第15話 氷楯鋼心 前編 #2
主人公覚醒イベントその2です。
まずい。
まずいまずいまずい!
白熱した神経が一気に冷えた。
反射的に楯を突き出し、後退する。
「自縄自縛」
奴の全身から放たれた閃光が、俺の周囲を取り巻く。
光が俺をすり抜けた瞬間。
「う、があああああああああああああああああああああ!?」
身体が千々に引き裂かれるような衝撃が、全身に迸る。
【バッドステータスの【氷結】の発生を確認しました。種族スキル≪鉄騎兵≫によってバッドステータス【猛毒】、【衰弱】、【麻痺】、【空腹】がカットされました】
「な、んだと……!?」
真紅の警告ウィンドウと、〈エクスマキナ〉の三面図とデータが視界を覆いつくす。
処理できる情報量を超えるデータに圧倒され、無意識に足を引こうとして、気が付いた。
「脚が凍ってる!?」
白い氷が俺の膝まで覆いつくし、その場に縫い留められている。
地面と硬く結びついた氷は俺の力ではビクともしない。
「おいおい、何驚いたような顔してんだよ」
首を鳴らし、グラファイトがやおら立ち上がる。
≪シールドラム≫の直撃を受けても、全く堪えていない。
「こっちはPK専門だぜ?人と殺り合うってんなら状態異常対策なんざしてるに決まってんだろうが」
「お前の場合は、自分が受けたバッドステータスをそのまま相手にも与えるってところか」
「ご名答。【ルーヴィング】の【陰陽師】系ジョブのスキルだ」
俺を見下ろすグラファイトが笑う。
耳まで届くほどに裂けたその表情は、月の逆光に照らされ人よりも悪魔のそれだ。
「まさかビギナー如きにこれを出させられるとは思ってもみなかったぜ」
「言っただろうが。舐めんなって」
「そこのところは訂正しねぇとな」
つまらなそうに告げ、「ところで」と話題を切り替えた。
「俺がなんで無効化じゃなくてバッドステータスのコピーなんて面倒くせぇスキルを取ったのか、教えてやるよ」
肩を温めるように一回しすると、棍棒を振り上げた。
「お前みたいな小細工が成功してドヤ顔して勝ったと思ってるやつの鼻っ柱が折れる瞬間がサイコーにたまらねぇからなんだよ!」
グラファイトが攻勢に転じる。
スキルさえ使わない通常攻撃だけなのは、俺を嬲りたいからか。
凍り付いた両脚では上手く衝撃を逃がせず、確実にHPが削られていく。
「どうしたどうしたァ!さっきまでの威勢はどこ行っちまったんだよ!」
「クソったれめ……!」
このまま削られるわけにはいかない。
滅多打ちにされながらもチャンスを探る。
幸いイベントリには予備の〈ドライフロスト〉が残ってる。
何とかチャンスを作ってこいつを叩きこんでやれば――。
「その眼、まだ諦めねぇのかよ」
「あたりまえだろうが!勝つって決めてんだよ!」
盛大に舌打ちをひとつしたグラファイトの棍棒がわき腹を捉える。
「ぐぅッ!」
視界が白く染まるほどの痛みに、ありもしない胃液がこみ上げそうになる。
「だからテメェら初心者は嫌いなんだ!中途半端なやる気がありゃ何でもできると思ってる能天気さがイラつかせるんだよ!」
「……だから、初心者ばかり狙うのか?」
正解とばかりに棍棒が俺の顎をかち上げる。
脳が激しく揺さぶられ、頭の中がぐちゃぐちゃになる。
「【BW2】になってからプレイヤーの質は落ちちまった!エンジョイ勢だとかライト勢だとか半端な連中がのさばって、見るに堪えねぇ!本気でやらねぇ連中が幅を利かせるのは古参にゃマジで迷惑なんだよ!」
感情が迸るにつれ、いよいよグラファイトの舌は回りだす。
「だから、俺たちが正してやってるのさ!強引な手段だろうが、結果的に尻切れトンボな連中を排除してい遣ってるんだからな!」
「……」
「強さを測るゲームで適当に遊んでるのはみっともねぇ!虫唾が走るし全然理解なんざできねぇ!PKは言い換えりゃお前らの為なんだよ!」
「俺たちの為……」
「そうさ!だからこれは!」
オウム返しにした俺を砕かんと天高く棍棒が振り上げられる。
「先輩からの優しさってやつなんだよ!」
瞬間、頭の中が空白となった。
「――ッ!」
振り抜いた左拳が奴に当たる直前に爆発する。
白く立ち上った煙が奴の顔を覆い隠す。
【〈ドライフロスト〉の直撃を確認。対象にバッドステータスの【氷結】の発生を確認しました。バッドステータスの【氷結】の発生を確認しました】
「テメェ、まだ持ってやがったのか!」
煙から飛び出てきたグラファイトは咄嗟に右腕で防いだらしい。
二の腕まで侵食していた氷が、再度【氷結】を与えられたことで肩口まで覆いつくされている。
「けど失策だな!テメェも左手が使えなくなってんじゃねぇか!」
グラファイトの嘲笑が森に響き渡る。
握りつぶしてしまったから、俺の左腕も肘まで凍り付いている。
だが、それがなんだ。
「取り消せ」
「あ?」
「今の言葉は、取り消せよ」
俺の言葉に、グラファイトは一瞬だけ呆けたような表情をして、
「ハハハハハハハハハハハハハハハ!」
空を仰いで馬鹿笑いをしやがった。
「なんだよ、聞き間違いか?それとも寝言か?」
寝言とは言いえて妙だ。
PKだろうが一プレイヤーだ。
褒められたプレイスタイルじゃないにしてもその遊び方を否定することに、多少なりとも罪悪感を感じていた。
ルーチェさんとの約束を破ってまでPKすることに、ためらいさえあった。
だけど、それは俺の妄想だったらしい。
「エンジョイ勢で何が悪い。中途半端で何が悪い。人がどんな遊び方をしようが、そいつの勝手だろうが」
ルルねぇの言葉通り、この世界では現実では味わえない色々なことに挑戦できる。
数えきれないほどの楽しみがある以上、何に全力になるかは人それぞれだ。
――〈七機兵〉オペレーションプログラムNo.4承認開始
「少なくとも、俺が出会ったやつらはみんな笑ってた。喜んでた。泣いてた。悲しんでた。一生懸命このゲームを楽しんでたんだよ」
アクセサリーを手渡した時の、ルーチェさんとウェンディの顔が脳裏をよぎる。
温度差はあったけど、2人は凄く喜んでくれた。
その表情を見て、俺と同じ気持ちだったんだって知って、恥ずかしいくらいに嬉しかった。
――条件確認 第一条件 【氷結】付与強度合計4以上・成立
「始めたばかりで手探りでもどかしい気持ちはあるけど、少しずつでも好きになりつつある気持ちはそれより大きいんだ。中途半端だなんだって、一方的に決めつける権利がお前如きにあるものか」
それをこいつは、自分の身勝手な主張を掲げて踏みにじった。
蔑ろにされた奴らが、どれだけ傷ついているのか知らないからこんな愚行が出来るんだ。
赦せるわけがない。
――第二条件 【氷結】状態経過時間300秒以上・128秒後達成見込み
「だから、邪魔すんじゃねぇよ老害。俺たちの一生懸命の気持ちはこれでいいんだよ」
自分たちの気持ちまで、否定なんてさせない。
腹の底からこみ上げる感情が形作った純然な言葉も、グラファイトには届かない。
取るに足らないと、嘲り笑う。
――102秒
「ご高説お疲れ様だが、その状態で何ができるって言うんだ?足も腕も碌に動かせねぇで」
「決まってんだろ。お前をぶちのめす以外に何がある?」
左腕は動かない。
脚なんかもうとっくに感覚さえない始末。
ウェンディに頭を下げて得た借金で買い込んだアイテムも使いきった。
絶望的な状況に笑いさえ出そうだ。
だけど、ここで折れるわけにはいかない。
いかなくなったんだ。
――68秒
「お前みたいなカスに、絶対に負けるかよ!これ以上、誰かの気持ちは踏みにじらせねぇ!」
「大きく出てんじゃねぇ、雑魚が!」
奴が闘気を爆発させる。
吹き荒れる暴風の如き風圧を逆巻かせ、グラファイトの鉄棍が紫電を放つ。
――26秒
「俺の最大火力をくれてやる!消し飛べや、ルーキー!≪爆砕螺旋槌≫ィィィィィィィィィィィィィ!」
「≪シールドラム≫!負けるかよぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
最大火力の言葉通り、≪シールドラム≫と激突し飛び散ったスパークだけでも、地面を焼き、木々を溶かし、全てを光に飲み込んでいく。
それは俺の視界も例外ではなくて――思わず、目を、閉じた。
――0秒
――第二条件 達成
――第三条件 種別:楯による防御成功数400回以上 成立
――第四条件 ≪城塞外套≫によるダメージカット10,000以上 成立
全ての条件を満たしました。
これよりセットアップオペレーションを開始します。
カクヨム版に追い付いた為、次回更新は三日以内となりますのでご了承くださいませ。
ブクマ、評価、感想、どんとこいです。
対戦よろしくお願いいたします。




