夢見の力(4)
暗い部屋の中には、少女の弱弱しい声だけがかすかに聞こえていた。
「ごめんなさい、ゆるして、ごめんなさい、ゆるして…」
その地下室には、どうやらすでに司祭の姿はなく、ただただ哀れな見た目となった少女スアビスが部屋の中央でぽつんと一人鎖につるされていた。広い地下室の周囲には、ほかにもうつろな目をした少女たちが檻に入れられ、鎖につながれていたが、彼女たちからは微塵も生気が感じられず、まるでスアビスは人形に囲まれいるかのような心地であった。
するとそこに、突如として別の女性の声が響いた。
「あら…あらあらあらあら、どうにも酷いことになってるわね?」
そこにいたのは全身を黒で統一した幼い少女の姿をした魔女、リリスであった。彼女の姿をとらえるとスアビスは、はっとしたように表情を取り戻し彼女へとすがるように状態を激しく揺らしながら叫んだ。
「おねがいします!助けて!助けて!助けて!助けて!このままじゃ殺されちゃう」
それを見たリリスはより一層笑みを深めながらスアビスへと言葉を返した。
「一言目が助けて、なんて随分切羽詰まった状況にいるみたいね?私の自己紹介とかは良いのかしら?ひょっとすると悪い魔女さんかもしれないわよ?ウフフ」
スアビスは一瞬きょとんとしたものの、すぐに必死な表情へと戻ると、声に少しの怒りを滲ませながら叫んだ。
「そんな場合じゃないの!このままじゃあの司祭に魔女として処刑されてしまうわ!それに、司祭があんなひとだなんて村の人たちも知らないの。このままじゃきっと、みんなにも不幸なことが起きてしまうわ!」
必死に訴えるスアビス。それを見たリリスは突然、おかしなものを見た、とばかりに腹を抱えて笑いだす。
「あはははははは!この期に及んで、他の村人たちの心配がでてくるのね?ウフフ…あなたとっても面白いわ」
一体、目の前の少女が何故笑っているのかが微塵も理解できず、スアビスは言葉を失った。混乱するスアビスをよそにリリスは言葉をつづける。
「良いわ、私があなたが助かるための手助けをしてあげるわ。けれど、誤解しないで頂戴。あなたは、あなた自身で助かるの…ウフフ」
そうしてリリスは、スアビスが助かるための方法について説明した。リリスによれば、スアビスには元々、魔術と呼ばれる力を扱うための特別な素養があるのだという。こういった素養を持つ人間は、特に魔術に対して知識を持たずとも、生まれつき一つの能力を備えているのだとか。
そう、スアビスの場合には、それは夢を通して他人の心を覗き見る能力である。しかし、残念ながら、この能力は現在の状況の打開には使えない。何せ心を覗き見るだけなのだから。そこで、リリスは新たな能力の種をスアビスへと埋め込むのだという。この能力の種は、自身の感情と生来の特質とを糧として新たな能力をもたらしてくれるのだという。
「だから、あなたが誰かに対して攻撃的な感情を育てることができれば、状況の打開につながる攻撃的な能力を獲得できるという訳。簡単でしょう?」
スアビスは本来、他人の気持ちを良く気にし、みんなが幸せになればよい、と考えるほどに優しい娘であった。きっと、その性質が彼女の能力の方向性にも影響を与えたのだろう。しかし、司祭による残虐な拷問によって獲得した彼女の新たな一面は、彼女に新たな能力獲得の可能性を与えたのだった。リリスはそこに目をつけたのだ。
「けれど、一つだけ注意があるの」
リリスによれば、人間が先天的に持つ能力のリソースには個人差があるが、スアビスのそれは、他人の心を覗き込むその能力だけでいっぱいになってしまうほどの大きさであるという。訓練によってリソースを広げることは可能であるが、今はその時間がない。彼女が新しい力を手に入れれば、きっと元の能力は居場所を失って追い出されてしまうだろう、という事であった。
「仕方がないわ、今はこうするしかないもの。それに、みんなを助けなくちゃ…」
そう言い切ったスアビスを見てリリスは、ついに彼女に種を埋め込んだのだった。
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翌日の昼頃、ついに地下室の扉が開き、司祭が姿をあらわした。司祭はにちゃりと不快な笑みを浮かべたかと思うと、すぐに表情を取り繕い、強引にスアビスの腕をとって引きずった。
「おい、早く出ろ。今日は貴様の処刑日なんだからな」
地下室から引きずりだされたスアビスは、すぐに木の板で作られた十字架へと貼り付けられた。周囲には彼女を囲むように村人たちがいた。彼女がそれを見て己の無罪を訴えようとすると、司祭がその背を鞭でうち、彼女を黙らせた。
「黙れ。今は弁解のタイミングではないぞ魔女が」
背中の痛みがスアビスに拷問の記憶をよみがえらせ、彼女の口は閉じてしまった。すると司祭が声高々に魔女の処刑を宣言した。
「皆様、先日お話いたした通りなのですが、大変恐ろしいことに、この村に魔女がいる、ということが明らかになってしまいました。それも、魔女は恐ろしいことに年端もいかぬ少女の姿をしているのです。ですが、騙されてはいけません、この少女は、あなた方の心を覗き見る卑しい力の持ち主なのですから!」
司祭がそう宣言すると、村人たちはざわめきだした。
「皆様の中にも、心当たりのある方がいらっしゃるのではないでしょうか?彼女が知るはずのないことを知っている、といった経験が」
いや、でも、まさか…村人たちがざわめいていると、一人の男が叫びだした。
「そ、そうだ!間違いない!そいつは魔女だ!おれがまだ誰にも言ってない、彼女への思いを知ってやがったんだ!」
叫んだのはレオン、スアビスがキッカケで、意中の相手であったリアラと結ばれることができた男であった。




