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さる聖女の後悔と信仰の対価(11)

 良く晴れた早朝。町の外へと伸びる街道のその入口には、三人の姿があった。一人はサナ、サナは残念そうな顔で、その場にいるもう一人、リリスへと言葉をかけた。


「リリスさん…本当に行かれてしまうのですね…もっとお話ができれば良かったのですが…リリスさんには本当に感謝してもしきれないくらいなのですから…」


 そう告げたサナに対してリリス、少女は邪気のない笑顔を作り、言葉を返した。


「ウフフ…うれしいことを言ってくれるじゃない…でもね、お礼を言いたいのは私の方よ。あなたのおかげで計画は順調…あとは、私が彼のハートをつかみに行く番なの」


 いたずらに目を細めて手でハートを作るリリスの、そのらしくない振る舞いに思わずサナは吹き出してしまう。


「あはっ…そうですよね…でも!私、信じてますから。リリスさんなら、きっとその愛しの彼のハートだってつかめるって…だって、私が今、彼と一緒にいること、それが何よりの証拠ですから」


 そう告げた彼女の横には、一人の男、フォルティスの姿があった。しかし、その目はどこか虚ろで、何か大切なものを失ってしまったかのように見えた。


「そうだね、サナ・・・君を愛している」


要領を得ない回答をしたフォルティスをサナは軽く小突いた。


「もう、違うでしょ、フォルティス。今は、リリスの話をしてるのよ!」


「あ、ああ、そうなのか、ごめん、ごめんよ、サナ。愛してる。」


フォルティスの言葉を聞いて満足そうに、サナは微笑み言葉を返した。


「私も愛してるわ」


その様子をまぶしいものでも見るように目を細めながら見つめたリリスはついに別れを切り出した。


「さて、それじゃ私はそろそろ出発するわね。サナのおかげで完成したこれを届けに行かなくちゃ…フフフ」


「うまくいったら、是非、報告に来てくださいね!リリスさんならいつでも大歓迎ですから!」


そういって満面の笑みを浮かべたサナを背に、魔女はゆっくりと歩を進め、そしてやがて街道の向こうへと消えていった。


□□□


「ウフフ・・・それにしても良かったわね。気持ちがちゃんと通じたみたいで」


街道を行きながら、リリスはサナとその思い人の事を思い出す。


□□□


 真っ暗な教会。巨大な十字架の前でリリスはサナへと囁いた。


「―――今回は特別。私が、恋する乙女のお手伝いをしてあげる」


「え・・・?」


リリスの唐突な言葉に驚くサナを無視して、リリスは言葉をつづける。


「わたし、お姉さんには内緒にしていたのだけれど、実は見た目通りの年齢じゃないの」


「実は、わるーい魔女なんだけど…どうする?私のことを教会に報告してみる?それとも―――」


―――神様の代わりに、魔女にすがってみないかしら?


「一体…何を…?」


「あなたの言葉が聞きたいの。簡単な事よ、私とお友達になってくれるなら、あなたの恋路を手伝ってあげる、そういう話」


その、頭の深い部分を麻痺させ、思考力を奪うかのような甘い甘い声を聞いて、サナは、まるで自分が少しづつとかされているかのように感じた。


「でも、その…私は、聖女で…彼は…」


 まとまらない思考の中で、それでもわずかに残った理性の部分が、魔女の甘い誘いに警笛を鳴らす。


「フフフ…素敵…とっても真面目なのね…でも…あなたが聖女として頑張ってきて、神様は答えてくれたかしら?信仰の、対価って・・・何?」


「信仰の…対価…?違う…対価なんて…そんな」


「そろそろ、一つくらい…わがままを言っても良いんじゃない?」


「あなたは、今まで良く頑張ってきたわ…」


その優しい言葉に、ついに聖女の心は堕とされてしまったのだ。


□□□


 男、フォルティスはどこか見覚えのある町にいた。どういうわけか、彼はまだ幼い頃の姿をしており、そこには彼女、サナがいた。


「あれ、ここは…?」


「フォルティス!さあ、冒険に行きましょう!今日は、あの巨大ムカデを倒しに行く予定でしょう!」


 事態が飲み込めず立ち尽くすフォルティスへと向けてサナが元気よく言葉をかけた。


「さ…さな…?なんだかいつになく元気だね。らしくないというか…あれ、というかルパはどこに?」


そうフォルティスが尋ねると、サナはぽかんとした顔を浮かべて答える。


「ルパ…?ルパって誰…?」


それを聞いたフォルティスは予想外の返答に憮然とし思わず声を張り上げようとする。


「ルパだよ!ルパって言ったら俺たちの…ルパ…?」


しかし、何故だろうか、フォルティスがルパと読んだ彼女の事を思い出そうとするとすればするほど、まるで頭に穴が開いているかのように、その事が滑り落ちてしまう。


「なんだ…これ…?だめだ、だめだ…それは、大切な…」


フォルティスがは恐怖を感じ、たまらずうずくまってしまう。


「だめだ、思い出そうとするな、こぼれる…こぼれていく…」


 思い出そうとすればするほど失われていくそのおぞましい感覚に対抗しようと心を無にしようとするフォルティス。しかし、そんな些細な抵抗すらも許さない、とばかりにサナが彼に声をかけた。


「そういえば、あの日一緒に食べたお昼ご飯、とってもおいしかった事?覚えてる、そう…二人だけで食べたあの…」


「違う!その時は二人きりなんかじゃなかった!俺たちはいつも三人で…三人…あれ…あ…あ…こぼれる…」


 頭に穴が空いている、まるで脳みそがこぼれつづけているかのような感覚に思わず吐き戻してしまうフォルティス。彼には自分の吐き戻したものでさえ、自分の脳を構成する何かであったかのように感じられた。


「二人で見たあの丘の景色、あんな素敵なモノがあるなんて、私知らなかった…」


「あ…あ…こぼれる…消える…やめて…やめてくれ…こぼれるこぼれるこぼれるこぼれるこぼれるこぼれるこぼれるこぼれるこぼれるこぼれるこぼれるこぼれるこぼれるこぼれるこぼれるこぼれるこぼれるこぼれるこぼれるこぼれるこぼれるこぼれるこぼれる…おえっ…こぼれる…うっ…やめ…消さないで…それは…大切な…」


「フォルティス…愛してる」


「私だけ…私との思い出だけ、あれば良いの…」


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