皇女専属側仕えと腹黒聖女は、皇女の婚約話を認めない
皇女の側仕えと妹が婚約話を無くそうと暴走する話。
「皇帝陛下が皇女様の婚約者探しを?」
……ことの発端は、突拍子もない噂から始まった。
ウラギャク帝国。
周辺国と一線を画した軍事力を誇る大国である。
昨今のウラギャク帝国は、戦争などに参加することはないものの、その力は政治的な場でも大きな切り札となっている。
現、ウラギャク帝国の皇帝は、周辺国との交流を重んじる人格者である。その慈悲深さは、帝国貴族の支持を一心に集めるほどに深いものであった。加えて、彼は自身の国の権利を守るためであれば、実力行使をも厭わないという強気な姿勢も示している。
優しさだけではない。ウラギャク帝国の皇帝としての威厳も保ち、まさに稀代の英帝と呼ばれる人物なのである。
……そんな皇帝陛下の評判とは裏腹に、その娘である第一皇女の評価は、かなり悪かった。
ウラギャク・コウカ第一皇女。
冷酷、残忍、気に入らないことがあれば、どんなに非道な行為であっても躊躇することなく手を下す。現、皇帝陛下が稀代の英帝と呼ばれるのであれば、コウカ第一皇女は、歴代最悪の魔女と呼ばれるような皇女なのである。
そして、この噂は、根拠のない適当な作り話というわけではない。
「うるさいわ」
「部屋から出ていって」
「私に近付かないで」
「早くしなさい」
「本当にうんざりするわね……」
コウカ第一皇女の噂の原因。それは彼女の苛烈な言動にあった。
あまりに口汚く罵られ、コウカ第一皇女に対して、恐怖心を持つ使用人も少なくない。さらに付け加えると、コウカ第一皇女様関連の重要案件を全て任せられている専属側仕えは、日々皇女からこのような耐え難い言動を浴びせられ続ける。
彼女の側仕えは、毎回一ヶ月と持たない者がほとんど。
いつしか、コウカ第一皇女の周囲に人はいなくなり、彼女自身も、周囲との交流をしなくなった。
しかし、よくよく考えればこの話に大きな矛盾点があることに気がつくのではないだろうか。そう、苛烈な言動だけに注目して、コウカ第一皇女が冷酷で残忍、気性の荒い手に会えない人物であると考えるのは、少々浅はかなのではないだろうか。
ほとんどの者は、彼女の本質を理解していない。
……何故なら彼女は、
『……寂しい、また嫌われちゃったわ』
……自身の言動が良くないことを自覚し、裏でめちゃくちゃ落ち込んでいるからある。
『もう、どうして言いたいことが伝わらないの。私はみんなのことを傷つけたいわけじゃないのに』
特殊な装置から聞こえてくるのは、コウカ第一皇女が思い悩む弱々しい語り声である。(盗聴)
ここは俺の自室……と通じている秘密の部屋。皇女専属の側仕えである、ディランの隠し部屋。驚くほどに積み重ねられた書類の山と、ドン引きするほどに張り巡らされた皇女様の写真、絵などで埋め尽くされている。
そう、俺は……。
「皇女様……思い悩む姿、今日も可愛いです!」
皇女様のことを誰よりも崇拝している。(自覚アリ)
さて、何故俺が皇女様を崇拝しているかというと、俺が皇女様の本心を理解しているからである。皇女様は、本当は凄く優しい人だ。棘のある言葉、一般人が解釈すると、皇女様は怖い人という印象しか抱かないことだろう。
しかし、俺は違う。
皇女様の鋭い一言、この言葉をしっかりと翻訳して、皇女様が本当に言いたいことを瞬時に柔らかい言葉に変換して、認識できる!(翻訳プロ)
『はぁ、ちょっとずつでも、この悪い癖を治していかないと!』
ご安心ください。皇女様のその癖は、非対人時とのギャップがある分、俺にとっては逆にご褒美です!(普通に重病)
皇女様の部屋に仕掛けた盗聴器から流れてくる皇女様の声にうっとりしながら、俺は与えられた無駄に多すぎる皇女様関連の書類に目を通す。(普通にヤバいやつ)
仕事は大変ではあるが、苦痛はあまり感じない。
……皇女様の可愛い声を聴きながら、仕事ができる。最高の職場ではないだろうか。(手遅れ)
だが、俺のこの意見に賛同してくれるような人は、かなり少数である。(当たり前)
何故だ。俺の感性は至極真っ当であるはずなのに!(感覚麻痺)
まあ、俺はこの悦楽を他人と共有しようなどとは考えていない。
『ディランのお仕事、早く終わらないかな……』
当然だ。何故こんなにも可愛い皇女様の魅力を他人と折半しなくてはいけないのだ。俺が独占するに決まっているだろう!(お前の頭がキマっている)
「皇女様、お望み通りすぐに仕事を終わらせてみせます」
俺は一心不乱に仕事へと励む。
大量にある書類の山は、みるみるうちに沈み込み、やがて消えた。
やはり、いい仕事をする上でモチベーションは大切だ。
因みに俺の仕事を進めていく上でのモチベーションは、皇女様の綺麗な声を聴き、美しい姿を目に焼き付け、彼女の命令に従っているときだ。(知ってる)
皇女様の激励により、仕事が早く片付き、そうして皇女様に尽くせる時間が捻出される。……待ってくれ、このサイクルは最強過ぎないか?(はいはい)
予定時刻よりもかなり早い時間に仕事を終えて、俺は隠し部屋から自室へと移る。
本当なら、皇女様のところへ一目散に向かいたいところではあるが……。しかし、そういうわけにはいかない理由が今の俺にはあったのだ。
脳裏にチラつくのは、「皇帝陛下が皇女様の婚約者を探している」という人生最大級に動揺を誘う話。それも、ただの噂であれば、頭の片隅に置いておくくらいにしておいたのだが……。
「情報源があの腹黒聖女だからなぁ……」
ウラギャク・レイテ第二皇女。
周囲からは、聖女のように慈悲深いレイテ姫と呼ばれて、多くの者に慕われている。だが、実際の彼女は、聖女のように慈愛に満ち溢れた理想的な女性などではない。裏社会で暗躍する組織を手中に収めていて、性格の方も気に入らない者に対しては容赦しない腹黒。
イメージとは、正反対に位置する裏ボス的な危険人物なのである。
……まあ、この情報を知っているのは、俺とレイテ姫が信頼を置いている裏組織の部下数人だけらしい。情報統制は完璧。俺がうっかりレイテ姫の素顔をバラそうとしようものであれば、徹底的に俺のことを処理しようよ躍起になって動いてくるはずだ。
そんな馬鹿なことを俺はしないが、とにかく彼女が要注意人物であることは確かである。(お前が言うな)
そんな彼女から今回聞かされた情報。
彼女の持つ人脈、権力、軍事力。それらに関しては、疑いようもないくらいに揃っていると思う。だから、彼女の伝えてきた話が単なる噂であると楽観視するわけにはいかなかった。
「……入っても?」
「どうぞ」
部屋に入ってきたのは、聖女の面影すら感じられない黒いオーラをばんばんに噴出しているレイテ姫である。
皇女様の婚約者が決まるという不足の事態。これは最優先で潰さなければいけない案件である。それは俺にとって、そして腹黒聖女のレイテ姫にとってもである。
俺とレイテ姫は、決して仲が良いとはいえない。どちらかといえば、皇女様の隣を争うライバル的な存在として認識している。しかし、今回だけは話が変わる。
今回の話は、互いに不利益を被るようなもの。足の引っ張り合いをしている暇などない。
皇女様に婚約者を作らせない。俺とレイテ姫の意見は合致していた。
「……はぁ、このレイテ姫様に対して、お茶の一つも出せないのかしら?」
入室早々に毒を吐いてきたレイテ姫。かなりご機嫌が悪い。
「大衆の偶像が崩れてしまいますよ。言動に気をつけないと」
「御託はいらないわ。さっさと本題に入りましょう」
言うと、レイテ姫はざっと貴族男性のプロフィールが書かれた紙を机上にぶち撒ける。流すように目を通すと、公爵家だの伯爵家だのとかなり地位の高い貴族がほとんどを占めている。それから、武功を挙げた有力な騎士や大きな研究を成功させた科学者。
どうやら、身分が低くてもある程度才能がある者も婚約者候補に上がっているようだ。
「……これが候補ですか」
「そうよ。私が裏組織に調べさせて、自分でもある程度情報を集めた結果、この中からお姉様の婚約者が選ばれると踏んだわ。それで、この人たちを見て、アンタはどう思う?」
「……そうですね」
……どう思うか。
正直、写真を見るまでは、怒りでどうにかなってしまいそうであったが……。
うーん。実際に彼らのプロフィールを拝見してみても、特に脅威を感じない。それはそうだろう。皇女様のような才色兼備、温厚篤実で世界の誰よりも優れたあの方に相応しい男がそう簡単に見つかるはずもない。(過大評価)
こんなジャガイモ共を一つ一つ目利きする必要もさそうだ。さっさと他所へ出荷されてしまえ。(失礼)
俺は、不安そうに落ち着かないレイテ姫に対して、堂々とした態度のままに囁く。
「はっきり言って、問題外ですね」
「……はぁ」
俺が自信たっぷりなのがそんなに変だろうか。
コイツ、まだまだ皇女様のことを理解していない。
「そもそも、皇女様に相応しい婚約者は、はっきり言って、レイテ姫が集めたこの中には存在しません」
「どうしてよ。有力貴族や優秀な人材がこうまで揃っているのに……」
「逆に聞きたい、レイテ姫はこの中の誰かが皇女様の婚約者になるという未来を想像出来ますか? 誰よりも愛らしく、俺たちにとって希望ともいえるあの方がこんなしょぼくれた男と共に歩く姿を……」
レイテ姫は長考する。
俺に言われた言葉、彼女も気付いているはずだ。皇女様に相応しい男なんて、世界中を探しても、一人二人いるかすら怪しいくらいに確率が低いことに。(過言)
「……確かに、そうよ! アンタの言う通り、お姉様と婚約者になれる男なんて、こんなちょっと他人より優れたやつに務まるはずがないわ!」
ほう、やっと理解したか。やはり、レイテ姫だけあって、頭の回転が速い。(常識も回転してそう)
皇女様の婚約者になるのであれば、世界の半分を皇女様に渡せるくらいの甲斐性がなければ、その資格すらない。(謎理論)
加えて、政略結婚とはいえ、皇女様に一生尽くせるような男でないとダメだ。皇女様を一番に愛し、皇女様がやれと言ったら、それを実行し、死ねと言ったら喜んで崖から飛び降りる。それくらい皇女様のことを第一に考えられる人でなければ、皇女様の幸せな未来に足を踏み入れることは許されない。(重過ぎる)
「……というか、レイテ姫が皇帝陛下に頼み込んで、婚約者探しを中止にして貰えば、万事解決すると思うんですけど」
そもそも、レイテ姫ほどの影響力があれば、大抵のことを解決できそうな気もする。
「そうね。多分お父様は、私の頼みであればそれを聞き入れてくれると思う。けれども、それだけじゃあ意味がないわ」
「何故ですか?」
「結局、それは結論の先延ばし。お姉様は、この国の第一皇女……いずれは、お父様に代わってこのウラギャク帝国を治める女帝となる方なの」
結婚しなければいけない事実は変わらないということか。……いっそのこと、俺が皇女様を攫ってしまうということも視野に入れておくか。(普通に重罪)
物騒なことをちょろっと考えたが、本当にそれを実行することはきっとないだろう。これはあくまでも俺の理想論だ。
けれども、大人しく指を咥えてこの状況を静観するつもりもない。
皇女様の婚期が先延ばしにするのが、結果的に意味がないものになるとしても、対策を立てるための時間稼ぎになるのなら、やらないよりもやったほうがいい。
「どっちにしても、考える時間が多いに越したことはないと思いますよ」
「まあ、私もそれは思ったけど……」
あまり納得いっていない様子のレイテ姫は、顔色を曇らせたまま唸る。皇女様を誰かに取られるというのが彼女の中で決定事項であることが、腹立たしいのだろう。
回避作用のないことへの対策。
生半可なことでは、通用しないとレイテ姫は理解しているのだ。
……俺だって、レイテ姫と同様に皇女様の婚約話を跡形なく消し去れる案など持っていない。今のままでは、自分が無力であると痛感している。
「やっぱり、私がお姉様と結婚するって話にもっていくべきかしら」
「普通に無理だろ……です」
コイツ、頭沸いてんのか?
皇女様がお前と結婚できるわけないだろう。出来たとしても俺が許可しない!(何様)
「じゃあ、お父様を処理するっていうのは?」
今度はもっとヤバいだろ……。
姉の婚約と父親の命を天秤に掛けるシスコン。ただ、この腹黒聖女の場合、裏組織という危険な集団を指揮できるため、彼女がやろうと思えばその可能性もある。……本当に笑えない。
「お前……」
「……冗談に決まっているでしょ。私もそこまで馬鹿じゃないわ」
「冗談に聞こえませんでした……」
つい冷や汗が出てしまった。
コイツのせいで、本題に入れないんだが……。ブラックジョークの方も過剰摂取は必要ないからと、俺はレイテ姫を咎める。
「……はぁ、じゃあどうすればいいのよ」
「結局のところ婚約者を決める必要性はあるのかどうかを伝えるしかないと思いますよ」
「あのねぇ、私やお姉様は皇族なの。後継者が必要になるのは当然のことでしょう」
「確かにそうですけど……どうして、急ぐ必要ってあるんですかね。皇帝陛下が存命で、皇女様、レイテ姫もまだまだ若い」
「……それを理由にして、お父様の判断を遅らせるってこと?」
「今は、期間の先延ばしを優先するしかないと思います」
まともな案が出ないのだから、それしかないだろう。
俺が皇女様と駆け落ちするというロマンティックな展開に持っていくのもアリだが。(普通にナシ)
そんなこと言うと、目の前の腹黒聖女に毎晩寝首を狙われそうだから黙っておこう。(賢明)
「それしかないかもしれないわね」
「最悪、皇女様の婚約が決まったとしても、そのまま婚約期間を永遠に続けさせて、結婚まではさせない。つまり、自然消滅を狙うという方向性で動くことも頭に入れておきましょう」
「そうね。事故死に見せかけて、人を消すことくらい私にかかれば、簡単なことよ! 貴族でも平民でも暗殺は任せてちょうだい」
「……自然消滅の意味、分かりますか? 穏便に済ませるに決まっているでしょう」
すぐに手を出す考え方は、辞めたほうがいいと思います。(正論)
過激派聖女の暴走を抑えつつ、俺はこの課題に対する結論を告げる。
「要するに、今回はレイテ姫が皇帝陛下を説得して、婚約の期日を延期させる。そして、次の婚約話が持ち上がるまでに適切な対策をこちらで練ります。もし適切な案がどうしても出ないのであれば、婚約を阻止するという方向性ではなく、結婚をさせないように立ち回る。……こんな感じでよろしいですか?」
「異論はないわ。それでいきましょう」
「不測の事態に陥った場合、レイテ姫もお力添えをお願いします」
「言われなくても、お姉様のためなら命だって差し出してあげる」
つまり、婚約者が決まったとしても、側仕えであるこの俺が皇女様に手を出そうとする婚約者の抑止力となる。どこの馬の骨とも知れないジャガイモ共の毒牙から、皇女様をしっかりと守り抜く!(圧倒的忠誠心)
まあ、俺がその役割をこなさなくとも、裏には影の支配者たるレイテ姫が守りを固めている。
まあ、だいたいのことなら、なんとかなるでしょう。(適当)
議論に終止符を打ち、レイテ姫は皇帝陛下のところへ、俺は皇女様のところへこの噂が至らないように情報統制を行う。
皇女様に余計な負担を背負わせるわけにはいかない。側仕えとして、皇女様の心配事は、限りなくゼロに近付けようと必死に動く。
皇女様は今頃、俺のことを部屋で健気に待ってくれているのだろうな。ああ、早く皇女様に会いたい。……そして、あの透き通るような美しい声を生で聴きたい! 誠心誠意尽くしたい!(想い人に貢ぐタイプ)
ある程度皇女様と接する人への口止めを済ませた。あとは、レイテ姫の健闘を祈るばかりである。さて、俺は皇女様の部屋へと行かなくては、心優しい皇女様が俺が遅くまで仕事していると心配しているかも知れない。(妄想)
いや、絶対に心配している!(願望)
主人を安心させるのも、俺の役割。急がねば!
「皇女様、お仕事が終わりました」
部屋に入室すると、皇女様はこちらへ駆け寄ってくる。
「遅過ぎるわ。弁明しなさい(訳:遅くまでお疲れ様。お仕事はどうだった?)」
皇女様は俺が現れるなり、労いの言葉を掛けてくれた。鋭い目つきも愛情の形。ああ、この一時のために仕事をしているというものですよ!(狂喜)
「はい、皇女様。本日は、来月分の予算案に関しての最終決定を行っておりました。基本的に今月分の支給額と変化はありませんが、使用人が壊してしまった中庭にある銅像の修繕費などがあるため、補填として今月分より一割増くらいの予算が来月分となるかと。あとは……」
レイテ姫との密談を抜きにした今日業務内容を報告していく。
俺が話し合えるまで、皇女様は黙って報告を聞いてくれた。
「……以上です」
「そう、よくやったわ(訳:そっかそっか! お仕事お疲れ様)」
皇女様は、それだけ言うと、ソファの方へと赴き、隣をポンポンと叩く。
「ディラン、こっちに来なさい(訳:疲れたでしょう。ディラン、こっちに来て座って)」
無愛想な表情のままに顔を赤らめながら、皇女様は俺を呼ぶ。当然ながら、皇女様のお誘いを断るなんて、勿体無いことはしない。言われるがまま、皇女様の隣に腰を下ろす。
「……皇女様、あの」
座ったあとに何かあるのかと思いきや、皇女様無言のまま、時間が過ぎてゆく。
だが、悪い雰囲気ということではない。この無音のままに過ぎゆく時間でさえも、皇女様と共に過ごす人生の一瞬であると考えると、本当に心地よい時間だ。
「ディラン」
「はい、皇女様」
「最近、私と過ごす時間が少ないように感じるのだが(訳:なんだか最近、ディランは、いつにも増して忙しそうよね。無理してない?)」
「……確かに、そうかもしれないですね。これまでの成果が認められて、任される仕事が増えたので」
仕事の裁量範囲が拡大したことは、喜ぶべきことだろう。昇給もして、俺自身、場内での地位が上がったという実感もある。それに呼応して、皇女様の言う通り、多忙になったというのも、事実だった。
「ですが、皇女様の側仕えである私の手腕が認められれば、皇女様に対する周囲の評価もより高まるはずです。これは、良いことなのです」
そう、皇女様のイメージチェンジを俺は、考えていたのだ。
本来、皇女様の評判が上がれば、近付いてくることが増えるため、俺にとってはデメリットが多いように感じていたのだが、よくよく考えてみれば、自慢の皇女様のことを自慢することができない状況は、少しばかり寂しい気がしていた。
レイテ姫には、唯一皇女様の可愛さを伝え、マウントを取ることが出来ているが、それ以外の者に本心を晒せ出すということは一切ない。
閉鎖的なこの環境下で、皇女様の素晴らしさをもう少しだけ布教したいとフラストレーションが爆発寸前だったのだ。(信者の増員)
となれば、皇女様に対する周囲からの評判を改善することが必要になる。冷酷であるという部分の誤解を解く必要はない。皇女様の秘めたる魅力を周囲に知られてしまえば、過剰な人員が皇女様に取り入ろうと、羽虫のように飛び回るからだ。(暴論)
だから、皇女様が冷たいという印象はそのままにして、優秀な人材を側に置き続けているという事実を作り出す。人を見る目がある皇女様は、次期女帝に相応しい能力の持ち主、周囲にそれを認知させ、皇女様の絶対的な権威を確立する。
……ふと思ったことがある。
皇女様がこの国を治める女帝になれば、婚約者を作ろうが作るまいが皇女様の勝手に出来るのではないか!(鋭い)
ことの発端として、皇帝陛下が皇女様に婚約をさせたいと言い出したことが問題だった。つまり、ウラギャク帝国において最も発言力のある皇帝陛下の言葉に逆らうことは、難しいだろうという考えが自然と働いているのである。
逆に皇女様が国のトップに君臨さえしてしまえば、皇女様のやりたい放題だということ。なんだ、皇女様にこの国を差し出せば、万事解決するじゃないか。(暴君の思想)
「……私は皇女様がこの国を背負う輝かしい未来を望んでおります」
取り敢えず、皇女様をその気にさせよう。(浅はか)
「そ、そうか……(訳:なっ、いったいどういう心境なの⁉︎)」
皇女様が照れている。
……うーん。控えめに言って、結婚したい。(もっと控えろ)
皇女様の可愛い顔を今日も拝めたところで、俺は皇女様にとあることを尋ねる。
「皇女様。……その、不躾なことを聞くようですが、皇女様に結婚願望とかはありますでしょうか」
「結婚願望ね(訳:結婚願望って、な、な、なにがどうしてそんなことを聞いてきたの⁉︎)」
皇女様は、冷静な顔……に一見すると見えるが、忙しなく視線が動き続けている。動揺が隠しきれていない。
しかし、この質問は必要なことだから、仕方がないのだ。俺個人の意思として、皇女様が誰かと婚約関係になるというのは、許容し難いものである。しかし、皇女様の意思として、婚約者を決めたいという思いがあったとするならば、皇女様の考えを尊重するのもまた俺の意思決定に繋がることなのだ。
答えを探して兼ねて、皇女様は逆にこちらに尋ねてくる。
「……その話、結局なにが聞き出したいのかしら? 意図が読めないわ(訳:何が何だかさっぱり分からないよ。どういうことが聞きたいの? 詳しく説明してくれないと答えようがないわ……)」
「深い意味はございません。参考程度に皇女様が誰か好きな人でもいるのか……少しだけ気になったのです」
……嘘だ。話を盛った。本当は、少しだけ気になったのではなく、死ぬほど気になっている!(素直)
皇女様は、俺の言葉を聞くとなるほどと独り言を呟き、その後にすっと小さな声を出す。
「結婚願望は特にないわ。……けど、気になっている者は、いる……かもしれないわね(訳:結婚願望とかはないよ。……でもね、私の中で大切な人はちゃんといるの)」
表情に緩みはないものの、皇女様は確かにいつもの様子とは違っていた。
「……そんなに気になるのなら、ディランが私の婚約者になってみる?(訳:ディランが良ければ、私はディランと婚約してみてもいいよ?)」
「ええっ!」
予想を遥かに超えてくる会心の一撃。腹黒聖女のビックリするほどの衝撃が俺の脳内を三周ほど駆け巡る。
放心状態。
嬉しいのか、驚いているのか、なにも分からなくなるくらいに頭の中が真っ白になる。
「冗談よ(嘘だよ)」
舌を出して、勝ち誇ったかのように皇女様は笑う。
「私を試した罰よ。当然の報いね(訳:もう、私びっくりしたんだから。ディランもびっくりしただろうし、おあいこってことで)」
なんと、あの純粋で透き通るような美しい純情を守っていた皇女様が……俺に優しい嘘をついた。(美化フィルター作動中)
……皇女様の成長を感じる。(親?)
それと同時に皇女様との距離が以前よりも近くなった気がした。冗談を言い合える関係性。望んでいた答えとは違っていたが、これはこれで喜ばしいことなのかもしれない。
だから、俺も皇女様に優しい嘘……ではなく、嘘っぽく本音をぶつけてみることにした。
「皇女様、もし皇女様が望むのであれば、私はいつでも皇女様の婚約者になれるように準備しておきますよ」
「っ!」
その言葉を聞いた皇女様の顔は、これまで見せてくれたもの以上に魅力的なものであった。きっとこの顔は、死んでも忘れることはないだろう。
「……わ、悪ふざけも大概にしなさい(訳:そ、そんなこと言うなんて……そろそろやめないと私、本気に捉えちゃうよ)」
「本気だったらどうしますか?」
「そ、それは……(訳:そ、そんなことが……)」
皇女様は、それっきり林檎のように顔を赤く染めたまま黙り込んでしまった。クスリと微笑むと、彼女はこちらを潤んだ瞳でじっと睨みつけてくる。
俺が適当なことを喋っていると思っているみたいだ。けれども、これは全て俺の本音。皇女様ともっと仲良くなりたいし、これ以上ないくらいに皇女様から甘やかされてみたい。(高過ぎる理想)
俺の気持ちを知って欲しいけれども、今はまだ分かってもらわなくてもいい。まだまだ時間はたくさんある。皇女様専属側仕えとして、これからいくらでも話す機会はあるのだから。いまはただ、皇女様の隣に居られるだけで、俺は十分幸せでいられる。
「皇女様、今のはもちろん冗談ですよ」
軽口を叩き、笑い掛ける。
周囲からの評判からいけば、こんな無礼な行動をした俺を皇女様は処罰するはずであるが、やはり皇女様は優しさに溢れている。
コツンと俺の肩に小さな拳を当てるだけ。そして一言俺に向かって言うのだ。
「……馬鹿」
……ああ、本当に皇女様は可愛らしい。
皇女様のささやかな罵倒を受け、俺は静かに「申し訳ありませんでした」と謝罪の言葉を口にするのだった。
最後までお読みくださり、ありがとうございます。