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さる聖女の後悔と信仰の対価(2)

 魔術、奇跡、呪い、時と場合により様々な呼び方がされることがあるソレは、しかしその根本をたどれば同じものであった。原理など分からない。しかし、人間のなかには時折、奇跡、としか形容のしようがない力を持って生まれてくる者たちがいた。


 あるモノは人を癒す力を、あるものは人より強靭な肉体を、あるいは人の心を覗き見る力を持った少女もいたかもしれない。


 そのような特別な力を持つ者たちは、発見され次第、教会による厳しい監視下におかれ、人類に利するものであると判断されれば、聖女や勇者など適当な称号を与えられ、教会の所属となる。もし、人類に対して害をなすと判断されれば、魔女や忌み子など、これまた適当な蔑称を与えられて速やかに処刑の対象となる。


それらの力ははじめ、天賦の才としか言いようのないものであったが、人類の貢献により、そのうちいくつかについては体系化が進み、後天的な習得が可能になっていた。


 治療の奇跡は後天的な習得が可能になった奇跡のうち、典型的なものの一つである。もちろん、人による適性の有無といったものは依然としてあったものの、教会の活動により、今では、それなりの大きさの教会であれば何人か、治療の奇跡をもつ修道女がいることは珍しくない、という状況であった。


 サナもまた教会所属の聖女であったが、彼女の力は治療の奇跡ではなかった。彼女の力は、他人の能力を増幅させる力、であり、これは依然として人類が解析を終えていない、いわば天然モノの力の一つであった。その力は絶大で、彼女の思いの強さに応じ、際限なく対象の能力を増幅させるそのすさまじさは、さきの鍛冶師の息子の治療にもあらわれていた。


 先天的な能力の発言と比べ、後天的な能力の取得はやはり、適性の有無が関係するためか、劣化版と言うべき能力の獲得にとどまってしまうことが多い。教会によって量産されている治療の奇跡使いの質も、やはり天然ものと比べると見劣りするものになってしまっていた。


 例えば、簡単な感染症の治療や、けがの治療など、本来の体の免疫機能などの延長線上で十分に治療が可能そうな問題であれば即座に治療が可能であるものの、腕や足を失ったり、致命傷のような傷についてはどうすることもできないのだ。


 しかし、サナの増幅の奇跡は、その劣化版の能力を天然の能力と同等か、あるいはそれ以上に高めることができたのだ。これによって、鍛冶師の息子は腕を失うことなく助かったのであった。


 では、後天的な奇跡が必ずしも先天的な奇跡に劣るのか、というと実のところそんなことはない。先天的な奇跡もちは、多くの場合その奇跡によって才能のリソースを食いつぶしていることが多いため、他の奇跡を取得することができない。サナもまた例外ではなく、彼女の使える唯一の、しかし絶大な奇跡がこの増幅の奇跡であったのだ。


 「それにしても、勇者、か…」


 手にしていたペンを机の上のペン台へと置くと、溜息を吐き出して、サナは天井を見上げた。彼女、には勇者に関して、あまり思い出したくない苦い過去があった。


 それは彼女の幼少期のこと。彼女には、二人の幼馴染がいた。フォルティスという名の少年は、剣士にあこがれる典型的なやんちゃ少年で、ルパという名の少女は天然ものの治療の奇跡もちであった。


 一体どんな神の気まぐれか、フォルティスはまた、剣の才能に恵まれており、特別な才能を持った三人組は、たびたび町の外に出ては冒険者のまねごとをして遊んでいたのだった。


 仲の良い三人であったが、彼らが齢15を迎えたころ、これまでの関係性を大きく変えることとなる事件が起きる。事件、といっても深刻なものではない、思春期の少年少女であれば、ありふれた話である。


 ルパがフォルティスに恋をしたのだ。


 活発な性格で、何事もはっきりとつげるルパであったが、流石に恥じらいはあったようで、彼女はまずそのことをサナへと相談した。


「最近気付いちゃったの、私、実はフォルティスのことが…」


 優しく、そして他人と戦うことが苦手な性格をしていたサナは、その話を聞いて、彼女を応援することに決めた。その胸にチクリと突き刺さった、わずかな痛みを押し隠して。


 それからも、三人は変わらず行動を共にした。三人が共に16歳となった時点で、冒険者として正式に登録をすませた彼らは、破竹の勢いでその頭角をあらわしていった。しかし、ある日、サナがいつものように彼らと合流して魔物狩りに向かおうとすると、フォルティスとルパとの間に妙な違和感があることに気が付いた。


 案の定、その日の彼らの狩りは精彩に欠け、流石に危険な場面こそなかったものの、彼らの間に言い知れぬわだかまりのようなものを残すことになった。


 サナは決して、感情の機微に鈍い人間ではなかった。むしろ人一倍、他人に対して気を使ってしまう彼女は、このままではまずい、そう判断し、その日の晩にフォルティスの家を訪れた。


 「やあ、サナ…こんな時間にどうしたんだい?」


そう返したフォルティスの表情は暗く、何かがあったということは明らかであった。


「もしかして、ううん。言いづらい事だったら、言わなくてもかまわないの。でも、もしかして…ルパとなにかあった?」


意を決してそう尋ねたサナに対し、フォルティスは言い辛そうに口ごもったあと、サナへと部屋へと入るよう促した。


「ここで話すのもなんだから、とりあえず、中にはいらないか?」


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