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夢見の力(1)

 彼女、スアビスには生まれつき特別な力があった。人は夜に眠り、そして夢をみる。ある人は幸せな夢を、またある人は恐ろしい夢を。しかし、そのどれもが現実には何ら意味を持たないモノで、朝目が覚めて、仕事の準備をしていれば忘れてしまう類のものである。しかし、スアビスの夢は特別だった。


 スアビスの記憶にある最初の夢、そこでは二人の男女が互いに顔をそらしつつ、しかし互いを意識しあっていた。二人はスアビスの良く知る人物で、同じ村に住む好青年と妙齢の女性であった。男は女に聞こえないよう、スアビスへと耳打ちした。


「実は俺、あのリアラさんのことが好きなんだ…」


リアラというのはその妙齢の女性の名前であった。まだ幼く、好き、という言葉の意味を分かっていなかったスアビスが、その男の発言の意図について考えあぐねていると、今度はリアラがスアビスへと近づき、耳打ちをした。


「実はアタイは、あのレオンのことが好きなんだけど、どうにもそのことが伝えられないんだよねえ…アハハ」


またしても出た「好き」という言葉。スアビスは自分の家族のことを好いていたし、なぜこの二人がそんな言葉を伝えることをためらっているのかよくわからなかった。次第に景色はぼやけていき、スアビスの夢はそこで終わったが、夢の内容を覚えていた彼女は二人にそれぞれの好意を伝えた。


 それを聞いた二人ははじめ目をぱちくりとさせたが、すぐにお互いを見つめあうと、顔を真っ赤にして口を開いた。


「「あああ、あの!」」


「「「あ、いや、お先にどうぞ」」


ぎこちない会話であったがその後二人は結ばれることとなり、スアビスは二人の婚姻の儀にも招かれた。


「それにしても、どうやって僕たちのことが分かったんだい?」


のちにそう聞かれたスアビスだが、なんとなく、自分の夢のことは人には話さないほうが良い、そんな気がして。


「秘密!でも、二人のことは見てればわかったよ!」


とごまかし、それを聞いた二人はますます顔を赤らめたのだった。


 それからというもの、彼女は毎晩夢をみた。どうやら、彼女の夢はほかの人々の心の中につながっているらしく、人の感情や考えを思い知ることができるらしかった。しかし彼女は、その夢のことを言いふらすことはしなかった。幼いながらに、それが何か特別な事だと感じていた彼女は、夢の事は伝えずに、しかし、時々、彼女のできる範囲で村の人たちの問題解決をこっそりと手伝った。そのうちに彼女は、とても気が利く村一番の自慢の娘として村人たちに認知されるようになったのだ。それは彼女にとって誇らしいことで、また、暖かく素敵な日々であった。


 そんなある日、村に一人の司祭が赴任してきた。元々は開拓村であったその村にはまだ教会がなく、生活が安定してきた時期を見計らってついに司祭がやってきたのだった。


 「まさか、こんな辺境の村に司祭様が来てくださるなんて…」


村人たちの反応は上々だった。司祭が来たことで、ついに一人前の村だと認められたかのような気持ちだったのだ。スアビスにはまだよくわからなかったが、村の大人たちが嬉しそうだったので、彼女もつられてうれしくなった。


 「みなさん、出迎えていただきありがとうございます。私も司祭としてよくはたらき、早く皆さんの仲間の一員になりたいものですな…ははは」


そういって笑う司祭。彼には村の中でも一番立派な建物が割り当てられることになった。スアビスは知らなかったが、なんでもこの建物は元々司祭様が来ることが分かっていたために新しく建てられたものだったそうだ。


 「一体、司祭様はどんな方なんだろうな?」


 「ふむ、でも、優しそうな人だったじゃないか?」


 「ちがいねえ!」


村人たちは口々に新しく赴任した司祭様について噂をする。どうやら、大多数は彼の人柄に興味があるようであったが、夢見でそれを知ることができるスアビスにとってはそれほど関心のある事柄ではなかった。


 彼女の興味を引き付けたのはむしろ、彼の荷物であった。流石に都会からやってきた司祭様といったところか。馬車にのりやってきた彼は大量の荷物を携えていた。その中でもひときわ目立つ大きな木箱は、スアビスが余裕で入るほどの高さがあり、彼女の目を引いたのだった。


だからスアビスは、夢の中でその箱の中身についても知ることができたら良いな、と思いながらベッドへと潜ったのだった。果たして、その晩もスアビスはいつも通り夢をみた。スアビスの期待通り、その晩の夢は司祭についてであった。


「糞糞糞…誰が好き好んでこんな開拓村などに来るか!愚鈍な村人どもめ…司教めが余計な真似さえしなければ…」


 スアビスは司祭のそのあまりの変わりように一瞬思考停止した。彼が一体なんの話をしているのかは分からなかったが、彼がひどく暴力的な感情を隠しもせずに憤っていることは痛いほどに伝わってきたのだ。


「いい加減我慢の限界だ…箱をあけるか」


驚いたスアビスが立ち直るより早く、司祭は席を立つと、スアビスの目を引き付けたあの箱の前へと立った。そしてその箱に括りつけられた錠へと懐にしまっていた鍵を差し込むと鎖を外し、ついに箱を開いたのだった。


 司祭の目を通してスアビスが見たものは異様な光景であった。箱の中にはさらに鉄格子がしまわれており、その中にはたくさんの少女たちの姿があった。年のころは7~13といったところであろうか。お世辞にも栄養状態が良いとは言えない彼女たち。よく見れば全員、手足に枷を嵌められており、自由に身動きが取れないようだ。そんな状態で箱に詰められ馬車に揺れていたせいか、あちこちをすりむいており、また床ずれのように膿んでしまっている場合もあった。いや、よく見ればそれどころではない。その異常な状況の中でさえ、あまりにも静かな彼女たちに違和感を抱いたスアビスが見れば、彼女たちの喉は全員つぶされており、声が出せないのだ。ヒューヒューと呼吸の音がわずかに響くのみだった。


「おい、早く立て」


司祭は少女たちを強引に立たせると、自室へと連れ込んだ。自室へ入った司祭は懐から奇妙な道具を取り出した。幾何学的な模様が描かれたそれを彼が床に置くと、たちまちそこには扉があらわれた。扉というよりは蓋といったほうが良いかもしれないそれを司祭が開くと、不思議なことにそこには地下室があった。この家には地下室はなかったはずだが、魔法の品であろうか。疑問に思ったスアビスをよそに手慣れた様子で少女たちを地下へと連れ込む。そこから行われたことをスアビスはよく覚えていない。純粋な村娘が受け取る現実としてはあまりに悲惨に過ぎたのだ。夢の中のスアビスは当然少女たちの感情すらも受け取ってします。そして気がついてしまったのだ。彼女たちはとうに壊れていて、そこには彼女が普段ほかの村人たちに感じる温かみなどかけらもなく、ただただ深い恨みと絶望とがないまぜになった、溶けた鉛のような衝撃をスアビスは感じたのだった。


 そして翌朝目を覚ましたスアビスは初めて、自分の力を呪い、昨日見たものがタダの夢であることを切に祈った。


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