第16話 氷楯鋼心 後編 #2
主人公覚醒イベントその4
逆転からの無双は主人公の特権です
※7/1 日間VRゲーム〔SF〕BEST100 71位にランクインしました。
ありがとうございます!
「どんな隠し玉かと思ったらただの武装強化か!その程度で、俺をどうにかできると思ってんのかァ!」
グラファイトは一蹴すると、俺に突進を繰り出す。
〈初起動で不具合があるかもしれません。今回のみ、私がオペレーション致します〉
「サンキュー、アズ!」
合わせて走り出した俺たちは、相手の武器目掛けて真っ向から叩きつけ合う。
木々をへし折れそうな全力の一合を経て、奴の顔が驚愕に歪んだ。
「ビクとも、しねぇ!?」
二合、三合と回数を重ねても事実は変わらない。
渾身を込めたグラファイトでも、この氷の楯を貫けずにいた。
〈≪氷晶練成≫起動により、ヒュージのVIT、並びに種別・楯の能力値が大きく上昇しています。後継ジョブを修めた者でも【衰弱】などのバッドステータスを受けたままでは、ダメージを通す方が難しいでしょう〉
アズのオペレーションをかき消す剣戟の音が響き渡り、グラファイトが棍棒をへし折らんばかりの膂力で握りしめた。
「≪動天衝≫!」
閃光を放出し、闘気を纏った棍が俺を破砕せんと迫る。
思わず下がりそうになった足に檄を入れる。
チャンスを掴むのなら、恐れずに前に進むしかない!
「《シールドラム》!」
蒼銀に変化したスキル光を飛び散らせた氷壁を振りかざし、真表より迎え撃つ。
「ラアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
「ハアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
俺もグラファイトも、拮抗を破るべく得物に力を籠める。
激突し、行き場を失った二色の閃光が物理的な衝撃に転化し、周囲の地面を吹き飛ばしていく。
「だらっしゃぁッ!」
裂帛の気合と共に楯を深くねじ込み、均衡を突き崩す。
蒼氷がグラファイトを捉え、大きく跳ね飛ばした。
「ぐおおおおおおおおおおおおッ!?」
きりもみしながら背後の樹木をへし折り、巨体が地面に伏した。
受け流すだけが限界だったグラファイトのスキルを真っ向から受け止め、破るなんて。
しかもさっきまでは受け止めるたびに痺れるような痛みがあったけど、今はそれすら感じない。
「いくらなんでも絶好調すぎるだろ、俺……」
〈≪絶凍外套≫により、VIT基礎値の150%のダメージへの抵抗性を獲得していますので、ダメージは確認できません〉
「≪城塞外套≫じゃないのか?」
〈≪氷晶練成≫により≪城塞外套≫の性能を限定解除しています〉
「名前まで変わるなんて、オタク心をくすぐってくれるな」
アズがパレットを遠隔操作し、≪氷晶練成≫の詳細を表示する。
マジックアイテムで上昇していたおよそ1000のVITは5000に迫るほどに大幅上昇。
パッシブスキル≪城塞外套≫は150%のダメージ軽減に加え、冷気属性の完全なシャットアウトする≪絶凍外套≫へ変貌している。
それに付け加えてこの常時発動スキルには他に2つの効果を備えていて――、
「クソが!調子に乗るんじゃねぇぞ、ルーキー!」
修羅の形相に変わったグラファイトの攻撃を受け止めた瞬間、赤い鎧が光を放ち始めた。
「もう一度凍り付きな!≪自縄自縛≫!」
「ぐっ!?」
脳天を殴りつけられるような衝撃が突き抜け、身体が勝手によろめいてしまう。
【バッドステータスの【氷結】の発生を確認しました。種族スキル≪鉄騎兵≫によってバッドステータス【猛毒】、【衰弱】、【麻痺】、【空腹】がカットされました】
バッドステータスの反射スキルをもろに受け、種族スキルで打ち消せない【氷結】が発生する。
寄りにもよって発生個所は俺の右腕で、保持していた大楯ごと関節まで凍結してしまう。
「右腕、貰ったァ!」
機宜と獰猛に嗤い、グラファイトが棍棒を俺の右腕目掛けて打ち下ろした。
狙い済まされた奴の一撃は――
【スキル≪絶凍外套≫によってバッドステータス【氷結】をカットします】
「なに、がッ!?」
ひとりでに砕け散った結晶を煌めかせた右腕が先にグラファイトの顔面を打ち据え、阻んだ。
「悪いな、センパイ。どうやら【氷結】とかのバッドステータスも効かなくなったらしい」
≪絶凍外套≫が展開されると、【氷結】など低温によって引き起こされるステータス異常を無効化できるようになる。
「氷を扱うモードである以上、自分がなっちゃ世話ないからか」
「一人でペラまわしてんじゃねぇぞ!」
鉄棍と氷楯が再び、打ち合わされる。
戦術など知らない。
駆け引きも投げ捨てた。
ただ、こいつだけには負けたくない。
俺の方が奴よりも強い。
子供じみた対抗心を燃やし、森林地帯を激走しながら切り結ぶ。
〈ヒュージ、タイムリミットが迫っています。180秒を切りました〉
画面上部のカウンターを打ち見する。
≪氷晶練成≫は強力な自己強化スキルだが、当然の如く持続限界が設けられている。
現在の俺では最大300秒が限界であり、それ以上の起動はオーバーロードを引き起こして自爆。
宿主を失ったエネルギーが周囲一帯を凍り付かせてしまうらしい。
ただのデスペナルティ一つで大惨事を引き起こしかねない時限爆弾と化す、それがこの氷装束を纏うリスクだ。
〈インターバルを必要とするため、次使用は20時間後です〉
「安心しろ、こいつに次なんか与えない!」
〈では、カウントを開始します。残り792より〉
アズの声を激励として、力を振り絞る。
今勝たなきゃ意味がない。
不屈の闘志を血流として、蒼い残光を引いてグラファイトに食いついていく。
「テメェ、なんなんだ!チート使ってんのか!」
「あ、え?チート?」
紫電の尾を靡かせたグラファイトの言葉に、思わず呆気にとられてしまう。
チートって確か、インチキ、だっけ?
「ビギナーがここまで喰らい付くのはありえねぇ!知らねぇ!何でそこまで耐えやがる!〈エクスマキナ〉だろうが、ここまでの理不尽があってたまるかよ!」
横薙ぎの一撃を払い、がら空きの胴体へ潜り込む。
≪シールドラム≫の一撃が奴の顎を捉え、閉口させる。
「確かに、これはズルだよな」
勝てる瀬戸際で新スキルを手にされ、遥か格下に逆転される。
既に優位不利は逆転し、今となっては俺の楯を捌くので精一杯。
そりゃあグラファイトからしてみれば、文句の一つでも言いたくなる展開だ。
「だから、お前が俺をチートだとか言いたいなら勝手に言えばいい。俺もお前に勝ったなんて思えないからな。いくらでも泥をかぶってやるよ。けどな!」
反撃とばかりに振り下ろされた棍棒を弾き飛ばし、≪シールドラム≫のラッシュを繰り出しながら俺は吠える。
「負けるよりはよっぽどマシだ!ルーチェさんがゲームを全力で楽しめるように!俺はッ!!今ッ!!!お前に勝たなきゃならないんだよ!!!!」
アクセサリーを取り返して、それで全部丸く収まるわけじゃない。
PKされたトラウマは簡単に乗り越えられない。
それでも、俺はルーチェさんやウェンディと、始めて出来たフレンドと楽しく遊びたいんだ!
グラファイトに我武者羅に楯を殴りつけられ、図らずも俺たちは距離を取った。
「抜かせよ、雑魚が!お前らクズが俺に勝つなんてありえねぇ!あったらいけねぇんだよ!」
グラファイトはガラス瓶を取り出すと、かみ砕いた。
口回りが血だらけになるのも構わずに嚥下した瞬間、奴の右腕を覆っていた氷がはじけ飛んだ。
〈〈エリクサー〉の使用を確認しました〉
「バッドステータスの回復薬って名前じゃないよな」
〈はい。使用するとバッドステータス、HP、MPの最大値まで回復する【BW2】における万能薬です〉
格下には使わないと言い放っていたグラファイトがプライドを捨てて、それほどまでのアイテムを使用した。
俺を初心者と侮った恥辱は、全力で俺を下すことで雪ごうとしている。
だが、絶望は去来しない。
もう雌雄は決しているのだから。
「アズッ!」
〈計測結果に変化はありません。対象のLUKは0で固定されています〉
激昂していて、奴は気付いていない。
≪氷晶練成≫によって、攻撃を防御する度、そしてダメージを与える度に奴のLUKを削り取っていたことに。
そして、最後に楯を殴ってしまった為に自身のステータスを0にしてしまったことに。
あらゆる異常をたちどころに癒す万能の霊薬を持ってしても治癒できないたった一つの悪目。
それこそ、俺が掴んだ勝利の可能性!
〈ヒュージ、≪氷晶練成≫持続可能時間が60秒を切りました〉
アズの言葉が、ファイナルラウンドのゴングとなった。
先に動いたのは――グラファイト。
「≪爆砕螺旋槌≫!」
今まで以上の闘気を解き放ち、紫電の破壊螺旋を自慢の棍棒へと収束させる。
それだけで奴の周囲の木々は暴れ狂い、なぎ倒されていく。
最大の破壊力と謳ったのはなにも過大ではない。
これが、万全のグラファイトの全力。
いくらVITが威力に直結する≪シールドラム≫でも、この致命の一撃を迎え撃つのは到底不可能だろう。
〈≪氷晶練成≫の完全解放を推奨します。解除方法は――〉
「分かってる!」
脳裏に鮮明にイメージされた巨大な氷の結晶。
使用するための手法は同時に出力されていた。
「鋼心解放ッ!」
気迫に呼応するように〈グレイシャル・バレット〉の全エネルギーが俺の制御を離れ、葉脈のように全身を走るラインから粒子を周囲に迸らせる。
氷を纏っていた楯が冷気が噴き出し、破裂したように氷楯を一回り大きく変身させる。
これが、邪心を氷砕する最後の一打。
「レッキングリフレイザーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
二の太刀など考えない、渾身の一撃。
互いの必殺撃がぶつかり、俺の視界に雪片が舞い散る。
拮抗したのも一瞬、散らした紫電もろとも鉄棍が凍て付いた。
右腕を蝕んだ絶氷は瞬刻待たずに、奴の全身を覆いつくしていき――
「カス如きに俺が、」
最後まで謗りを残して、物言わぬ氷像と化した。
〈対象の完全凍結を確認しました。≪レッキングリフレイザー≫使用により、≪氷晶練成≫維持エネルギーの限界値に到達。フェイズ1を解除します〉
フレームの隙間から白煙を排出し、楯を覆っていた氷が氷煙となって解ける。
ダメージすらない煙を浴びせられただけで、グラファイトだった氷塊は音もなく崩れ去った。
〈≪レッキングリフレイザー≫は対象を一瞬のうちに冷却し、粉砕する【神楯機兵】最大火力のスキルです。その凍結成功率は対象のLUKが0に近付くほど確実となります〉
「じゃあLUKを見抜くアイテム探さないとな」
軽口を叩く俺目掛けて、氷片から光が飛び出した。
光に包まれるように、何かが浮かんでいる。
「ルーチェさんの、アクセサリー……」
まるで意志を持つように、俺の手に収まった。
細心の注意を払って確認してみるけど、傷がついてる様子はない。
「よかったぁ~~~!」
安心から遂に緊張が解けた。
グラファイトに勝った実感と疲れが一度に押し寄せてきて、大の字に倒れこんでしまった。
くそ、こんなことやったら折角のボディに傷が付いちまうのに全く動けない。
「アズ、ありがとうな。オペレーションしてくれて助かった」
〈でゅふぇへへへ……〉
締まりのない笑声が耳朶を擽る。
最後まで真面目モードを持たせてくれよ。
「≪氷晶練成≫、次は一人で使いこなしてみせるよ。見ててくれ、アズ」
〈はい。ヒュージが可能性を超える姿を、ずっ………………と見ています〉
そう言い残して、頼もしいAIは去っていった。
最後の言葉で背筋が凍りそうになったけど、気のせいだよな。
「あ」
見上げた月の傍らに、テラ美さんの紙片が浮かんでる。
俺は取り戻したアクセサリーを空に向けた。
「なんとかなったよ、ルーチェさん」
だから、次に会ったときは笑っていて欲しいな。
次回は早いうちに。
ブクマ、評価、感想など励みになります。
対戦よろしくお願いいたします。




