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さる聖女の後悔と信仰の対価(7)

 「最近、どうにも頭痛が酷いんだ…治癒の奇跡とかでなんとかならないかな…?」


 すっかりサナと仲を深めた男は、自身が最近苛まれている原因不明の頭痛について彼女に相談していた。そこは、サナと少女―――リリスが初めて席を共にした洋菓子店であった。


「頭痛、ですか…うーん。原因にもよるとは思いますが、同僚に相談してみましょうか?」


 心配そうに男を見つめるサナ。その横顔はまさに恋する乙女のものであり、男を心底心配しているのだという事をうかがわせた。


「うーん。とりあえず、お願いしようかな。」


 そう返した男に対して、役に立てることがうれしいのか、お任せください、とばかりに胸を叩くとサナは答えた。


「まかせてください!」


 その後、教会へ向かい治療を受けた男であったが、結果は芳しくなく、精神的な理由などが頭痛の原因なのではないか、ということになった。


「そんな事があってね、私、彼のことが心配で…」


 場所は移り、再び例の洋菓子店にサナはいた。しかし、目の前の相談相手は、件の少女、リリスであった。


「わかるわ。そうね、好きな人が辛そうにしてたらやっぱり心配になるわよね」


 うんうん、と相槌を打ちながら相談にのるリリス。手元のケーキを一口ほおばると、意見を述べた。


「もしかして、だけど…記憶がよみがえろうとしてる、なんてことはありえるかしら?」


 リリスの思わぬ回答に、雷に打たれた科のような衝撃をサナは感じた。


「確かに…記憶喪失だなんて珍しい症例はあまり見たことがないけれど、どこかの文献で回復期の頭痛について見かけたような気がします…」


 そう呟くと再び考え込んでしまうサナ。


「それなら、問題ないじゃない!彼は昔あなたのこと、好きだったんでしょ?それなら思い出してくれたら、もっと仲が深まるかも?」


 そう、無邪気に言い放ったリリス。しかし、目の前のサナの表情は対照的に優れない。


「でも、それは…」


 ―――今の関係を壊してしまうかもしれない。サナがいて、フォルティスがいて、お互いに幸せな距離感を保っていて、そして少女、リリスがいる。このまるで幸せな夢のような世界が、壊れてしまうのではないだろうか。


 記憶のないフォルティスに対して、半ばだますような形で、自身の正体をかくして接していたサナにとって、その記憶がよみがえることは、なんだかとても恐ろしいことであるかのように感じられたのだ。


「怖いの…?どうして…?」


 リリスがサナへと尋ねる。


「私、自分の事を、彼に話していないから、それで…」


 考えがまとまらないサナは、なんとか言葉をつづけようとする。しかし、それをさえぎるようにリリスが言葉を発した。


「違うでしょ、違うわよね?お姉さんにはもっと怖いことがある…そうでしょ?」


 その糾弾するような、しかしそれでいてどこか甘く感じる声色に、一瞬サナは、目の前の少女が自分の良く知る少女とは何か別の生き物のように感じた。しかし、すぐに少女はいつもの明るい雰囲気を取り戻すとサナへと元気よく言葉を返した。


「変な空気になっちゃった。ごめんね、お姉さん!」


 それを聞いて、先ほどの違和感はきっと気のせいだと、サナは思い直した。


「安心して、お姉さん!何があっても私はお姉さんの味方だから!」


 サナを安心させるように明るく返したリリスは、席から立ち上がると、その口をサナの耳元へと寄せて囁いた。


「だからね…もし、何かがあったら私に相談してね!きっとあなたの力になってあげられるわ・・・」


 そう囁いた、リリスの声色は、やはりどこか、その見た目にそぐわない妖艶な色合いを帯びているように、サナには思えたのだった。


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