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眼窩の鏡

作者: 牛尾 仁成

 不俱戴天の仇として、二十余年追い続けた女が私の足元で瀕死となって這いつくばっている。


 女は君臨する怪物として恐れられ、邪魔するものを容赦なく粛清する様は王者の風格すら漂わせていた。無尽蔵ともいえる財力と、政財官界に留まらない学術、福祉、軍事、医療といったあらゆる業界に張り巡らせたコネクションと本人の卓越した政治センス。それらだけでも手に負えないというのに、加えて宮廷魔導士の長を務めている。暗殺などで倒せる相手ではなかった。


 だからと言ってあきらめる訳にはいかなかった。


 家財も人脈も、何もかもこの女に取り上げられた。無慈悲に、無造作に。路傍の石を蹴り飛ばすように自然に、だ。どんなことをしても復讐すると私は物言わぬ骸となった父母と兄妹だったモノを抱え、絶叫した。燃え盛る屋敷の血だまりの中でのたうち、片目を失いながらも逃げ延びた。


 あの女に向ける憎しみと覚悟に比べれば、泥を啜り、虫や鼠を食らうことなどなんということもなかったし、下層社会を生きる汚い人間に取り入ることも苦ではなかった。


 徐々に私の揮える力は増していき、他国やあの女と対立する軍の一部の取り込みも終えた頃には、ある程度の勝負ができるようになったと確信した。


 機会と準備を整え、私の復讐は遂に無敵の女傑の喉笛を突き破った。


 でっぷりと肥え膨らんだ肉体から止めどなく赤い血が噴き出す。この女の血も赤いというのは納得いかないものだが、片膝を付き、苦し気に呻く姿を見るのは(たの)しかった。


 だが、私の(たの)しみはほんの束の間だった。


 女が私に問う。


「――お前は何を犠牲にしてここまでやってきた?」


 その声は、確かに私の心に一滴の、しかし岩盤を貫くような重さを伴って刺しこまれた。


 何故、お前がそのような問いをするのか。


 何者をもなぎ倒してきた悪鬼羅刹、理不尽の権化のようなお前が。生まれも育ちも、何もかも栄光と繁栄に彩られた貴様が!


 何故、なぜ、どうして、ただの人間のような問いを発するのか。


 まるで私がどんな道を歩んできたのか知っているかのように。


 その時、女の眼球を失った眼窩(がんか)青褪(あおざ)めた顔の私を見た気がした。


 耳を女の笑い声が貫く。


「お前が見ていた者は果たして吾輩なのか? それともお前がそうであってほしいと願った吾輩なのか? どうした、お前が殺したいと心底憎んだ相手は今、ここにいるぞ」


 女はゆっくりと立ち上がり、燃え盛る炎を背に悪魔のように(わら)った。


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