さる聖女の後悔と信仰の対価(6)
「それで?お姉さんの悩みって何かしら?」
そこは小さいながらも洒落た雰囲気を漂わせる洋菓子店。店内に用意された飲食スペースの他に、店の前の通りに接するような形で用意されたテーブルがあり、彼女らはちょうどそのうちの一つに腰かけていた。
少女は目の前のパンケーキ、小麦粉をベースに焼き上げたお菓子に蜂蜜をたっぷりとかけたそれを口に運びながら、サナへと尋ねた。
「その…どこから話せば良いのかしら…」
すっかり少女のペースにのせられてしまったサナであったが、事情が事情なだけに、年端も行かない少女には話しづらい。なんとかたとえ話のような形で説明できないかと頭をひねる。
「昔、その、好きな人がいたの。彼は私の幼馴染で、けれど別の幼馴染もやっぱり彼のことが好きで、それで―――」
サナが淡々と自らの過去を語るのを少女は、時折相槌を打ちながら、真剣な表情で聞いていた。その様子に、いつのまにかサナは、ぼかしながら伝える、などという事は忘れ、少女に対して本気で相談をするようになっていた。
「―――それでね、最近、その人に瓜二つの男の人が現れたの」
そしてついに話は、最近現れたその男へと及ぶと、少女はサナへと質問を投げかけた。
「なるほどなるほど、で、お姉さんは今、その男について、どう思っているのかしら?」
聞き手に回るばかりであった少女から唐突にはさまれた質問にサナは、一瞬あっけに取られる。しかし、改めてその質問の意味を考えてみれば、あの感情の意味を思えば、答えは明らかであった。
「まだ、忘れられません…いえ、正直な話をすれば、私はまだ、彼のことを好いているのだと思います。」
その返事を聞くと、少女はニッコリと笑いサナへと語りかけた。
「それなら、話は簡単じゃない!お姉さん、あなたは幸運よ。世の中、沢山の悲劇、死別があふれてるわ、けれど、彼はあなたのところに戻ってきた!」
―――それなら、何をすべきかなんて、自明よね?
そう告げた少女に対し、言い訳を探すようにサナは言葉を探す。
「で、でも、彼はどうやら記憶を失っているようでしたし、それに、なんというか、ルパに対して、フェアじゃない、というか…」
はっきりとしない態度のサナを、駄目押しとばかりに少女は叱責する。
「言い訳しない!亡くなった友人の事なんて今は、考えてる場合じゃないの。それに、彼だって、あなたの事が好きだったんでしょ!良いじゃない?あなたは、彼が好きなの?嫌いなの?」
その強い語調に気圧されたようにサナは言葉を返した。
「す、好きです。」
それを聞いた少女は、再びニッコリと微笑むと、うなずきサナの目を見つめる。
「よろしい!それなら、決まりね。早速だけど、その男の人、デートに誘いましょう!」
唐突な少女の提案にサナは思わず手に持っていたフォークを取り落としてしまったのだった。
□□□
それから月日は、矢のように流れた。少女のやや強引な提案に引っ張られる形で、サナと男は順調にその親交を深めていった。それは、サナにとってはまるで、あの頃が戻ってきたかのように感じさせる、夢のような日々であった。
ルパはいなくなってしまったけれど、そこには代わりに少女がいて、少女は自分の恋路を応援してくれる。そう、まるであの頃の、いや、ひょっとすると、あの頃よりずっと幸せな―――
「あ、そういえば、これだけ相談に乗ってもらっていたのに、私としたことが、まだあなたの名前も知りませんでしたわ、今更、変な話だけれど、伺っても良いかしら?」
サナが少女へと問いかけると少女は、一瞬、ウフフ、とその年齢に不釣り合いな笑いを浮かべたような気がしたが、すぐにいつもの表情を取り戻し名乗った。
「本当に、今更な質問よね!ちゃんと覚えてね、お姉ちゃん。私は―――」
―――リリス、っていうの。




