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第0話 虚ろな狐は陽炎の様に

「PKKギルド〈暗黒覇王丸〉に告げる! 今すぐ、ギルドマスターの権限を放棄し、我々に降伏せよ! さもなければ、コチラから強行手段を取るぞ! 貴様らの陰謀もここまでだ!!」


―― 時刻は深夜12時50分。時期は三月の下旬。


 イコマの離宮の近く。観光地として人気がある地域の為、ウェストランドでは比較的、人気のある場所ではあるが、今は不気味なほどに静まり返った町に、ギルド〈暗黒覇王丸〉が集結していた。


 大神殿は既に第一部隊の手で占拠してある、周辺の町村に住んでいる〈大地人〉の避難誘導も既に済んでいる。


「……要は、ギルドを解体しろと言う事か……」


 今、〈暗黒覇王丸〉はこれから戦う者達と対峙している最中だった。ギルドマスターの権限を放棄……それはギルドを解散させると言う、〈暗黒覇王丸〉にとって屈辱にしかならない手段だ。


「これ以上の蛮行を許されるべきではない。これは決して脅迫ではない。悪質な戦闘系ギルド〈暗黒覇王丸〉を我らの手で終わらせる。謂わば、これは我々からの宣戦布告だ!!」


 前列の中心に立つ男、〈スイス衛兵隊〉のヴィルヘルムはそう言った。


「……我々がそんなに憎いのか、西欧サーバーの者達よ」


 〈暗黒覇王丸〉のギルドマスター、覇王丸は呟いた。既に西欧サーバーにいる〈冒険者〉は殆ど揃っている。此方も既に戦闘の準備は万端だ。


「数は?」


「恐らく、約五万人前後だと思われます」


「五万人前後か……」


 覇王丸にとって、これがモンスター相手ならばそれ程大した人数ではない。レイドで幾らでも相手にしてきたのだ。


 だが、これが〈冒険者〉ならばどうだ。相手はレベル90程度の海外の〈冒険者〉(プレイヤー)と言えど、苦難を乗り越えてきた戦いのスペシャリストだ。此方はレベル100を迎える1000人前後の部下達。


 一見、レベル差で言えば天と地との差があるが人数差で確実に押しつぶされてしまうのが目に見えてしまう、此方側の不利である事には違いない。けれど、〈暗黒覇王丸〉も負けてはいない。幹部達は全員レベル96以上に達しているし、部隊兵達の中でレベル80を下回る者は新卒兵でない限り、ほぼ居ない。何より、この町の大神殿は既に確保している。仮に一人死んだとしても、此方に支障はない。


 《竜の都》における夜櫻との一戦で、一応は此方から手を引いた北米サーバーを除けば、韓国・東南アジア・インド・中東・中南米のサーバーは〈暗黒覇王丸〉によってほぼ鎮圧され、ロシア・北欧・オセアニア・アフリカは自ら我々との援助関係を申し出た。ほぼ全てのサーバーとの、現地のギルドや〈大地人〉組織との協力関係に至っている。


 これを危惧した西欧ギルド連合組織は、我々が西欧サーバーへの侵攻を企んでいる情報を取得し、それに対抗すべく西欧全てのギルドを集結させたと言う。事前に覇王丸が誑かしておいたPKギルド連合は既に敗れ去っていた。


「……並み居る強敵を蹴散らしてまでたどり着くとは、流石と言えよう」


 無論、強敵と言っても()()()()()()()()()()()はの話である。それに、覇王丸が呟いたのは、決して海外ギルド全体に向けた言葉ではない。寧ろ、近頃の海外サーバーの〈冒険者〉には何も期待していない。

 中国サーバーはまだ良い方だが、それ以外のサーバー…特に北米は駄目だ。とても評価するに与えられない。あそこの〈冒険者〉は()()()()

 五万人程度の数、それくらいの数は北米・中南米のPKギルド連合で何度も経験済みだ。だが、油断はしない。この場所に集結している西欧サーバーの〈冒険者〉達は、有力過ぎる程の強敵が大勢集まっている。それでも強者と弱者の差が激しいのは確かだ。レベルも戦闘経験も我々の方が圧倒的に上だと自負している。これは決して慢心ではない。実際にそう経験し、それを目にして来たのだから……。

 問題は数だが、敵全体のレベルを見れば確実に低い事は確かであろう。〈D.D.D〉や〈黒剣騎士団〉の方が遥かに強い。


(これなら、十分対処出来るだろう……問題は……)



「敵将が出て来たぞーっ!」

「武器を構えろ、戦闘準備だ!」

「し、尻込みすんじゃねぇぞっ!」


 西欧サーバーの〈冒険者〉達が初めて感じたもの、それは()()()()

 “死神将軍”と言わしめる覇王丸の圧迫される貫禄は、西欧の大手ギルドにも凄まじい圧力を感じた。


(口だけか、つまらん……)


 覇王丸は、怯える〈スイス衛兵隊〉を気にもせずに、周囲を更に見渡した。数は十数人。僅か、これぐらいしか自分の圧力を物ともしない者はいなかった。

 覇王丸は自身の圧力に屈せずに、無事にいられたリーダー的ポジションであろう、ヴィルヘルムの方を見る。まるで西洋の王に相応しい立ち振る舞いとカリスマ性だった。


「貴様が覇王丸だな」


 ヴィルヘルムは覇王丸の圧力にも怯まず、颯爽と前に詰め寄った。


「我が名は〈スイス衛兵団〉所属のヴィルヘルム! 貴様に宣戦布告をした者だ!! 貴様の事は既に知っている。北米サーバーで〈竜の都〉を襲おうとしたのは真であるか!?」


 ヴィルヘルムは怖気付かずに、堂々と断言する。


「………事実だ。我々は〈竜の都〉にある〈幻竜神殿〉に奉納されている〈四竜の宝珠〉を手に入れようと企んだ。それがどうした?」


 西欧サーバー側の〈冒険者〉達はザワつき始めた。


「ではやはり、〈竜の都〉を侵略しようとしたのは本当なのだな!?」


「……まぁ、そうなるな」


 ヴィルヘルムの発言に、覇王丸は苦虫を潰したような顔になる。


(またもや面倒くさい事になった……)


 この状況下になると必ず持ちかけられるのが、〈暗黒覇王丸〉への疑念だ。

 またもあらぬ偏見を持ちかけられる羽目になるとは、覇王丸はウンザリしていた。これで何回目になるのかは、既に数えるのを諦めていた。

 確かに〈暗黒覇王丸〉は決して健全な戦闘系ギルドではない事は確かであろう。ゲーム時代はそういう面も見られた。だが、この世界がゲーム世界ではないのは既に承知しているし、覇王丸にだって、それ位の思慮はある。

 だが、〈暗黒覇王丸〉がゲーム時代に行っていた数々の非道は、決して拭い切れないだろう。


「では、我々にPKギルドを嗾けたのもお前達であるのは間違いないなっ」


「左様」


 覇王丸は、ヴィルヘルムの声質と性格から「此奴は筋金入りの熱血馬鹿だな」と思い込んだ。あながち間違いではない。


(ヴィルヘルム……聞いていた話とは違うが、あれはあれで成長の見込みがありそうだな)


「あぁ、それについては良くやってくれたねぇ。まんまと誑かされてくれて、お陰で俺らの手間が省けたよ」


 覇王丸を押しのけて、勝手に語りだした男の名は諜報部隊司令官にして、第三総隊長の堕ち武者。腕利きの〈暗殺者〉だ。


「誑かした…?」


 西欧ギルドのギルマスの一人、ベアトリクスが首を傾げる。


「おい堕ち武者、しゃしゃり出てくるんじゃない」


「馬鹿共め!陛下は最初から奴らを利用する為に手懐けたに過ぎん、貴様らは我々が標的(ターゲット)にしていたPKギルドの雑魚処理に付き合ってもらっただけなのだよ!」


 ハーッハッハッハッ!と小悪党の様に高笑いする男は、サブマスにして第一部隊総隊長の闇鴉(やみがらす)


「お止めなさい、彼らだって好きで戦いに来たわけではないのだから」


 闇鴉を窘める艶っぽい女性、常に冷静沈着である彼女は第四部隊を束ねる総隊長の蝶々夫人(ちょうちょうふじん)


「陛下の言葉を遮るとは……陛下、闇鴉と堕ち武者(この二人)をどう処分いたしましょうか」


「な、何ぃ!?」


「やめろ、波風。特には気にしていない」


 そして、第二部隊隊長の波風。ペガサスを従者とする〈召喚術師〉だ。彼ら四人は主に部隊長として覇王丸を支える、何れも並の〈冒険者〉では太刀打ち出来ない猛者達である。


「お、己…っ! 差し金では無かったのか!」

「で、では、最初から我々はPK狩りに利用されていて……」


「無論、貴様らを試していたのだ。だが、あの程度の数で苦戦させられるとは、〈スイス衛兵隊〉も落ちたものよな」


 侮辱するかの様に、不敵に笑う覇王丸。その様子に、ヴィルヘルムは怒りを堪え切れなかった。


「あ、あの程度の数……だと? あれ程の強さのPK達を相手にどれだけ苦労させられたと思っているんだ……!!」


 〈スイス衛兵隊〉率いる西欧サーバーのギルド連合達が戦ったPK達は、異常ではない強さをもった強者だった。


 だが、これで分かったことがある、ヴィルヘルムはそう予測した。何故、あの時のPKが「お前達を、お前達を殺さないと俺達が殺される!」と言った理由が。誰もが必死であったこと、誰もが恐れていたこと、誰もが死ぬと覚悟したこと。それは、自分達よりも圧倒的強い上の存在がいたかもしれなかった事だ。それが、〈暗黒覇王丸〉であるという事と言う事実だ。


「まぁ、昔は我々も極悪非道なPKギルドだったからな、昔からの縁は切れないものだ」


(やはりそうか、あのPKギルドの〈冒険者〉達を裏で操っていたのは……〈暗黒覇王丸〉か!)


 ヴィルヘルムの後ろに居る西欧サーバーの〈冒険者〉達は次々と激昂していく。


「ふざけるなぁぁあああああ!!」

「俺達を、舐めんじゃねぇえええええ!!」

「ぶち殺してやらぁぁあああああ!!」


 覇王丸はパンパンッと手を叩くと、部下に用意された椅子から立ち上がり、右手を上げる。


「茶番も飽きた。そろそろ我々の手が疼いてきた処だ」


 四人の最高幹部達はそれを確認すると、次々と部下達に支持し、各々の部隊の戦闘態勢を取る。


「闇鴉、波風、堕ち武者、蝶々、戦闘準備を!全部隊の指揮を上げろ! 闇鴉は前衛部隊と魔法部隊の出陣、堕ち武者と蝶々は後方支援、波風は私と共に此処で指揮を取れ!」


「イエス、陛下(マスター)!」


「御意」


「Sir, Yes, Sir!」


了解(ラジャー)


「一気に片付けるぞ、我が精鋭達よ!」


 〈暗黒覇王丸〉は動き出す、目の前にいる大勢の軍団を打ち滅ぼす為に、今動き出す。



「我々の底力を見せるぞ!西欧ギルド連合、突撃!」


―― うぉぉおおおおおおーーーーーっ!!


 戦いの鐘の音が鳴った。

 剣と剣が鳴り響き、血と汗が周囲に飛び散ってゆく。まるで嵐の如く激しい戦乱を巻き起こしていた。

 五万近くの相手に、千人で挑む圧倒的に不利な状況。流石の〈暗黒覇王丸〉も、これだけの人数相手では不利な状況であろう。

 だが、すぐさまレベルの違いを思い知らされた。


「そ、そんな……!」

「我々が誇る精鋭部隊が……!」


 西欧サーバーの〈冒険者〉達が仰天した光景。

 それは、力も、速さも、戦闘技術も、何もかもが圧倒的に〈暗黒覇王丸〉の方が上だったこと。自分達では決して到達できない高みにまでに至っていた。

 最強にして精鋭であるギルドの〈スイス衛兵隊〉が、〈緑の庭園〉が、〈聖堂教会〉が、新皇帝率いる軍団が、次々と死亡者を続出させている。無論、こればかりではなく、他の西欧ギルドにも被害が出ていた。無論、これはレベル差の問題ばかりではない、戦闘技術にも歴然の差があったのだ。


「こ、こんなの、こんなのチートじゃないか!!」


 そんな言葉を出すくらいに、誰もがそう思った。しかし〈暗黒覇王丸〉はれっきとした戦闘系ギルドだ。異常なる戦闘能力は、地獄の様な戦闘訓練と、度重なる努力の末に獲得したものであり、決してチートなんかではない。それは、西欧サーバー側も分かっているが、あまりにも圧倒的に次元が違いすぎた。


「ぐわぁ……っ!」

「うぎゃあああっ!!」

「怯むな、前に進めェーっ!」


 嵐の様に突撃してくる〈暗黒覇王丸〉の精鋭達、そして次々と肉団子になっていく仲間達の姿に、西欧のギルマス達は余計に青ざめていく。

……が、これはヴィルヘルムにとって想定内だ。


「落ち着け! 相手は千人程度、五万人を超える俺達なら何れ壁は崩れる! 決して諦めるんじゃない!」


 ヴィルヘルムは挫けてはいなかった。これ以上の苦悩や屈辱ならば、既に何度も味わってきたのだから。


「そうだ! 俺達はまだ負けちゃいねぇ!」

「ここからが本当の戦いだ!」

「この程度で諦めてたまるかよ!」


 ヴィルヘルムの言葉を聞いた仲間の〈冒険者〉達も奮起する。その様子にヴィルヘルムは笑みを浮かべた。


 だが、それは覇王丸も同じだった。


―― パンッ


 覇王丸は手を叩き、その合図で二人の〈召喚術師〉が現れた。現れたのは、〈猫人族〉と〈エルフ〉の〈召喚術師〉。


「例のものを出せ」


 覇王丸は指示を出した。


 〈猫人族〉の〈召喚術師〉は〈魔獣使いの笛〉を吹くと、〈黒狼鳥〉が姿を現し、〈エルフ〉の〈召喚術師〉は詠唱を唱え始めた。


 〈黒狼鳥〉は漆黒の毛並みをした巨大な怪鳥。〈エルフ〉の〈召喚術師〉が唱えた呪文は、〈不死王〉の魔法。

 すると、〈黒狼鳥〉と〈不死王〉の魔法により、〈不死王〉の軍勢が次々と姿を現す。

 〈不死王〉の魔法により呼び出されたのは、アンデッドモンスターの大軍。

 スケルトン、ゾンビ、グールなど、数多くのモンスターが〈黒狼鳥〉によって召喚され、〈暗黒覇王丸〉の背後を守護するかの如く立ち並ぶ。


―― ウゥオオォオオーーンッ!


「ひぃ……っ!」

「ま、まさか……!」

「あれだけの数を……たったの五人で!?」

「ば、化け物かよ……!」

「嘘だろう……!」


ヴィルヘルムは思わず声を上げる。


「こ、これが……覇王の実力なのか……?」


「だ、だが、数なら、こっちの方が上だ!!」

「一気に追い込め!」

「クズ共が調子に乗るなよ!」

「ここで一気に潰すぞ!」


―― うぉぉおおーーーーーっ!!


 士気を取り戻した〈スイス衛兵隊〉と〈緑の庭園〉を中核とした西欧ギルド連合は、勢いを取り戻して突撃するが……。


「撃てぇーーーーーーーーーーーっ!!!」


 覇王丸の指示で放たれた一斉射撃。

 それは、〈黒狼鳥〉から吐き出された無数の黒い炎のブレス。


「う、うわぁああ……っ!」

「ぎゃぁああっ!」

「ぐわぁああっ!」

「うぎゃぁああっ!」


 〈黒狼鳥〉の吐いた黒い業火は、〈スイス衛兵隊〉と〈緑の庭園〉の、西欧ギルド連合の前衛部隊を一瞬で焼き払った。


「き、貴様らぁああっ!」

「許さんぞ、〈暗黒覇王丸〉ぅうう!!」


 怒り狂った西欧ギルド連合は、〈暗黒覇王丸〉に襲いかかるが、今度は一斉に〈黒狼鳥〉が飛びかかってきた。


「くそ、こいつ等……!」

「なんて素早いんだ!」

「この距離じゃ弓も当てられねぇ!!」

「どけ、俺がやる!」

「俺に任せろ!」


 西欧ギルド連合の〈冒険者〉達はそれぞれの武器を振るうが、〈黒狼鳥〉には掠り傷一つ付けられない。


「な、なんなんだコイツ等は……!」

「まるで歯が立たねえ!」

「クソッ、どうなってやがる……!」

「こんなの勝てる訳がない……!」


 そして、瞬く間に〈黒狼鳥〉によって蹴散らされる。


「馬鹿な……! 我らが〈黒狼鳥〉の群れを相手に圧倒されているだと!」

 ヴィルヘルムは驚愕した。

 覇王丸率いる〈暗黒覇王丸〉の圧倒的戦闘力に。


「こ、これは一体どういうことだ……」


「俺達と奴等の戦力差は歴然だというのか!?」


 ヴィルヘルムだけではなく、他のギルマス達も同様に混乱していた。

 それも無理はない。

 召喚獣〈黒狼鳥〉は、レベルにして100を超える上級モンスターであり、その強さも桁外れだ。並大抵の〈冒険者〉であっても、易々と使いこなせるモンスターではない。〈冒険者〉のレベル上限である100であっても、その戦闘技術は〈黒狼鳥〉にすら劣っているのだ。

 しかし、そんな〈黒狼鳥〉を、〈暗黒覇王丸〉はたったの五人で使いこなしているのだ。


「ハーハッハッハッ! どうだ見たか、我らが育て上げた〈黒狼鳥〉の恐ろしさは!」


「闇鴉、第二部隊は私の部下だ。お前が誇るんじゃない」


「黙れ波風!我らの〈黒狼鳥〉の素晴らしさを教えてやろうというのだ!」


「……まぁ良い。それより早く次の命令を出せ。時間が無い」


「分かっている!」


闇鴉は〈黒狼鳥〉の背に飛び乗りながら指示を出す。


第一部隊(ナイト)第二部隊(ビショップ)、〈不死王〉の召喚を急げ! 〈不死王〉によるアンデッド軍団で一気に攻め込むぞ!」


「承知しました、サブマスター!」


「我らが覇王丸陛下の為に!」


「我等が覇王丸様に勝利を!」


「我らが覇王丸様に栄光あれ!」


「「「「「ウオォオオーーーーーーッ!!」」」」


◇◇


 あれから数十分が経ったが、未だに戦況が変わらない。西欧サーバー側の戦況は既にボロボロに近い。半分が既に体力を大幅に消費し、三千人を超える仲間達が泡となって消えていった。

 大して、〈暗黒覇王丸〉の方は、数は全く減っている様子がない。それどころか、誰一人としても死亡していないのだ。汗一つすらも掻いていない、コチラが必死の覚悟で戦っているというのに。明らかに彼らの方が戦闘慣れしていた。


 危険視されていた第一部隊隊長である闇鴉であるが、今は〈召喚術師〉達が放ったモンスター達が相手となっている。しかし、これが何時まで持つのか分からないし、恐らく持たないだろう。そもそも、時間稼ぎにすらならない。


―― このままではジリ貧になる……!


 ヴィルヘルムは焦っていた。


 だが、ここで自分が崩れれば、後ろに控えている仲間たちにまで被害が及ぶ。それだけは避けねばならない。


「まだだ……! もう少しだけ耐えてくれ……!」


そう言って、ヴィルヘルムは再び戦場へと走り出した。


「ヴィルヘルム、このままじゃ押されてしまうぞ!」


「大丈夫だ、既に勝利を確信している。周囲には既に別動隊が動いている、回り込み敵将さえ打ち取れば、彼方に大打撃を与えることが出来る!今は突破口を見つける方が優先だ!」


 ヴィルヘルムと十数人の側近達だけは、決して諦める事のない目の輝きを見せる。その行動さえも、〈暗黒覇王丸〉の掌の上だとも知らずに……。



「現在、我々が進行している作戦は順調に行われています。このまま行けば、相手側の全滅は免れないと思われます。それに、彼らが遂行しているであろう計画は全て我々に知れ渡っています。その殆どが対策済み……決して陛下の首を取らせる訳にはいきません」


「それにしても、レベルの低い連中は指揮能力も低いのですね。一般兵の我々でさえも目を避けてしまうくらいです」


「全くだ」


「既に東側の森には堕ち武者隊長率いる第三部隊が、西側の森には蝶々隊長率いる第四部隊が配属されている。既に奴らが事前に準備しておいた別動隊への対策は万全だ。我々が、自らその宣戦布告を受け入れたのだ。対策を怠っている訳ではない」


 部下の何人かが、西欧サーバー側の方を見るなり吐き捨てる様に言った。事実、〈スイス衛兵隊〉の方の戦術はあまりにもガバガバだ。これでよく西欧最強のギルドと言われたものだった。と言うよりも、海外サーバーの〈冒険者〉はレベルが90までしかカンストしないせいか、それ以上の戦略や戦術が不可能とされているのだ。これが、ヤマトサーバーの〈冒険者〉が、他のサーバーの〈冒険者〉よりも突き出ているとされている証拠なのだ。


「そう言うな。ギルドの団結力自体は悪くはない、そこは評価しよう」


 波風がそう褒め称える。だが、その言葉は西欧サーバーの者達にとっては、ただの煽りでしかなかった。



「やれやれ、貴様らも諦めが悪いな」

「大人しく覇王丸陛下の元に下るが良い」

「悪いようにはせんぞ?」

 〈暗黒覇王丸〉の〈冒険者〉達は、西欧ギルド連合の〈冒険者〉を見下しながら剣を向ける。


「ふんっ、貴様らに我々の気持ちなど分かるまい!」

「我らは、西欧サーバーの〈冒険者〉の中でも精鋭中の精鋭だ!」

「それを、レベルが低いからと言って下に見るか!」

「ギルドマスターであるスターク様の為に、我らは命を懸けて戦うのみ!」

 だが、西欧サーバー側はそう易々と投降する訳にはいかなかった。

 彼らは皆、誇り高き西欧サーバーの〈冒険者〉だった。


「どうあっても抵抗するか……」

「ならば、我らが覇王丸陛下の為、ここで散るがいい!」

 しかし、〈暗黒覇王丸〉は慌てず、冷静に対応する。


「どけっ、お前ら!」


「!?」


 西欧ギルド連合の大群から青い鎧の男がヒョッコリと現れる。


「何だ、貴様。そこを退け!」


〈暗黒覇王丸〉の一人が青い鎧の男に攻撃しようとする。


「お前が退けよ、ゴミ」


―― ザスッ


 彼の重すぎる一撃は、一人の兵士を死なせるのには十分すぎる程の威力だった。


「グハァッ……!」


 その兵士は一撃で泡となって消えた。〈暗黒覇王丸〉側の、一人目の脱落者だ。


「き、貴様は!」


「よぉ、邪魔するぜ」


 青い鎧の男の姿を目にした瞬間、第一部隊・第二部隊全体の目の色が変わる。


「遂に来たか、海外側に付いたヤマトの〈冒険者〉達、そして“神殺し”ジン!」


 〈暗黒覇王丸〉側はすぐさま警戒態勢を取る。


「き、来たぁああああ!! ジンだ! “神殺しの青”が俺達を助けに来てくれた!」


「行くぞ、テメェ等!俺達もジンに続くんだ!」


「ギッタンギタにぶち殺してやれぇ!!」


―― オォーーーーーーーーーーッ!!


 〈暗黒覇王丸〉にとって、唯一の難関。欧州ギルド連合が呼び寄せた、〈EW〉(エンドレスワルツ)と〈カトレヤ〉、そして〈ハーティ・ロード〉が中心となったギルド連合軍だった。

 しかし、そんな声援も目もくれずジンは、後ろで構えていた自身の仲間達の方に振り返った。


「よし、お前ら! 奴らをボコボコにする覚悟はあるか?」


「任せてよ、ジンさん!」

「一気に行くよ!」

「分かってます」

「んじゃ、慢心している〈暗黒覇王丸〉をぶっ潰しに行きましょうか!」

「了解!」

「もちろんッス」

「行くわよ、みんな!」

「私達も行きますよ」

「お前ら、足を引っ張るなよ」

「タクトと一緒なら!」

「はい!」

「おう!」

「ジン、あまり無茶をしないで!」

 ジンの仲間達であるドラゴン討伐特化型の戦闘ギルド〈カトレヤ〉のメンバー達が気合を入れて答える。


「出陣だ、オメェら!」



 ドラゴン討伐ギルド〈カトレヤ〉と、零細ギルド〈EW〉。後者についてはあまり聞いた事は無いが、“神殺しの青”と歌姫アクアが結成させたギルドだと覇王丸は聞いていた。そして、前者は今新規精鋭の戦闘系ギルドとして、ヤマト中で注目を集めているギルドだという事も知っていた。その中で、トップクラスの実力者だと言うのが、シュウトとジンの二人。


(他はまずどうでも良い、後回しだ。問題は“赤き暴風”のレオン、"神殺しの青"ジンだ。この二人の戦闘能力は他と比べても途轍もなく尋常じゃない。あの三人はオーバーライドの使い手と称されている。そんな奴らを相手に闇鴉一人だけでは……)


「波風、指揮は任せたぞ」


了解(イエス・マスター)


 部下達では手に負えないと判断した覇王丸は、波風にある程度の指示を与えると、事前に用意された見張り台から飛び降りると、颯爽と戦場に駆けていった。


 その姿に部下の何人かが慌てるが、波風が制止させた為に、すぐに騒ぎは収まった。


「落ち着きたまえ、陛下があぁなっては言う事を聞いてくれないのだ。それに、陛下に何があったとしても、大神殿は既に此方で確保してある」


 たとえ死亡したとしても、〈暗黒覇王丸〉側が占拠した大神殿で復活出来るお陰で此方側に大した影響は出ない。だが、もし覇王丸がこの戦闘で死亡してしまうような事があったら、それは彼にとって初めての敗北だと言われてしまう恐れがある。それだけが気がかりなのである。



「オラオラッ、どうしたどうしたぁ? さっきまでの勢いはよぉ~!?」


「クソッ、化け物が!!」


 一方その頃、闇鴉がジンを対戦相手として戦っていた。今現在、優勢なのはジンの方であり、一方的に押されていた。


(不覚だった、まさか彼奴がこれ程の実力者であるとは……!)


 闇鴉は他の大幹部である三人と比べ、戦略にはあまり特化していない、バリバリの脳筋なのである。なので、肝心な時に頭に血が上り、目の前が見えなくなってしまう時があるのだ。


 大して、彼方は体力をほぼ消費していないのにも関わらず、戦闘も技術も熟している。これに関して言えば、ジンの方が一枚上手であろう。


 他の幹部や部下達も随分と苦戦させられている、既に死亡者は三十人以上にまで達していた。レイドでさえ十人以上の死亡者を出させない〈暗黒覇王丸〉にとっては、これはあまりにも屈辱的な展開であろう。


「おらよっ」


「ぐっ!」


 ジンの足払いによって、闇鴉は転倒する。その隙にジンは闇鴉の喉元(のどもと)に大剣を突き付ける。


「終わりだ」


「しまっ……!」


副官(サブマスター)!!」



―― キィ――――ンッ!


「よくやった、闇鴉。あとは我に任せろ」


「やっと出って来たか、敵将さんよぉ」


 一瞬の事だった。首を跳ね飛ばされそうになっていた所を、覇王丸が颯爽と入り込み、一刀で大剣を弾き飛ばし、〈暗黒覇王丸〉きっての怪力の持ち主である闇鴉の攻撃でも微動だにしなかったジンをグラつかせたのだ。


「敵将が出て来たぞ、殺せ!」


「陛下に近寄る愚か者を排除せよ!」


 覇王丸が表に立った事で、西欧サーバーの〈冒険者〉達は一気に駆け込んできた。覇王丸の部下達も、覇王丸を殺させまいと猛攻する。


 ……が――


「下がれ、お前達」


「引っ込んでいろ、クソ野郎ども」


 ほぼ同時だった。覇王丸とジンの鶴の一声で、周囲の空気が冷たく硬直した。


「全く、これだから新人共は……!陛下が自ら出向くと言う事は、それ程まで危険な相手なのだ!それを信頼出来ぬなどと抜かすとは何を考えている!」


「も、申し訳ございません!」


「分かればよろしい」


 闇鴉は部下達に説教をする中、覇王丸とジンは互いに顔を伺い合う。覇王丸にとって、ジンとの対面はこれで二度目となる。一度目はゲーム時代で、とあるクエストに挑んだ時だった。あの時は、まだ未熟な〈冒険者〉の一人だと認識していた為に、それ程気には掛けてはいなかった。だが、覇王丸はジンの戦闘スタイルを見てこう判断した。


(此奴は成長出来る……)


 覇王丸は見込みがあるもの、成長し甲斐がある者には興味を示す。ジンもその中の一人だ。アイザック、ウィリアム、クラスティ、ソウジロウ、カナミともまた違う、新たな可能性……それがジンなのである。


 その期待に応えてくれたかのように、ジンは大きく成長していた。〈冒険者〉の能力を最大限に引き出す〈オーバーライド〉も身に着けていた。覇王丸にとって、期待以上の成果であろう。

 覇王丸は笑みが止まらなかった。


「まさか久しぶりに会えるとはなぁ、覇王丸さんよぉ。確か、ゲーム時代以来だっけぇ?」


「貴殿も久方振りだな。まさか、此処まで凄腕の〈冒険者〉に成り上がるとはな。噂のオーバーライドの力、特と見せてもらおうか」


「だが、これで漸くは殺し合うことが出来なくなるなぁ?何せ、進化した俺の力でお前を怖気づかせて『"神殺しの青"様に楯突いて申し訳ございませんでしたぁ~!』なんて言わしちまうかもしれないぜぇ?」


「そうだな、会ってしまってはしょうがない……だが、逆に貴様を返り討ちにして絶望に叩き落とし、観念して『頼みますから命までは奪わないで下さい』と命乞いまでさせてしまうかもしれないぞ?」


「けど、そう言うのが()()()()()()?お前は」


「だが、()()()()()()んだろう?お前も」


 二人は、双方の部隊から強化付与を受けると、そのまま互いの強化系口伝を発動する。


「「だから、存分に殺し合おう」」

「死神将軍ーーーーーーっ!!!」

「神殺しの青ーーーーーっ!!!」


 途端、剣と剣の殴り合いが始まり、無骨な金属音が鳴り響き続ける。尋常ではないパワーと極度に高まったスピードが激しくぶつかり合い、周囲の空気を切り裂いてゆく。


 西欧サーバー側の〈冒険者〉が次々と巻き込まれて行く中、〈覇王丸〉側はその危険を察知し、既に素早く回避した。


「あの周囲には近づくな! 俺達は周囲の敵を排除するんだ!」


「〈カトレヤ〉と西欧サーバーの連中を最優先だ、今は陛下に任せるのだ!」


 〈カトレヤ〉のリーダー格であるシュウトと〈暗黒覇王丸〉の闇鴉がそれぞれの仲間達に指示をする。


 その様子を見ていたヴィルヘルム達、西欧サーバー組にもやる気に火がついた。


「何をボーっとしている!“神殺しの青”や〈カトレヤ〉の皆が戦っているんだ! 我々も後に続くぞ!」


―― おぉーーーーーーーーーーっ!!――


 こうして、〈冒険者〉達は互いに連携を取りながら、戦闘を繰り広げていった。



「陛下らしいったら陛下らしいな、あの方は……」


「ですが、こちらの方は既に我々によって大打撃を受けています」


「それに引き換え、我が軍の死亡者は今の所、数十人。街の神殿の方も確保してあるので、すぐさま復帰が可能です。陛下の安否は心配ですが、あの方のことです。ほぼ大丈夫かと思われます」


―― ピルルルルッ


―― ピッ


 堕ち武者からの念話が届く。そろそろ彼方の襲撃部隊が片付いた頃と予想し、波風は念話に出る。


『もしも~し?』


「堕ち武者、片付いたか?」


『うんまぁね。でもちょっと色々あってねぇ~、凄くヤバイ事になっちゃったよぉ~』


「……何だと? 言ってみろ」


『あのねぇ、さっき滅茶苦茶強い怪物が襲ってきたんだけどさぁ。俺達は何とか無傷のままで済んだけどぉ、海外サーバー(あちら)の方はかなり大打撃を受けちゃったみたいでぇ~』


「怪物如き、お前達で何とか出来るだろう。そもそも、周辺のモンスターは既に我々が狩った後だぞ、このエリアに(エネミー)なぞ確認されては――」


『いやいや、それがただの怪物じゃなくてね……?』


「何だ、勿体ぶらずに言え、何があった?そのモンスターは何処にいる。すぐさま我々が対処を…――」


『…………それが、陛下の近く』


「……んなっ!!」



―― ガキィンッガキィンッ!!

―― キンッカキンッカッキー――ンッ!!


 二人の実力はほぼ互角だ。だが、力ではジンの方が押している。この勝負、覇王丸が優勢かと思われていたが、一筋縄ではいかなかった。何より、“神殺しの青”には特異能力〈オーバーライド〉が発動状態である。レベル100すらも超える怪力……その馬鹿力は覇王丸にも対抗できる代物であった。もしも、その真価が発揮された時には、覇王丸は圧倒的に不利となってしまうであろう。


(ジンの能力は堕ち武者の調査報告で把握している。金色の竜……それを出されたら俺は確実に負けるだろう。ならば、仕方がない。オーバーライドの臣下が発揮されるタイミングと同時に、此方もオーバーライドを……)


「おせぇーんだよっ!!」


―― ビュンッ


「……ッチ」


 覇王丸は自身のオーバーライドも発動しようとするも、検討虚しく、ジンの猛攻により上手くタイミングがつかめない。


(上手い……敢えてごり押しな戦法を取る事で俺のオーバーライド発動のタイミングをズラそうとしているのか。流石は最強の〈守護戦士(ガーディアン)〉、一筋縄では行かないか……)


 その時、覇王丸は異様な空気を察しする。部下の何人かが上空を見上げていたのだ。


「な、何だぁ!?この気配……!!」


「陛下、上空です!」


 覇王丸は上空を見上げる。そこには、謎の影が飛び降りてくるのが見える。


「よけろっ!!」


「!?」


―― ドシャアアアアアアッ!!


 二人は間一髪、互いから離れる事により、衝突を避けられた。謎の物体は地上へ着地すると共に暴風を巻き起こし、周辺の芝生を吹き飛ばした。


 その物体は、少年らしき人物……いや、怪物だった。


|《繁栄の怪物》《パラサイト・イーター》

 レベル:163 種族:■■■


「て、《典災》!!……ではない?」


 一人の海外プレイヤーが、震えながらそう言った。


「いや、見ろ!〈冒険者〉だ、何かによって〈冒険者〉が変貌した姿だ!!」


 だが、ステータス画面は文字化けしていて良く分からない。しかし、それ以上に驚いたのは、レベルの桁の数だった。


「れ、レベル、ひゃ、ひゃく、百六十三だとぉぉおおおおお!!?」


 百六十三と言う、怪物の凄まじいレベルを見るなり、肝っ玉が据わっていた闇鴉さえも腰を抜かすほどだった。


―― シュバッ


―― 次の瞬間、怪物の拳がシュウトに襲いかかる。


「クッ!」


―― ヒュンッ


「チィッ」


―― バキッ!!


「うっ!」


 シュウトは咄嵯に避けたものの、頬に掠り傷を負う。


「大丈夫か?」


「いや、問題ありません」


「……今の奴の動き、見えたか?」


「いいえ、見えませんでした」


「だよな」


「ですが、一つだけ分かった事があります」


「あぁ、恐らくは……」


「「ヤツもオーバーライド使い」」


 シュウトとジンは、お互いの見解が同じであることを確認する。

 一方で、〈暗黒覇王丸〉側も既に同じ見解にたどり着いていた。


「あの子供のオーバーライドによる速さは尋常ではありません。あの速度に対応できるのは、恐らく陛下くらいなものでしょう」


「そうだな、それにあの攻撃力も厄介だ。だが、弱点もあるはずだ。それは、あのスピードについて行けるものが一人しかいないという事だ」


「はい、その為にも我々は連携を取りましょう。我々の連携ならば、あの怪物を打倒できるはずです」


「あぁ、行くぞ」


こうして、両者の戦闘が始まった。



「シゲルの奴は随分と先に行ったみたいだなぁ」


「そうみたいだねぇ~」


「ヴォルトがあんな風になっちゃうなんて……」


「呑気な事を言っている暇があるかいな!!今はヴォルトの方が最優先やろ!?そないにしても、ヴォルトがあんな風になるなんて……一体、どないなっとるんや!」


「どうして!?ヴォルトは何にもしていないのに!」


「理由は分からんが、兎に角、さっきの連中の仕業だろう」


「待ってろよ、ヴォルト!お前は絶対に死なせねぇからな!!」


「でも、どうしてヴォルト君があんな姿に……」


「分からん……」


「クソッ、何で、何でこんな事になっちまったんだ……!!」


「無事でいてくれよ、ヴォルト……!!」


 一行は走り続ける。全ては少年を救う為に……



 一方その頃……

 闇鴉達は苦戦していた。それもその筈だ。相手の強さは想像を遥かに超えている。シュウトも仲間達も全力を出して戦っているものの、それでも尚、追いついていない状況である。

だが、ジンと覇王丸だけは違った。彼らは今、相手の攻撃パターンを読み取ろうと必死になっていた。

 ジンはオーバーライドを発動しながらも全力で対処している。覇王丸も冷静に対処していた。


「単純な力比べなら、あの小僧は間違いなく〈典災〉よりも強い。それもレギオン級だ」


「だろうな」


 二人はかつて〈典災〉と戦ったことがあるせいもあるが、長年の経験による勘でもあった。〈典災〉とは、〈大災害〉時に突如現れた怪物であり、覇王丸の場合はレイドチームを組み討伐した。その時の〈典災〉のレベルは確か百前後程度だったはずである。しかし、目の前にいる少年は百六十三と、その当時のレベルを大幅に上回っている。


 この事から考えられることはただ一つ。


(あの怪物は〈典災〉以上の強さを持っている)


(だが、それだと説明がつかない事がある)


(それは、このエリアには〈典災〉がいないということだ)


(この辺りで〈典災〉が居たと言う噂なんて聞いたことがねぇ)


(仮に他のプレイヤーによって変貌させられたのだとしても、この世界に〈典災〉が召喚された形跡はない)


 つまり、結論はこうだ。


((あの子供に〈典災〉の力を与え、怪物に変えた黒幕がいる!!))


 覇王丸とジンの思考回路を重ねた考察は、恐らくほぼ正しいであろう。だが、そんな躊躇をしている場合も無く、怪物の少年は容赦なく襲い掛かって来る。


―― シュンッ


「来るぞっ!!構えろ!!」


「分かってらぁ!!」


「はいっ!!」


怪物は四人に向かって突進してくる。


「「「ハァーーッ!!!!」」」


四人は一斉に飛びかかる。しかし、それを予測していたかのように、怪物は空中に飛び上がる。そして、そのまま空から攻撃を仕掛けてくる。


―― ズドォーンッ!!!


「グハッ」


「うわぁっ!」


シュウトと闇鴉はその攻撃をまともに喰らってしまう。


「大丈夫か!?」


「くっ……はい」


「闇鴉、平気か?」


「問題ありません……が、このままでは」


 シュウトはなんとか立ち上がるが、闇鴉は既に虫の息だ。


「闇鴉!貴様は下がっていろ!後は我に任せておけ!」


「すみません、陛下……私はここまでです」


「安心しろ、仇は取る。お前はゆっくり休め」


 そう言うと、覇王丸は部下達に闇鴉を預けた。


「お前達は、闇鴉の回復を」


「イエス、マスター!」


 覇王丸の指示により、部下達は闇鴉を抱えながら、安全な場所まで連れて行く。


「さて、第二ラウンドといきますか!」


ジンはそう言うと、ゴキゴキと肩を鳴らした。


ジンとシュウト、そして覇王丸の三人は再び、怪物へと向かっていく。


「今度はこっちの番だ!!」


まず最初に仕掛けたのは、ジンだった。


―― ザスッ


「ウグッ」


ジンの剣は怪物の腹に突き刺さる。怪物は苦痛の表情を浮かべる。だが、怪物も黙ってはいない。


―― バキッ


「うぐぅ」


 ジンの顔面に蹴りを入れ、そのまま剣を振り抜く。すると、まるでサッカーボールのように、ジンの身体は吹き飛んでいった。

 だが、それで怯むような男ではない。すぐさま体勢を立て直すと、再び怪物に向けて走り出す。


「なめんじゃねぇ!!」


「待て、ジン! 罠だ!」


 覇王丸が叫ぶが時すでに遅し。


―― ブンッ


 怪物は振り向きざまに拳を繰り出す。だが、それはフェイントであった。次の瞬間、怪物は背後から何者かに羽交締めにされる。


「!?」


「油断したな? これで終わりだ!!」


ジンはそのまま怪物を持ち上げると、地面に叩きつけた。


―― ドカァッ


「ウッ……」


 怪物は思わず声を漏らす。


「シュウト!今だ!」


「はい!!」


 ジンはシュウトに命令する。


 シュウトもそれに応えるように、必殺技を発動させる。


「〈アサシネイト〉ッ!!」


 シュウトの必殺スキルが炸裂する。その一撃は、怪物を確実に捉えた。


「よしっ!!」


 しかし……


「なっ!?」


 シュウトは驚愕した。怪物の姿形が消えていたからであったのだ。


「馬鹿もの! それは幻影だ!」


「クッ……そんな……」


「チィッ……じゃあ本物は何処に!?」


 ジンは周囲を見渡す。

 その時だった。


「ジンさん、危なぁあああああああい!!」



「なん、だと……?」


 一瞬の出来事だった、手刀による一撃がジンの左胸に命中しそうであった。アレは、殺しの技。確実に獲物を殺そうとした殺人鬼による一撃だった。あのまま直撃を喰らったらジンはそのまま殺されていただろう。


 だが、ジンが油断を付かれて殺されそうになった所を、一人の女性〈冒険者〉がジンを庇い、重症の怪我を負ったのだ。ジンの傍らには血まみれになった女性の姿があった。


「……ユフィ、リア……?」


「……ジ……ン、さん、無事でよか……った。私、あなたが死ん……じゃうかと思っ……て」


「ば、バカ野郎!喋るんじゃねえ! 今すぐ、回復アイテムを……!」


「もういい……私は助からないよ……。それに、どうせ……復活するんだから、気にする事ないよ、だって、私達、〈冒険者〉でしょ?」


「だからって!! 何で死ぬような真似をしたんだ!! 俺なんかの為に命を張る必要なんてなかっただろ!! 俺はお前を犠牲にしてまで生きようと思った事は一度たりとも無かった!! なのに、なんでだよ!!」


「でも、助けたかったから、目の前にいる人を助けられる力があるなら、それを使うべきだから」


「そう言う問題じゃねぇ!! 目の前にいる奴を助ける為に自分が犠牲になるだと? それが正しい選択だと本気で思ってるのか!?」


「うん……これが正しいと思ってないよ、正直に言えば、私も怖いよ。死ぬのは怖いよ。でもね、後悔はない。だって、私、ジンさんの事が大好きだから。大好きな人が目の前で死んじゃうのはとっても悲しいもん。例えそれがゲームの中だとしてもね。だから私はジンさんを助けたかったんだよ。たとえその結果が自己満足だと言われても」


「……っ」


ジンは何も言えなかった。彼女の覚悟の重さを知ったからだ。


「だから、お願い……泣かない……で」


そう言い残し、光の泡となって彼女は消滅した。


「……」


「……おい、ジン」


 覇王丸はジンに声をかけるが、返事はない。

 仲間を殺されたことで逆鱗に触れたのか、男はまるで修羅の様に成り果てていた。


「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す――」


 ジンは怪物に対して猛烈に激しい憎悪に燃える。


「テメェ、何でユフィリアを殺しやがったぁあああああああ!!!」


「待て、ジン! 落ち着け!」


 覇王丸の制止も聞かず、ジンは怪物に向かって突進していく。


―― ブンッ


 怪物は攻撃を避け、カウンターを仕掛けようとするが、


「甘い!」


 ジンは自らのオーバーライドの真価を発揮する。すると、ジンのステータスは見る見るうちに上がっていく。

 〈オーバーライド〉――〈冒険者〉の持つスキルの中で、最高ランクに位置するスキルであり、ジンの持つ最強のスキルでもある。このスキルによって、ジンのレベルをブーストさせることが出来るのだが、真価はそれだけではなかった。


―― ブォーンッ


 ジンの身体は金色に輝き、エフェクトとして〈金色の竜〉が現れる。ジンはそのまま黄金に輝く大剣を怪物に向かって振り下ろす。


「オラァアアッ!!」


 ジンの大剣は怪物の身体を捉え、吹き飛ばす。


「グガァアア!!」


 怪物は苦痛の表情を浮かべながらも、すぐに体勢を立て直す。


「お返しだ! 喰らいやがれぇええ!!」


 ジンは追撃として、必殺技を放つ。


「〈竜破斬〉ッ!!」


 その一撃は怪物に直撃するが、それでも怪物を倒すには至らなかった。


「チィッ、まだ足りねぇか!!」


 ジンは舌打ちをする。しかし、ここで諦めるような男ではない。


「ならば、もう一発!!」


 再びジンは必殺スキルを発動させる。


「くたばりやがれ!〈天雷〉ッ!!」


 ジンの必殺スキルが炸裂する。その一撃は、怪物に確かなダメージを与えた。


「グゥウウッ!!」


「ジンさん、連続で必殺技なんて使ったら――」


「これで終いだ!!」


 シュウトの制止も振り払い、さらに追い討ちをかけるべく、必殺技を発動させようとした。



「ヴィルヘルム!」


ヴィルヘルムの元に西欧サーバーのギルマス達が駆け寄る。


「何だ、一体何があったんだ!?」


「分からない、ただ俺達の仲間が次々と殺されているのは確かだ……!!」


ヴィルヘルムも混乱している模様で、状況が把握できていないらしい。


「何なんだ、あの化け物は!?」


 西欧サーバー側では混乱が常時でない。怪物が仲間を大勢殺した事で、こっちは圧倒的に不利となってしまった。状況的不利なのは〈暗黒覇王丸〉も同じであろう。だが、それ以上に被害が出ているのは西欧サーバーの〈冒険者〉達であった。


「クソッ、これでは我々の戦力が持たない!」


「どうするの? ヴィルヘルム」


「流石にアレは予想外だねー……」


「ぐぬぬ……」



「とうとう追い詰めたぞ、テメェ……!!」


 戦闘能力が異常に高い。しかし、戦闘は上手いがそれだけだ。技術は中堅レベルと言って良い程単純だった


「クソッ、イヤダッ!俺は、オレ、オレは……!!」


 若干、元に戻った様子が見られるが、今は気にしない。ユフィリアを殺した者を、ジンは絶対に許したりしないからだ。


「止めを刺すぞ!」


「終わりだ怪物……!!」


 覇王丸の合図と共に、彼の剣とジンの大剣が振り下ろされた。



―― シュンッ


 その瞬間、霧のようにふっと現れた影が、少年と共に姿を消し去った。いや、いつの間にか瞬間移動、正しくは瞬間移動並みの速さで、少年を抱えながらジン達からある程度離れた距離まで移動させたのだ。


「おいお前……何を庇ってんだよ、おいゴラァ」


 真っ暗なせいで姿が良く見えない、覇王丸は黒い影に向けて刃を向けた。


「貴様、何者だ」


 その影は体格からして男、それもかなり大柄な部類に入るだろう。


「何者……?悪いがこちとらこのガキに用があるんでなぁ、ちっとばかり待っちゃくれねぇか?」


「テメェ、何そいつを庇っていやがる……そいつがどう言う存在か分かってんのか!?」


「……そうか、此奴が、ねぇ……?」


「じじ、いっ、っげる……しげ……じじ…い…た、たす……けっ、て、くれ……!」


 白い羽織の男は怪物を抱えながら、剣をジンの方に向ける。そうすると、真剣な顔で語る。


「このガキはなぁ、俺達の仲間だ」


「仲間ぁ?あんな化け物が!?ユフィリアを殺したコイツがか!?」


 ジンは益々激昂した、恐らく侮蔑も入っているのだろう。呆れを通り越して怒りが収まらなかった。


「黙ってろ、話が通じねぇな」


「テメェ、一体何者だぁ!!正体を現せぇえええ!!」


 月明かりが照らし出した男は、激昂するジンの前に現れる。褐色肌で白い羽織を装備し、銀のプレートブーツを履いた男。レベルは九十四、所属ギルドはホネスティ。PL名は……――






「俺はシゲル。ただのしがない〈冒険者〉さ」



「し、しし、しししししししししし、し……しげるぅううう!!」


 ジン達の前に現れたのは、ただの一〈冒険者〉だった。

 怪物はシゲルを見て、先程の恐怖とはまた違う感情を抱いていた。


「あ~、はいはい。大丈夫だから落ち着けよ。ほら、深呼吸しろ、ヒッフー、ヒッフー……」


「ひっ、ひっ、ひぃーっ、ふーっ!!」


 怪物は言われるままに息を整える。


「よし、落ち着いたか?」


「お、おちつ、おちついた、お、おれ、おま、おまえ、おまおままおまっおええええええ!!!!!」


「……あぁ、大丈夫だ。安心しろ、俺はお前の味方だ。だから少しだけ落ち着いて話を聞いてくれるか?」


「わ、わか、わかった、き、きく、はなす、はなし、はなははははははははなははははなはなははなはなはははははは!!」


「……ハハハ、ダメだこりゃ」


 怪物の様子に苦笑いするしかなかった。


「おい、お前ら。今すぐ、戦闘を止めて立ち去れ。此奴は俺に任せろ」


「はぁ? ふざけんなよ、ユフィを殺しておいてただで済むと思うなよ……!?」


 ジンは殺意を隠し切れないまま、大剣を構える。だが覇王丸が制止する。


「落ち着け、お前の気持ちは分かるが今は――」


 覇王丸はジンを咎めるが、それどころではない。


「テメェ等、何勝手なこと言ってんだ。こんなに怯えているんだぞ、可哀想じゃねぇのか?それに、コイツは被害者だぜ?加害者が被害者を助けちゃいけねぇってルールでもあんのか?」


 シゲルの言葉にジンは納得がいかなかった。


「ふざけんなよ? 何が被害者だ……そいつは完全な加害者だろうが!!」


「そうだな。だが、今はそれどころじゃないだろう? 見逃してくれねぇかな?」


「ジンさん、ここは退きましょう。今は冷静になった方が良い。僕らではどうしようもない……!」


 シュウトも必死の説得を試みるが、ジンは止まらない。


「……ざけんな!俺は絶対に許さねェ!!」


 ジンは大剣をシゲルの方へと向ける」


「そうか………なら容赦はしねぇ」


 シゲルは、少年の手足を紐で縛ると、そのまま大人しくさせた。


「待ってろよ、ヴォルト。すぐに終わらせるからな」


―― ジャキッ


 シゲルは刀を抜くと、戦闘態勢に入る。


「さてと、いっちょ片付けますか」


 月光に照らされながら、シゲルはニヤリと笑った。


(やべぇな、つい()()()()()が漏れ出しちまった)

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