商人(2)
「それは、一体どういう商売なのかしら?」
私はあまり経済には明るくないの、と返すリリス。
「そうですね。私はこの商売を段階的に展開していこう、と考えています。まず、第一段階ですが、これはその名の通り投資ビジネスです。リリスさんは、貿易にはリスクがつきものだ、という事はご存じでしょうか?」
それを聞いたリリスは少し考えるような仕草ののちに言葉を返した。
「そうね。これまで特に縁はなかったけれど、考えてみればリスクの塊でしょうね。」
陸路をいけば、盗賊や魔物に襲われるリスクがある。こと魔物に関して言えば、整備された街道を通ればリスクは減るが、整備された街道だけを通ってあらゆる町や村にいける、というほどには工事は進んでいない。
「はい、その通りです。加えて、海路を行くならさらに、天候による座礁のリスクも大きくなると考えられます。リスクがあればヘッジするのが商売の基本です。さて、どうすればことが起きた時の損失を回避できるでしょうか?」
再び思考を巡らせるリリス。しばしの逡巡ののちにためらいがちに口を開いた。
「素朴に思いつく手としては、強い護衛を雇う、とかかしら。少なくとも魔物の問題や、盗賊の問題なんかはそれなりになんとかなりそうね。」
それを聞いたグレンは答えた。
「はい。それが一つの解法でしょう。けれど、高い金を払って雇った護衛が必ずしも商品を守り切れるとは限りません。それに、天候が原因の座礁の場合はどうでしょう。損失は軽減できていませんよね?」
それを受けてリリスは、顎に手をあてると、何かに気が付いたようにハッと表情をこわばらせたのち、すぐにその相貌を崩した。
「なるほど…そういうことね。分かったわ。答えは簡単。初めから、お金を出さなければ良いのよ。船や必要な資材を買う負担を別の人間に押し付ければ、いざ事故が起きた時の負担は0になるわ。」
そうでしょう?と自身満々に返すリリスを見てグレンは驚いたように答える。
「驚きました・・・。まさか、本当に正解されるとは。そうです。それが私の言う投資、その第一段階の正体です。」
既にお金を持っている資産家から貿易のためのお金を集める。もちろん、ただでそんなことをするモノ好きはいない。よしんばいたとしても資産家にはなれないだろう。したがって、お金を出した資産家には、その証拠である証券を発行する。そして貿易が成功した暁には、その投資額を上回る報酬を支給するのだ。逆に貿易に失敗した場合、資産家へのリターンはなし。これが、「タダ」で貿易をするためのトリックだ。これだけでは、資産家が直接貿易に手を出せばよいのでは?という疑問が浮かぶかもしれない。しかし、貿易とは言ってすぐできるほどたやすい事業ではない。出資をして待つだけで利益が得られるのであれば、資産家にとっては十分に魅力的な商売となるのだ、とグレンは説明した。
「ここまでは、私を殺そうとした貿易商にも話した話です。ですが、信用を得るために、あなたにはその先に私が見据えているものの話もしようと思います。」
この仕組みはなにも貿易だけにしか適用できない、というものではないのだ。そう、グレンはつづけた。
「もしも、あらゆる商売に対して、その成功の見込みを資産家が判断し、出資する仕組みを作り上げることができたら、どうなると思いますか?」
ニヤリ、と口角を挙げたグレン。
「お金のない貧乏人ですら、アイデアさえあれば、大規模な商品を扱える商人になれる。その仕組みが持つ力は、既存の商人を一掃するでしょう。ほとんど全ての大きな商売がこの株式投資の仕組みの上にのっかる社会が来るんです。」
その時、この仕組みそのものを牛耳る側に回っていることのメリット、それこそが私の本当の狙いなんです。
前のめりになりながら語るグレンを見ながら、リリスは自身の頬が緩むことを感じていた。
「株式投資、そしてそれによる社会の変革…面白い、とっても面白い話だったわ…でもね…それで結局…」
あなたの本当にしたいこと、って何なのかしら?リリスは唐突に切り出した。
「え・・・?いや、先ほどお話した通りなのですが…」
虚を突かれたように固まるグレン。それを見てますます笑みを深めていくリリス。
「違う、違うわあ、そうじゃないでしょう…あなたのそれは、手段。あなたの目的に近づくための、とっても素敵な手段を見つけてしまったあなたは、そう、まるで伝説の剣を見つけてしまった子供のように興奮してるだけ…いいのよ、私は魔女。隠す必要はないの。教えてちょうだい、あなたが本当にしたいこと…」
ウフフ…と不敵に笑うリリスをみて、グレンの額には、これまでにないほどの量の汗が滴り落ちていた。
「は、あはは。まさか…本当に…魔女っていうのは恐ろしいですね…そうやって、人の願望につけこむのが本懐ってことなのでしょうか…」
平静を取り繕うのがやっとの様子のグレンに対して、リリスは変わらず笑顔を向けていた。
「クフフ、褒めてくれてありがとう、それで、あなたの本当の欲望を教えてくれる気はあるのかしら…?」
うっ、と一瞬唾を飲んだグレンだがすぐに言葉を紡いだ。
「いえ、この際隠し事をしても意味はないのでしょうね。あなたには全てを見透かされてしまうような気さえします。私の目的、というよりは思想でしょうか。私だって本当にこんなことが可能だとは思っていません。しかし…」
人類は、管理されるべきだと思っているんです、そうグレンは告げた。




