さる聖女の後悔と信仰の対価(12)
そこは、とある宿屋の一室。あの日町の教会へと運ばれた記憶喪失の男、フォルティスが現在間借りしている空間であった。部屋の中にはぐっすりと眠る男、そして、彼を見下ろすように立つ二人の人影があった。
「はい、おしまい、これでもう彼は永遠にあなたのモノよ」
そう告げたのは魔女、リリスである。彼女がとある少女から奪い取った、他人の心を覗き見る力は、サナの特別な奇跡により強化され、他人の心を記憶を思いのままに書き換える能力へと昇華されていた。彼女はその力を用いて、フォルティスの心を操作したのだ。
男、フォルティスが目を覚ます。サナは、その姿を心配そうに見つめたが、フォルティスはそのままベッドから飛び起き、サナの身を抱きしめた。
「サナ…あいしてる」
フォルティスが発したその言葉に、サナの頬を、一筋の涙が伝った。サナは、まるでその涙を隠すかのように、フォルティスを強く抱き返す。何かとても恐ろしい夢でも見たのであろうか、フォルティスの体は震えているように、サナには感じられ、まるで赤子をあやすかのように、彼女はフォルティスの頭を優しく撫で続けたのだった。
「大丈夫…大丈夫…あなたには、私がいる…私だけがいる…大丈夫…もう何も心配はいらないの…大丈夫…」
「サナ、愛してる」
「大丈夫…大丈夫…」
□□□
とある町で、一人の聖女が、ついに真の愛をその手中にいれたすぐ後のこと。とある港町では、新進気鋭の貿易商、グレン・マーチャンダイズが株式投資、と呼ばれる新たな商売を開始した。
株式投資は、はじめ先見の明のある一部の富裕層を中心に広がったが、やがて、グレンが小口での取引を開始したことをキッカケに、比較的経済への関心が高い一部の中流層にまで広がり、今では株券と呼ばれるその手形を持つものは珍しくないようになっていた。
当然、グレンの成功を目にした他の貿易商たちも続々と彼のビジネスを模倣し始めたが、ここでも彼の手腕は見事であった。彼はあえて、類似のビジネスを歓迎し、しかし、彼が認めたモノとそうでないものをしっかりと区別し同盟を組むことにより、制御の手を離れる形でビジネスが模倣される事に対する牽制とした。そうして、彼がオフィシャルであると認めた業者の手形には、それを示すために、彼のシンボルが刻まれることとなった。
株式投資が成功を収め始めたちょうどその頃、一つの噂話が流れ始めた。
「なんでも、最近、魔女の夢を見る人たちが増えているそうです。」
そう呟いたのはウルトル。この世全ての魔女をうち滅ぼさんとして、勇者認定を受けた少女である。彼女は、ムルムルと名乗る知的な風貌の少年と共にとある町の大通りを歩きながら、耳にした噂について話をした。
「町の人たちはその夢に好意的です。一見、魔女の夢、だなんて不幸な夢のように思えますが、その夢を見た後には、恋愛面で素敵な出来事が起こることがあるのだとか…普通なら馬鹿馬鹿しい、と一蹴すべき話ですが…」
そこまで話したウルトルの瞳には、やはり復讐と妄執の炎が燃え盛っていた。その様子を見た隣の少年、ムルムルはややあきれたような声色になりつつも彼女に言葉を返した。
「魔女が、かかわっているかもしれない限り、僕たちは放っておけない、そうだね?」
コクリ、とどこか遠くを見据えたまま、ウルトルは頷く。
「まあ、いくら魔女とはいえ、そんな広範囲の人々に影響を及ぼすことができるなんて、ちょっと考え辛いし、噂話が集団心理に影響を与えているだけなんじゃないかな、という気はするけど…」
と彼女に聞こえないよう小さな声でぼそりと呟いたウルトル。ちょうどその時、二人に対して、一人の商人が声をかけた。
「おーい!お兄様がた、どこか気品のある身なりをしてらっしゃいますが、お貴族様でいらっしゃいますか?」
二人が、首をふり否定をすると商人は言葉をつづけた。
「ああ、いえいえ、失礼。その、身なりがきちんとしてらしたもので」
「はあ、そうですか…」
気のない返事を返すムルムル。すると、商人の男は二人に半ば前のめりになりながら話をする。
「ああ!そうだそうだ!お兄様がた!今はやりの儲け話があるんで聞いて行ってくださいよ!これこれ、これなんですけどね!」
男が半ば強引にムルムルの手を取って、その手に何かを握らせた。どうやら、それは一枚の株券のようであった。
「いやあ、実はね…株式投資、って言いまして新しい商売が…」
「いえ、結構です。私たちは忙しいの―――」
男が商売について説明をしようとすると、ウルトルが興味がない、とばかりにバッサリと男の話を断ろうとする。
しかし、ウルトルがその言葉を終えるより前に、ムルムルが突如、その株券を凝視しながら大げさに後ずさる。どうにもその表情は、何かにおびえているかのようにも見えた。その、異様な様子にウルトルは思わず尋ねた。
「ど、どうしたの…ムルムル…?」
しかし、その声も耳に入らないほどの何かに囚われているのであろうか、彼はただぶつぶつと何かを呟いた。
「―――まさか…いや、そんな馬鹿な…確かに殺したはず…リリス…生きていたのか…?」
ちょっと駆け足な感じになりましたが、これにて聖女のお話はおしまいです。
次回から、ついにリリスの秘密の計画、その正体が明らかになります。
…と言いたいところなんですが、ちょっと流石に新規エピソード優先で、雑な文章を
投げすぎちゃったので、しばらく既存部分の改稿作業になります。
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