35:呼び出し
「梓ちゃん、久しぶり〜」
「あら、小桜さん! お久しぶりですわ」
悪役令嬢事件から十日が経った頃。
SR学園のアイドル、小桜さんが学園に戻っていらっしゃいましたわ。
足首にはまだギプスがされていましたけれど、どうやらもう歩けるようですわね。
わたくしは元気そうな彼女の様子を見て、ホッといたしました。
「それにしても梓ちゃん、ずいぶんな人気者になっちゃったね。友達いっぱいじゃん」
「友達ではなく勝手に取り巻かれているだけですわ。わたくし、あまり友人付き合いは得意じゃありませんのにあれほどいっぱい詰め寄られて、困ってしまっていますの。小桜さん、なんとかする方法はありませんの?」
「うーん。笑顔でいれば自ずとみんなと仲良くなれると思うよ」
ここ数日のわたくしの困惑っぷりを知らない小桜さんは簡単にそうおっしゃいますけれど、わたくしにそれができるのかしら。
廊下を歩けば「梓様、ご案内します!」と言われ、階段を降りれば、「梓様、階段から落とされないか心配なのでてをお貸しください!」と言われ……。
ほとんど知らないと言ってもいい相手に好意ばかりを向けられてはどう対応していいかわかりません。きっと小桜さんは今まで、今のわたくしと同じような待遇だったのでしょうね。だから慣れてしまった彼女からしてみれば大したことないのかも知れませんが、わたくしからしてみれば苦労ばかりで疲弊してしまいますわ。
「ま、頑張って。そのうち友達いっぱいできるよ!」
「はい……。頑張りますわ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
相変わらずたくさんの生徒に囲まれながら、どうしたものかと考えていたその日の昼のこと。
昼休みを終えて教室へ向かって歩いていたわたくしの元に、突然、電話がかかってきたのですわ。
ちなみにこの学園では連絡ツールの所有は許可されております。もちろんそれでつまらない遊びなどをしたら罰則が与えられますが、わたくしのような金持ち娘も多い以上、いざという時のため連絡ツールは欠かせないんですの。
ともかく、慌てて電話を取り出せば、どうやら志水さんからの様子ですわ。怪人でも出たのかしら? ――でも今は他の生徒の目があります。うっかり怪物の話をしてしまってはいけません。
さて、どうしましょう。
考えた結果、お手洗いに逃げ込むことにいたしました。
さすがにお手洗いまでは尾けてこないだろうと思ってのことだったのですけれど、意外にも皆さんお手洗いに躊躇なく入って来たりして大変でしたわ。その中でなんとか個室に篭ることに成功すると、わたくしはやっとの思いで電話に出ました。
「――志水さん、どうなさいましたの?」
「おっそいわよ!!! でっかい怪獣が出たの。あんた、今どこにいる!?」
耳が割れんばかりの大声で、電話の向こうから怒鳴ってくる志水さん。
これは只事ではなさそうですわね。一体何があったのでしょうと首を傾げながらわたくしは、現在地を伝えました。
「じゃあその取り巻きを適当に追い払って校門前まで来て! 早く!」
わたくしは頷き、お手洗いを飛び出したんですの。