とある村の少女 (1)
「うふふふふふふふふふふふ、あふっははっはあっはははははあはあはははははあっはあは!!!!おバカなムルムル・・・おばか・・・なんて可愛らしいのかしら。あなたが何を考えているのか、私にわからないわけがないじゃない・・・うふふ、うふふふふふ」
廃村だろうか。かろうじてもともと村であったであろう事が見て取れる寂れた場所で、一人の女が高笑いを上げていた。そう、魔女リリスである。
「あなたが私を裏切ろうとしていたことなんてとっくに気がついていたわ。だからこうして、ムルムルも知らない術式を準備していたんじゃない。」
そう、魔女リリスはムルムルの叛意に気がついていた。あるいは、はじめから。いつか彼に殺されるその日に備えて、リリスは準備をしていたのだった。ムルムルは強大な悪魔である。いや、あるいは、彼女の推測が正しければムルムルは、悪魔ですらない。事前に裏切りに気がついていたとはいえ、国を滅ぼすほどの力を持った魔女とはいえ、正面から戦ったのでは勝ち目がないことには気がついていた。それにーーー
「あなたの一番楽しみな瞬間に水をさしたくなかったの・・・うふふ」
恋する乙女が、まるで恋人にサプライズを仕掛けたときのような表情を浮かべたリリスだったが、そう、彼女は、肉体的に一度死ぬことで自らの消滅を偽装し、精神だけの存在として復活をとげるための方法を完成させていたのだった。しかし、それはあまりにも邪悪で冒涜的、吐き気を催す儀式であった。
「どうして、リリス・・・どうして・・・」「なんで、ねえ、なんで・・・」「くるしい、いたい、つらいよお・・・」「なんでまだ苦しむの・・・?」
リリスの頭に響き渡る無数の怨嗟の声。そう、彼女は故郷の人々の魂を砕き、自らをこの世につなぎとめるための材料として活用したのだった。
「ママ、パパ、みんな・・・ありがとう。私、絶対、この愛を彼に伝えてみせるわ・・・ふふふ、まっててムルムル・・・ドキドキしてきちゃった・・・ふふ」
顔を紅潮させ、身を震わせながら己の体を抱えるリリス。
「ああ、ムルムル、早くあなたの顔がみたいわ、あなたに触れたい、あなたの頬をつまみたい。お腹を突くのも楽しいかもしれないわ・・・ああ、楽しみ・・・うふふ・・・でも、まだ、今は我慢しなくちゃ・・・あなたが何をしても絶対に逆らえないくらいの力をつけるの・・・。それが、最初。あなたにバレないようにしないとね、ああ、早くばらしてしまいたい、早くぶちまけてあなたに会いたい・・・サプライズって難しいのね・・・ウフフ・・・フフフフフフ・・・エフッ・・・フフ」
人類にとって最悪の災厄が、今日この日、ひっそりと、しかし着実に胎動をはじめたのだった。
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それはのどかな日。燃え尽きた王都からほど遠い、とある村では、今日もいつも通り、村人たちが農作業に勤しんでいた。お世辞にも裕福な村ではない。子どもたちも親を手伝うため、早くから働いていた。女の子たちは小さい子供の面倒をみて、男の子たちは、簡単な力仕事を手伝う。そんなありふれた光景の一角、村の広場にはちょっとした喧騒があった。
「忌み女が!汚れが移るから褥以外でこっちに来るな」
「そうだそうだ、気持ち悪いんだよ」
そう言って、まだ幼い男の子たちが、一人の少女に石を投げていた。
石を投げられた少女は、なにもかもを諦めたようなうつろな目で、何も言わず、井戸水をバケツに組んで持ち帰ろうとした。
「勝手に井戸水使ってんじゃあねえぞ!」
そういうと一際大きな礫が投げられて、少女の額にあたった。額を切ったようで血が顔の表面をなぞった。思わず、声を漏らした少女だったが、なんとかバランスを保ち井戸水を運ぶ。
「無視してんじゃねえぞ!忌み女は泥水でもすすってろ!」
そう言って男の子との一人が彼女を蹴ると、流石に耐えられず、彼女はバケツの水をこぼしてしまった。その時、どこかから大人の声が聞こえた。
「おい!お前ら、何をサボってる!」
やべっ、と漏らした男の子たちは、怒られる前にと散り散りになり、一歩遅れてその声の主がその場にたどりついた。男は、その場に倒れる少女を見つめると、吐き捨てる用に漏らした。
「ちっ、ガギ共がサボりやがって。おい、糞が、いっちょ前にガキ共色気づかせてんじゃねえぞ!こっちに来い!!」
乱暴に髪を掴まれ、建物の影へと連れ込まれた少女が戻ってきたのは、10分ほどあとのことだった。その姿は乱れ、その目に浮かべた絶望はより深まり、しかし、少女はなにも口にせず、ただ淡々とバケツに水を組み直し、少女の家へとむかったのだった。
「お母さん、水、飲んで・・・」
少女は家につくと、くんできた井戸水を木のコップにとりわけ、少女の母親へと手渡した。しかし、少女の母親はうまくそれをつかめず、落としてします。母親はその音にビクリと、身を震わせたかと思うと、ごめんなさい、ごめんなさい、とぶつぶつとつぶやき始めた。その様相はあまりに哀れで、また、なにかの病気を患っているのか、肌は腐り、ところどころ腐臭すら漂わせていた。
「おかあさん、おかあさん・・・うう・・・どうして、どうして・・・?」
この村には、忌み女、という文化がある。もとは、巫女として崇められていたらしいその一族は、神秘を扱うと同時に、村の男集の性的な欲求を掌握することによって村の方針を決める、首長としての役割をもになっていたらしい。しかし、あるとき、はたして、何がきっかけだったのか、村に性病がもたらされた。医学の進歩も不十分な村で、それが呪いの類であるとみなされるのに時間はかからなかった。巫女と交われば、呪われる。巫女は忌み女と呼ばれるようになり、その役割は、村の首長から、不満のはけ口へと形を変えた。同時期、都からの増税が通達されたこともその迫害に拍車をかけた。
まともな教育すら受けられなかった少女には己の境遇は理解できなかったが、しかし、それが理不尽なものである、ということは痛いほどに理解していた。いや、痛む体が、心が、その理解を彼女に強いていたのだ。彼女は、今代の忌み女だった。また、まだ幼い彼女のお腹には、しかしまだ顕ではなかったものの、新しい命が、忌み女として負の連鎖を紡ぐそれが宿っていた。
「だれか・・・助けて・・・」
とうに正気を失った母親以外だれもいないその家でポツリ少女がこぼした言葉を、はたして一人聞いていたものがいた。
「うふふ・・・それは、具体的には・・・どうしてほしいのかしら・・・?」




