夢見の力(3)
時刻は既に夕方を過ぎており、空はすっかりと暗くなっていた。村の中央にある広場には村人達があつまり、大きな炎を囲んでいる。炎の周囲を囲むように村人たちは散らばり、各々酒を飲み、あるいは肉を食らい、祭りの喧騒を楽しんでいるようであった。
そんな広場から外れた村の一角、司祭が普段身を置くその建物の前には一人の少女、スアビスの姿があった。
「確かめなくちゃ…確かめなくちゃ」
焦りからか震える手を強引に押さえつけながら、少女はドアを開く。この時間、司祭は村の歓迎会に参加しているため、ココにはしばらく戻ってこないはずである。しかしそれでも、スアビスの不在が知られれば何かを悟られてしまうかもしれない。そのためなるべく早く目的を達する必要があった。念のため辺りを見渡しつつも彼女はそそくさと部屋の中へとその足を踏み入れた。
部屋の中は暗く足元は見え辛いが、あかりをつければ目立ってしまうかもしれない。壁に手をつけて少女は廊下を進む。幸か不幸か、夢のおかげで家の内装はそれとなく把握できていた。廊下の突き当たり、そこに司祭の寝室がある。少女がそのドアを開くとそれは少しだけ軋むような音を立てた。
「あった…本当に…」
少女の目の前には、確かに夢で見たのと同じ地下室への扉があった。少女はそっとそれに近づき扉に手をかける。そして、中を確認しようと、体の震えを抑えながら、ゆっくりとその蓋を持ち上げようとしたその時。
「好奇心は猫をも殺す、という言葉を知っているかね?」
背後から唐突に聞こえた声に驚いた少女が思わず悲鳴を上げようとしたその瞬間、後ろから伸びた手が少女の口を覆った。
「おっと、騒ぐんじゃあないぞ。祭りを楽しんでいるほかの村人たちに申し訳ないとは思わんのかね?」
そこにいたのは果たして司祭その人であった。司祭は慣れた手つきでスアビスに猿轡をかませると、後ろ手に拘束した。司祭はそのまま地下室への扉を開けるとそこへスアビスを蹴りとばす。思わずうめき声を上げたスアビスを無視して扉を締めると司祭は告げた。
「さて、もういくら騒いでもかまいませんよ。この地下室には特殊な防音の奇跡が使われています。外に声は響きませんから…そうですね、まずはどうしてこの地下室を見つけられたのか、それをじっくり話してもらうことにしましょうか。安心してください。まだまだ祭りの夜は長そうですよ…フフフ…」
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一体、どのくらいの時間が立ったのだろうか。いや、存外大した時間はたっていないのかもしれない。裸に拘束具のみの格好となった少女。指を見ればその爪は全てはがされており、背中には鞭で打たれたのか無数のミミズ腫れが走っていた。頭から水をかけられたのか髪の毛は濡れており、その顔にも殴られた跡が見受けられる。スアビスは賢い娘であった。もし、この司祭に対して自身の能力を話せば、どのような目に合うか、おおよそ想像はついていた。しかし、年端もいかぬ娘に拷問を受けた経験などあるはずもない。それでもはじめ何とかこらえていたスアビスであったが、ついに少女は洗いざらい、自身の能力について司祭へと話してしまったのだった。
「なるほど…どうやらあなたには生まれつき特別な奇跡が与えられていたようですね。」
ひとしきりうなずくと司祭は溜息をついた。
「残念、まったく残念です。あなたがこれを見つけさえしなければ、あなたを聖女候補として上層部に報告、私が中央に戻る良いキッカケになったかも知れなかったのに…」
そういうと、司祭は突然スアビスに鋭い視線を向け、憤りをぶつけるように、少女の髪を乱暴に引っ張ったかと思うとその顔を横から殴りつけた。
「ふざけたガキが。こうなった以上、お前は魔女として処刑させてもらうぞ、待ったくとんだお転婆が。好奇心の代償は高くついたな、ええ?おい」
「魔女」その言葉を聞いたスアビスの顔色が青ざめる。教会の、魔女狩りについては彼女も耳にしたことがあった。魔女として認定されたものには、一切の弁解の機会等与えらず、そのまま無残に火あぶりにされるのだ。噂には聞きつつも、自身とは関係のない出来事だと思っていたそれが、今、現実的な危機として彼女のすぐ目の前に迫りつつあったのだ。
「おねがい、やめて…誰にも言わないから…もう、余計な事はしないから…司祭様のお手伝いもしますから…助けて…」
祈るように、すがるように弱弱しく助けを求める少女を前に、しかし司祭は嗜虐の笑みを深めていく。そうして、司祭は少女に近づくと、少女の腹部を蹴り飛ばした。蹴り飛ばされた衝撃で少女は激しくせき込んでしまい、口の中を切ってしまったのだろうか、血と胃液が混じった不快な味を舌でとらえた。
「なんだ、良い声でなけるじゃないか、ええ?そうだ、お前のような娘をただ処刑してしまうのはもったいない。火刑に処されるギリギリまで私が有効活用してやろうじゃあないか」
ニヤニヤと不快な笑いを浮かべながら司祭はつづけた。
「必死で命乞いをすると良い。可愛くおねだりできたら、ひょっとするとこのワシにも憐憫の心というモノが生まれるかもしれんなあ?」
そう告げると司祭は再び、己の欲望をスアビスへとぶつけ始め、部屋には「助けてください」と叫び続ける少女の声が、いつまでも響き渡るのだった。




