夢見の力(2)
村人たちの朝は早い。今日も朝から多くの村人たちが農作業にいそしんでいた。空は見事な快晴で心地が良い。そんな時、作業にいそしむ一人の村人が、ドアを開けて外へと出る司祭の姿を見つけた。
「あ、司祭様、こんにちは」
司祭は穏やかな微笑みを浮かべて男に言葉を返した。
「こんにちは。朝が早いのですね。良いことです神はあなた方の勤勉さをいつでも見ておられますよ」
司祭から言葉をもらった男は照れくさそうに返す。
「ありがとうございます、司祭様。司祭様はこんな朝早くにどうされましたか?」
司祭は表情を変えずに男に言葉を返した。
「いえ、大したことではありませんよ。昨晩は一晩中暗がりで書き物をしていたものですから、少し朝の空気が恋しくなりましてね。良い天気なので外に出て新鮮な空気を吸っていたのですよ」
そういう司祭の体臭は、当人の言うように部屋にこもり続けていたためだろうか、たしかに少し強いように村人の男には感じられた。
「なるほど…あ、そうだ!聞いてるかもしれませんが、今晩は司祭様の歓迎会を開きますから、是非夜は広場の方に集まってくだせえ!」
男がそう告げると、司祭は「楽しみにしていますよ」とだけ告げると井戸の方へと歩いていく。村人の男も特に気にすることはなく、自らの仕事へと戻ったのだった。
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スアビスは部屋で一人ガクガクと身を震わせていた。彼女が夢の中で見た光景は、幼い少女が理解するにはあまりにも残酷な光景であった。いや、大人でさえも吐き気と嫌悪感を呼び起さずにはいられない光景であった。
「まさか、あの優しそうな司祭さんがそんなことをするはずがない…」
頭の中をぐるぐると思考がめぐる。とても正気を保てているとは思えない状況だった。
「そうだ…確かめないと」
そうして彼女は思い出す。確か今晩は司祭の歓迎パーティを行うはずだ。その時間司祭は家を留守にするはずである。まだこの村を訪れて間もない司祭の住居には鍵は掛けられていなかったのではないだろうか。その中を見れば事の次第が明らかになるだろう。もし、あのおぞましい光景が真実なのであれば、誰かに相談しよう。両親?いや、それとも村長か―――
スアビスの脳裏には今もまだ、囚われ感情を塗りつぶされた娘たちの悲痛に満ちた心情がこびりついていた。
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全身を黒で包んだ少女、魔女としか形容しようのない姿をした少女、リリスはとある町の路地裏を陽気に歩いていた。おおよそ、普通の人々が入りたがらない汚れた路地を進むと、一人の男が酒樽の上に座っていた。男を見るとリリスは唐突に口を開いた。
「全てのカラスは黒いわ」
リリスの唐突過ぎる言葉にも、男は顔色一つ変えずに言葉を返した。
「どうしてそんなことが言えるんだ?」
それを聞いたリリスもすぐに言葉をかえす。
「全ての黒くないものはカラスではないもの」
確かに、最初の命題の二重否定をとれば「全ての黒くないもの」について「それがカラスではない事」を調べれば「全てのカラスが黒い」ことを証明できそうだ。しかし、本質はそこではない。
「残念、俺は情報屋だからな。白いカラスだって見たことがある、で?何が聞きたい」
そういうと男はニヤリと笑った。
「魔女狩りについての最新の情報が知りたいわ。そうね、特に心を読む能力、あるいはそれに類するを持っている疑いのある魔女がいるなら、詳しく教えてほしいわ」
男は情報屋であり、先ほどのやり取りは情報を売り買いするための合言葉であった。




