さる聖女の後悔と信仰の対価(5)
簡素なベッドが並べられた教会の治療室で、一人の男が意識を取り戻した。
「思い…だせない…」
深刻な容体であった男は、聖女らの懸命な治療により一命を取り留めた。しかし、意識を取り戻した後の男には記憶がなく、自分がどこから来たのかすらも覚えていない、という有様であった。
「無理をしなくても大丈夫です。ゆっくり思い出していきましょうね」
柔らかに言葉を返した聖女、サナであったが、彼女の内心は言葉とは裏腹に混乱のさなかにあった。
(…そんなはずはない…あれから何年立ったと思っているの…?)
男の顔は、そう、彼女の幼馴染であり、行方不明となっていたフォルティスと瓜二つであったのだ。
「ありがとうございます、聖女様」
そういってにこりと微笑んだ男の顔に、聖女の胸は高鳴った。とうに忘れていたと思っていた感情が、内側から湧き上がるのを感じる。
「い、いえ…その…早く回復されると良いですね!わ…わたしはそれでは次のお役目もございますので」
ややごたつきながらも何とか彼女はその場を後にした。しかし、どうにも荒ぶる感情を抑えることができなかった。そのせいか、足早に歩く彼女はどうにも少し不注意であったようだ。
「いたっ」
目の前にいた少女に気が付かず、ぶつかってしまったようだ。
「ああ!ごめんなさい、大丈夫かしら?」
そう口にして手を差し伸べた聖女。目の前の少女は、年のころは12,3才ほどであろうか。全身を黒い服にまとい、黒髪に赤い瞳が印象的な娘であった。
「わたしこそごめんなさい、お姉さん。」
そういって、ニッコリと笑いかけた少女に、聖女は少し驚いた。
「あら、怒ってないのかしら?私の方が不注意だったみたいなのだけれど…」
そうおずおずと申し出た聖女に対して少女は返す。
「全然…というのはちょっと嘘かも。でも、なんだかお姉さん深刻な顔して歩いてたから、ちょっと気になっちゃって…」
どうやら、こんな幼い少女にすら心配されるような表情をしていたらしい、と自覚した聖女は少女を安心させるために言葉をつづける。
「いやだ、私ったらそんな深刻な顔をしていましたのね…。ごめんなさい。でも、大丈夫よ。」
すると、少女は悩むような顔を見せたのち、ぱっと表情を明るくして聖女に提案をした。
「うーん。ほんとかなあ…私にはまだお姉さんが悩んでるようにみえるけど…あ!そうだ!近くにおいしい紅茶屋さんがあるの!一緒に行きましょう!お姉さんの悩み、私が聞いてあげるから!」
そんな提案をされると思っていなかった聖女は思わず提案を否定してしまう。
「い、いえ、そんな、流石にあなたみたいな子に私の悩みを聞いてもらうわけにも…い、いや、本当に大丈夫ですから…」
そんな聖女の態度にもめげずに少女は言葉をつづけた。
「それじゃあ、こうしましょう!さっきぶつかったお詫びとして私に紅茶とお菓子をおごってくれない?それならどうかしら?」
ぶつかってしまったお詫び、という言い方をされてしまえば、気の弱い聖女には断ることはできず、あれやこれやという間に、二人は少女の案内でおいしい紅茶屋さんとやらへ向かうことになったのだった。




