間話3:小桜希歩の作戦
そして翌朝のこと――。
わたくしがタクシーを降りると、校門前で小桜さんが待っていらっしゃいました。
「おはよう。梓ちゃん、一緒に行こう?」
衆人環視の中、彼女はまるでごく当たり前のことのようにわたくしの手を取っておっしゃいます。
わたくしは思わずあたりに視線を走らせながら小声で囁きました。
「本当にいいんですの、こんなことをして」
「大丈夫だよ。ささ、早く早く」
そのまま一緒に校舎内へと駆け出すわたくしたち二人を見て、周囲の生徒たちが何やらささやき出しましたわ。
学園の人気者である小桜さんとわたくしとが一緒にいるのがそんなに意外なのかしら。
やっぱり噂は本当だったのか、という声が多く見受けられますわ。どうやらわたくしたちが共に合宿に行ったとの情報を信じていなかった方々もこれで確信したに違いありませんわね。
ということは、今日中に何らかの動きがあるかも知れませんわ。……気を張っておきませんとね。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
小桜さんの作戦は、わたくしと仲の良い様子を他の生徒らに見せつけわざと反感を買い、そこでぎゃふんと言わせようというものでした。
どうやってぎゃふんと言わせるのかはまだ知らされていないのですけれど、小桜さんも馬鹿ではありませんからおそらく大丈夫でしょう。
そしてその予想通りになりましたわ。
「じゃ、私の教室はあっちだから。何かあったら私に言ってね」
そう言ってわたくしの教室の前で小桜さんと別れた途端、クラス中から侮蔑と憎悪の視線が突き刺さりましたの。
中にはこちらを指差し、嗤う者までいますわねぇ。
「ねぇねぇ見た? さっき希歩ちゃんと隣で歩いてなかった? あの財前梓様が」
「悪役令嬢ちゃんが? うっそー。なんか裏があるんじゃなぁい?」
「きっと悪の相談をしてるんだよ。もしかすると、最近の怪物騒ぎもあの悪役令嬢のせいだったりしてー」
「ありそう」
「きっと希歩たんは騙されてるんだよ」
背後の席から漏れ聞こえてくる悪口が聞こえないふりをしながら、わたくしは見られぬようにそっと笑います。
わたくしがあんな化け物を仕掛けることができるわけないでしょうに。それに、皆さんはわたくしが小桜さんをどうやって騙したと思っているのかしら。不思議でなりませんわ。というよりわたくしが友人関係を作っただけでここまで揶揄う意味がさっぱりわかりません。
でも確実に作戦はうまく行っているようですし、余計な口は挟まないとしましょう。
教師が入ってくるとすぐに教室は静かになり、まるで何事もなかったかのように授業が始まります。
わたくしは授業を適当にこなしながら、機を待ちましたわ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
……昼時。
わたくしが食堂で小桜さんを待っておりますと、現れたのは意外なことに志水さんでしたわ。
彼女がわたくしの元へわざわざ来るなんて珍しい。怪物でも現れたのかしら?と思ったのですが、どうやら志水さんはかなり憤慨しているようです。
またわたくしに何か文句をつける気なのでしょうか……。同じ戦隊の仲間だというのにどうにも志水さんとはソリが合いませんものねぇ。
「志水さん、どうなさったんですの?」
「あんた! 一体どこ行ってたのよ、ちょっと来なさいよ!!!」
「……行きますけれど、怒鳴られただけでは何もわかりませんわ」
そもそも小桜さんと待ち合わせしておりますし、あまりこの場から離れたくないのですが。
「希歩が階段から転げ落ちて怪我したのよっ。やったのはあんただってみんな言ってるわ!」
わたくしは背筋が冷たくなるのを感じました。
――これは本格的な勝負になりそうですわ。