとヒーローっぽい』のだそうですわ。
ともかく、わたくしたちは一斉に屋根から飛び降り地面へ着地すると、暴れる怪物たちへとお決まりの名乗りを突きつけました。
「「「「世界を救うのは我らなり! 我ら、【キラキラ★ベリベリキューティーガールズ】!」」」」
何度言ってもこの恥ずかしさだけは慣れませんわ……。顔から火が出てしまいそうですわ。
でもそんなことを言っている場合ではありません。一刻も早く、この凄惨な状況を何とかしなければいけませんもの。
わたくしは、すでに戦い始めているピンクたちを横目に見ながら掌に炎を灯し、怪物へ躍りかかっていったのですわ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――どうやら、あの挑戦状やらは本当だったらしい。
ボクは半信半疑だったが、この状況を見れば確かに相手が本気だったと知れる。
すでにこれで何度目になるか。『魔王』の元へ辿り着くまでにかなり体力を消耗してしまっており、あまり望ましい状況とは言えなかった。
我々【パンチング・ヒロインズ】が拠点としている街はもちろんのこと、それ以外の多くの地域で妙な怪物が大量発生しているらしい。無論、あの『魔王』とやらが作り出したであろう化け物だ。
以前出会った少女たち――【キラキラ★ベリベリキューティーガールズ】と言ったか――の話によるとロボットらしいが、今はそんなことはどうでもいい。
ボクは朱莉と亜弥芽、もといオレンジとパープルと一緒にできうる限り被害を最小限にするため、各地を奔走した。
不思議なことにこの怪物騒動は外国にまでは及んでいないらしい。あの例の手紙では『世界を救う』とか大それたことを言っていたが、所詮は『魔王』と名乗っていたあの不気味な声の主だって人間だろう。おそらく国内でしか暴れていないに違いない。
……ともかくそれにしたってかなり大規模だ。しかも、今日のは普段と比べ物にならないほど数が多い。
いつもは簡単に倒していたが、今日ばかりはそうもいかないようで、ボクの拳が効かない相手も出てきた。そこはチームの中で一番怪力なオレンジに任せていたりするのだけれど、それでも限界がある。
「ボクら三人でどこまでやれるだろうか」
「何〜? これくらいまだまだいけるに決まってるよ〜。グリーンは弱気だなぁ、もう〜」
「うちも疲れたけど、まだ本命の自称魔王がおるんやろ? ここで倒れるわけにはいかへんわ」
オレンジとパープルの言うように、確かにボクたちはやるしかないのだと思う。それでも、やはりボクらだって人間、しかも女の子なんだ。
……無事に終わってくれればいいが。
とりあえず、『魔王』が待っていると言っていたあの都市に行かなければならない。
あそこはとりわけ人口の多い地域だ。わざわざあそこを選ぶところから敵の悪辣さがわかる。被害を大きくしないため、一刻も早く向かうべきだ。
そうしてボクたちは、ボロボロになった街をいくつも通り越して、目的地へ向かった。
さらにたくさんの敵を倒し、やっと辿り着く……その少し前のことだった。
「な、なんやあれ。なんかめっちゃ気持ち悪いのがウヨウヨおるんやけど」
パープルがやや震えた声で前方を指差したんだ。
何事かと思って見てみれば、それは蜘蛛の大群だった。……ただし、特大かつ見るからに猛毒の。
ボクは思わず拳をぎゅっと握り締める。これをパンチだけでやっつけられるかと問われればボクには自信がない。
しかしやはりやるしかないのだ。そう自分に言い聞かせて、走り出した。
――数分後に起こる悲劇なんて、この時のボクには考えもつかないことだったんだ。