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The end of the witch (プロローグ)

 焦げ臭い匂いが鼻をつく。燃えていた。何もかもが燃えていた。そこらじゅうから、聞こえるパチパチという音が重なり、それはまるで、誰かの偉業を称える拍手喝采のようにも聞こえた。


 時折燃え尽き崩れる建物以外、動くもののないそこは、かつて、いや、つい先程まで王都、と呼ばれこの辺りで最も栄えた都であった。


 襲撃は夜に行われた。ほとんどの人々が寝静まった平日の夜中。突如として発動した、国一つを覆う大規模魔法。国民全員が強制的に昏睡状態に落とされて間もなく、王都の路地裏に陽気な、しかしどこか不気味な鼻歌が響いた。


「だれもが眠る丑三つ時」


 コツ、コツとヒールが鳴らす甲高い足音が、その主の存在を主張するように路地に響いた。


「一つ燃やすは母のため」


 透き通った、しかしどこか不安を想起させるその歌声は、静まり返った路地には良く響く。


 シュッ、と何かをこするよな音が響けば、じわじわと闇がはれ、あたりが赤と橙に染まっていった。


「二つ数えて思い出す、悶え苦しむ父の顔」


 よく見ればそれは建物についた焔であった。歌声ともに一つ、また一つと建物が火に包まれていく。


「見分けもつかぬ母の顔、父が愛したそれは、八重歯の可愛い人でした」


 王都中の建物が業火に包まれているというのに、不気味なほどに静かであった。また一人、また一人と自分に何が起きたのか、気がつくこともなく灰になっていく。


 しかし、どうやら例外もあったようだ。何か可燃物に引火したのだろうか、突如、大きな爆発音があたりに響いた。


「な、一体何事だ・・・?」


 その暴力的な音に強引に起こされたのは、就寝用の豪奢なガウンをまとった男。品の良い調度品に囲まれた部屋の天蓋付きのベッドで目覚めたのはこの国の長であった。


 事態を把握しきれない男が窓際に立つと、空が見たことのない赤色に染まっていた。


「こ、これは・・・?」


 その異常事態に寝ぼけていた頭が覚醒していくことを感じながら、男はついに気が付いた。眼下の町が燃えている。男の栄華を象徴するはずの都が、不気味な静けさを保ちながら燃えていたのだ。


「ば、ばかな・・・!?おい、これはいったいどうなっている!?誰でも良いから説明せんか!」


 窓からのぞく一面の赤い海にうろたえた彼は半狂乱になりながら部下を呼ぶ。まもなく、ドタドタ、と焦るような足音が響いたかと思うと、ドアの影から、彼の信頼する騎士団長の顔が覗いた。


「おお!騎士団長!これは一体ーーー」


 一瞬、安堵の表情を浮かべかけた王の顔は硬直した。ドアの影から覗いたのは、彼の信頼する騎士団長の、文字通り首だけだったからだ。


 乱雑にその髪の毛をつかみ部屋に入ってきたのは一人の女だった。全身に黒いローブを纏ったその女は、年のころは17いや、18だろうか。まだ幼さを残す顔立ちに、しかし不釣り合いなほどの不気味さを醸し出した女は、笑顔で王へと近づいて行く。


「こんばんは、国王様、月がきれいですね」


 そのあまりに不気味な、そう、魔女としか形容しようのない出で立ちに、思わず国王は拒絶の意思を込めて叫ぶと後ずさった。


「ひっ・・・ま、魔女めっ!何をしにきた!」


 その怯える声を聞くと魔女は満足そうに微笑んだ。


「あらあら、今回は正解ね。そう、私は魔女よ。」


 クイズに正解した子供をほめるような声色で告げた彼女はその目を細めると、今度は低い声色で再び男へと尋ねた。


「それじゃあ、10年前、あなたの焼いた村には、本当に、私のような魔女がいたのかしら?」


 魔女の唐突な切り返しに、王は虚をつかれたが、すぐに何かを思い出したような顔になる。


「何を突然訳のわからないことを・・・ま、まさかあのときの魔女狩りのことを言っているのか?」


 青ざめた様相になる王。王の返答が的を射ていたからであろうか?魔女は楽しそうに、今度は再び優し気な声色で、まるで物語を子供に読み聞かせるように言葉を続けた。


「村には小さな女の子がいました。女の子には夜にこっそりと村を抜け出す趣味があったのですが、

ある夜、女の子が村に戻ると、そこは既に炎に包まれていました」


 そういうと、何かを大切な記憶を思い出すかのように魔女は穏やかな顔で目を閉じた。


「慌てて家へと駆け込んだ彼女でしたが、何もかもが既に手遅れでした。母親は、寝ている間に焼けたのでしょうか、ベッドだったものの上で炭になりました。それはあまりにも酷い様相で、かろうじて焼け残った八重歯がなければ、きっと母親だとは分からなかったでしょう」


 言いながら彼女が撫でつけるのは胸にかけられた装飾品。象牙かとも思っていたそれの正体に思い当たった王は顔を一層青ざめた。


「く、狂っているのか・・・?」


 王が怯えと共にこぼした言葉を気にも留めず、魔女は物語を語り続けた。


「父親は母親を助けようとしたときに下敷きになったのでしょうか。家の柱だったものの下で、かろうじてその苦悶の表情が見て取れる程度の焼き肉になって死にました。あまりにも損傷が酷かったから、今でもそれが本当に父親だったのか、女の子には確証が持てません」


 一息に語り終えた魔女が再び目を開き、王の双方を見つめると、再び声色を変えて、脅すように王へと告げた。


「さて、奇跡的に生き残った女の子は、一体なにを願ったのでしょうか・・・?」


 全身に悪寒を感じつつ、険しい顔で王は声を絞り出した。


「なんだ・・・何をいっている?まさかお前がその少女だとでも言うのか!?だとしたら魔女狩りをしたのは正しい判断だったじゃないか、貴様のような邪悪な魔女がいたというのなら―――」


 しかし、王が話を続けることはできなかった。


「ーーーあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」


 王の右足に、魔女の投げた焼けたダガーが突き刺さっていた。


「女の子は、一体なにを願ったのでしょうか・・・?」


 何事もなかったかのように、平然と質問を繰り返す魔女。恐怖と怒りとで我を忘れた王はつい叫んでしまう。


「ふざけるな!自分が何をやっているか分かっているのか!おまえはあ゛あ゛あ゛ガアア」


 魔女が触れていないにもかかわらす、ひとりでにダガーが動き、王の傷を抉る。継続的に与えられる痛みに呻きながら王は、ついに懇願を始める。


「や、やめてくれ・・・。頼む、違うんだ、あの村を焼いたのだって・・・知ってるだろ教会、教会には逆らえないんだ!」


 先びながら王は、ハッとした表情を作り、額を地面にこすりつけ始めた。


「そ、そうだ、俺は悪くない。許してくれ・・・あれは教会の指示だったんだ、わしだって本当に魔女が居たかどうかなんて知らされていない、拒否権などなかったのだ!!」


 意外なことに魔女は王の言い分にうなずいて返した。


「そうね、教会が元凶だってことは、私も知っているわ。王権を担保するのは教会の神秘、だから、いかなる国家の王族も、教会には逆らえない、そうでしょう?」


 冷静な魔女の様子に希望を見出したのか、王は少しだけ饒舌さを取り戻した。


「そ、そうだ!知っているのなら分かるだろう!わしだけではない、王族は教会に逆らえない。わしだけこんな目にあうのは理不尽・・・そうだ理不尽だ!」


 理不尽だ、理不尽だと叫び続ける王に魔女はそっと優し気なほほえみを向けた。


「理不尽、そうねこの世の中は本当に理不尽だわ。あなたの今の気持ち、心の底から、本当に、痛くていたくていたくて痛いほど分かるわあ。でも・・・そうじゃないの。」


「女の子は、一体なにを願ったのでしょうか・・・?」


 意味が分からない、さっきまで会話が成立したと思っていた王は、突然振り出しに戻ったその質問を処理することができず呆然としてしまう。


「残念だけど、そろそろ時間切れかしら?教会がどうとか、誰が悪いとかどうでも良いの。女の子は、この理不尽な世界の全部に復讐をすることを願ったの。」


 一転して感情のない声でそう告げると魔女は踵を返した。


「ムルムル、食べて良いわよ。」


 魔女がそう告げると絶叫とともに王の姿は消え、その場には影だけが残ったのだった。


「安心して、後でちゃんと教会のやつらも皆殺しにしてあげる。みんなが理不尽な目に合うなら、『わしだけ』じゃないでしょ?」


 魔女は闇に溶けるように姿を消し、そうして間もなく、城は焼けながら崩れ落ちることになった。



□□□



 なにもかもが燃え尽きた王都。一面を見渡すことの出来る高台に魔女はいた。


「すべて、終わったのね・・・ねえ、ムルムル?」


 魔女が空に向けて言葉をつぶやくと、一人の少年が姿を表した。本を片手にもち、メガネをかけた銀髪の知的な、どこか異国の貴族のような風貌をした少年は言葉を返した。


「そうだね。ついに君の復讐は果たされた。あーあせっかく楽しかった君との旅もここでおしまいかあ、ちょっと残念かな。」


 そういって王都の方を向くように顔をそむけた少年の名前はムルムル。たった今王都を滅ぼし復讐を果たした美しい黒髪の魔女、リリスに知識と力を与えた悪魔である。


「何を言っているのよ。確かに当初の目的であった王都の壊滅は果たしたわ。けれど、まだ大本命の教会だって残っているし、それに―――」


 リリスはその美しい瞳を少年へと向けると、両頬を薄く紅潮させながら言葉を続けた。


「ムルムル、私、あなたのことを愛しているの。私にとってあなたは、ただの復讐のパートナーなんかじゃない、もっとずっと特別な―――」


 その唐突な告白を、しかし少年は彼女の口に指を当ててさえぎった。


「いいや、終わりだよリリス。確かに君は美しいし、聡明でもある。僕にとっても最も好ましい種類の人間だ。君との旅は大層甘美であった。実のところ、長く存在している僕のこれまでの出会いの中でも君ほどの逸材は見たことがないほどだ。もし僕が有限を生きる存在であったならば、間違いなく君と共にあり続けることを選んだろうね。」


 その突き放すような口調に焦りを浮かべながら魔女は少年との距離を詰めようとする。


「そ、それなら―――」


 しかし、魔女が少年に向かって近づこうと足を踏み出したその瞬間、


 魔女は己の腹部に熱いほとばしりを感じた。


 何が起きたのか、魔女が認識する前に、すぐさま胸にもなにかが突き立てられた。焼けつく痛みで気が付いたそれは銀のナイフ、そしてその柄を握るのは、まだ10にも満たないであろうかというみすぼらしい少女であった。


「お母さん、お父さん、ケイン、やった!やったよ!私、ちゃんと…殺せたよ!殺せたよ!」


 うつろな目で半狂乱になりながら、誰かの名前と共に、殺せた、殺せたと叫ぶ少女。本来であればただの少女のナイフ程度では殺すことのかなわないほどに力を蓄えた魔女であったリリスは、しかし、確実に己の命が零れ落ち始めるのを感じていた。


「魔法のナイフ、それにこれは、エイボンの霧の車輪・・・?」


 唖然とした様子で口を開く魔女、その表情は狡猾な魔女というよりも、もはやただの少女リリスであった。


「なんだ、知ってたのか。流石に聡明な君のことだ、もしかして、あのことも気が付いていたのかな?」


 いつもリリスの前では、穏やかな表情を崩すことのなかった少年、ムルムルの口角はわずかに引きつり、まるで笑いをこらえているかのようだった。


「教会の神秘は本物だ。そこらの魔女が使うモノとは違う。君の故郷が燃やされた時、君が助かったのは偶然なんかじゃない。教会の探知から逃れられるように、僕がそのエイボンの霧の車輪を仕掛けておいたからさ」


 説明をするや否や、ムルムルはその端正な顔立ちを突如として歪ませ、引き裂けんばかりに大きく口を開いた笑い始めた。


「あははははっははははっはははははっはは! 流石、教会から君をかくまった道具は優秀だね。成長した君が、こんな小娘一人を見逃してしまった。リリス、君は、君の命を救った術によって命をおとす。皮肉が効いていていいね!ちなみにそのナイフも僕の特製。魔女を殺すためだけに特化させた一品ものだよ!」


 崩れ落ちる魔女。うつむきながら地面へと倒れ伏すその表情をうかがい知ることはできないが、痛みのせいか、あるいは別の感情か、その身は震えているようにみえた。


「なかなか楽しかったよ、リリス。でも、君の復讐は終わってしまった。ここからはもう面白くなることはないと思うんだよね。だから、僕は次に行くね。まったく、退屈も極まると悲劇だよ。永劫の時を生きるってのはさ?」


 得意げな顔でその場を去ろうとする少年の背中に向けて、悲痛な表情を浮かべたリリスは、最後の力を振り絞るように言葉を紡いだ。


「そんな、ムルムル・・・私は・・・でも、お願い・・・これだけは、信じて・・・」


 私は、あなたを―――その言葉が最後まで紡がれるより前に魔女は息絶え、辺りには静寂が訪れたのだった。


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