19:ぬるぬる
〜志水詩央里視点〜
「夢も希望もあったもんじゃないわよ」
あたしはそう呟き、舌打ちしながら一人で財前梓の屋敷を出た。
せっかくヒーローになれたっていうのに、それが全部誰かの仕業ですって? そんなこと信じられるわけがないじゃないの。
ほんっと、財前梓ってムカつくわ。
いつもお嬢様ぶっちゃってさ。まあお嬢様なんだろうけど、あの上から目線な話し方が気に入らないのよね……。
どうしてアマンダはあんな奴と親しげに話せるのかしら。
アマンダは、あたしがSL学園に通って初めてできた友達。
成績優秀者として中学生にしてあの学園に入れたは良かったものの、あたしはあまり人付き合いが上手い方じゃなかったから孤立していた。そんなあたしに「友達になりましょう」と言ってくれたのが留学生のアマンダだった。
まあ、それから大親友になった話とかは色々あるのだけど、そこは割愛。
あの朝――例の奇妙な手紙が届いた朝、「選ばれたんですよ〜」だなんて浮かれるアマンダに対し、あたしは正直信じていなかった。
だからアマンダを説得するために入った談話室で、あいつと出会ったの。
それから、まるであたしが付き従うことが当たり前みたいに接して来てさ。
そりゃ確かにリーダーに押し付けたのはあたしなんだけど、あの態度はちょっとどうかと思うわ!
アマンダは仲良しそうにしてるけど、あたしはやっぱり嫌。
それでもヒーローとして、仲間として耐えてるっていうのに……何なのあいつ。
そんなモヤモヤした気持ちを抱えていたその時だった。
目の前いっぱいに、スラ〇ムみたいなぬるぬるしたのが広がっていた。
「は……?」と思わず目を瞠る。
ドロドロしたそれは、街中をこれでもかというくらいに覆っている。あちらこちらで人が倒れ、ぬるぬるに取り憑かれているのが見えた。
――怪物。
咄嗟にそう思ったあたしは、スマホに手を伸ばし……やめた。
これくらいの怪物だったら、一人だけでも倒せる。
衣装はいつでも持ち歩くようにしているから大丈夫。あたし一人でこのぬるぬるを倒してあいつを見返してやるわ!
あたしの胸は、しょーもない闘争心に燃えた。
だから、間違った選択をしてしまったのね。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「スラ〇ム! あたしが来たからにはそれ以上は許さないわ! えっと……あたしは【キラキラ★ベリベリキューティーガールズ】のイエロー様よ!」
今回の敵は怖くない。だから、大丈夫。
あたしは威勢よく啖呵を切り、路地を走り出た。途端にべちゃっとしたぬるぬるを踏む。うわっ、気持ち悪っ。
……と思ったら、足が抜けなくなっていた。
「何よこれー! 抜けないんだけど!!!」
ぬるぬるが足に絡み付いてくる。
必死で引き剥がそうとするけど、うまくできない。
あーもうクソッタレ! そう叫びたくなるけど、一応これでもあたしは乙女。グッと我慢。
でももうダメ! 沈む! 何なの、底なし沼みたいなんだけど!?
街の人たちと一緒で、あたしもずぶずぶ沈んでいく。
地面が陥没しているのかして、どんどん下に引き摺り込まれるわ……。ドレスがベチョベチョな上に、このままじゃあたし、やばいんじゃない?ということに気づいた。
急いでスマホに手を伸ばそうとするけど、もうスマホもぬるぬるの中に。お陀仏かも知れない。
どうしよう、油断した。これは本気でどうしよう。
このぬるぬるも怪人の一種なのだとしたら、彼女が言っていた通りのメカとはとても思えない。
これは何? 気持ち悪い。これはス〇イムそのものかも知れない。こんな、街全体を覆うくらいのそれを作るのは大変なはずだけど、でもやらないとも限らない。
ヒーローがこんな雑魚キャラにやられるなんて、ないわー。格好悪い。鼻がツンとしてくる。べ、別に、泣きそうとかじゃないんだからね!
誰か来て……!