さる聖女の後悔と信仰の対価(1)
「はい、それではウルトルさん、これにて登録は完了です。あなたは無事、勇者として正式に教会から認定されました。これからも人々のために尽くしてくださいね。」
そういって微笑んだのは一人の女性であった。白い修道服、といった風だろうか、ベールのような白い布を頭からかけ、首からは木製の十字架を下げている。簡素なその服は、足先までを覆う布が、ちょうど腰のところで黒いベルトによって止められた、そんないでたちであった。
「ありがとうございました、聖女様。約束致します。必ずや、神に代わり、この地上のあらゆる穢れを、魔女をうち滅ぼして見せますから」
そう言って、瞳に決意の炎を燃やしている、どこか影のある少女。その名をウルトルといった。彼女はその昔、魔女リリスにより燃やされた王都、その生き残りであった。
「さて、それじゃあ早速僕たちは行こうじゃないか。善は急げ、っていうしね」
ウルトルの隣にいた知的な風貌の少年、ムルムルがそう言うと、まるでわずかな時間すらも惜しい、と言わんばかりに彼らは町の外へと駆け出して行った。
「さて、私も普段通りのお仕事に戻りましょうか」
それを見送ると聖女と呼ばれた女性もまた、踵を返し、教会らしき建物中へと戻っていくのであった。
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「しかし、妙なこともあるものですわね…」
部屋に戻ると聖女は一人呟いた。そこは教会の一室。さながら執務室といった風の部屋であり、聖女と呼ばれていた女性、サナが教会内でそれなりの立場にいるのであろう、ということを感じさせる。
彼女は手ずから入れた紅茶を味わいながら、先ほどの勇者認定にかかわる書類を整理していた。
「確かに彼女、ウルトルの実力は本物だった…けど…」
先ほどの認定を執り行ったのはサナである。当然、認定の結果に文句などはない。しかし、本来であれば、勇者認定はそう簡単に受けられるものではない。何か特別な成果を上げ、そしてそれがたまたま教会関係者の目に留まることで、勇者認定を受ける、といった流れを踏む必要があるのだ。
実力が必要になるだけでなく、それなりの幸運も必要とされる。あるいは、まさにそれこそが勇者の資質、ということなのかもしれない。
とはいえ、もちろん例外は存在する。高位の貴族、あるいは教会関係者とのコネクションがあれば、一足飛びに審査を受けることも可能である。彼女、ウルトルの場合は、まさにその後者のケースであった。
「あの男の子、ムルムルと名乗っていたけれど…」
サナもはじめ、彼女の一存で認定を与えることはできない、と彼らの申請を断るつもりであった。しかし、ムルムルと名乗った少年はとある大司教の名前を出したのだ。サナは司教であるため、もし本当に彼が大司教とのコネクションを持つのであれば、サナには無視することができない。
そこで、念のため通信の奇跡により確認を取ったサナであったが、驚くべきことに大司教はムルムルの名を出したとたん二つ返事で申請の許可をだしたのだ。その、異例の対応に、流石に違和感を隠しえないサナであったが、彼女がそのことに頭を悩ませていると、執務室の扉がたたかれ、サナの部下である修道女と共に一人の男が慌てた様子で飛び込んできたのだった。
「聖女様、大変だ!うちの倅が腕を落としちまったんだ!なんとかしてくれ!」
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「安心してください、これでもう大丈夫ですよよ。」
そこは、教会の一室。清潔なベッドが敷かれた治療室、と呼ばれる部屋であった。
「本当にありがとうございます。感謝してもしきれねえ、ありがとう、ありがとうな」
むせび泣きながら感謝の意を示すのは先ほど執務室へと駆け込んできた男であった。
彼は、鍛冶屋をしているとのことで、その息子にも同じ職を継がせるつもりだったそうなのだが、不注意から製作中の刃物をまだ幼い息子の腕に落としてしまったそうだ。
「いえ、わたくしは少しお手伝いをしただけです。お礼でしたら、実際にあなたの息子さんを治療してくださった彼女たちにお願いしますね」
そういって聖女は微笑むが、男は負けじと言い返す。
「たしかに、治療の奇跡を使ってくださったのは、彼女たちだけども、聖女様がいなかったら倅のけがは治っとらんかった訳ですから…あ、いや、もちろん他の修道女さま方にも感謝しております。ホントでさあ!」
自分が失礼な発言を仕掛けていたことに気が付き男は発言を訂正する。
「くすくす。さて、元気になられたのなら良かったですね。それではわたくしは、これで。」
そういって立ちさる聖女の背中を見送りながら、男は深々と頭をさげたのだった。




