第13話 暗雲ターニング -Robber- #2
クソ重回後半
「お゛と゛う゛と゛く゛ん゛、ふ゛し゛て゛よ゛か゛っ゛た゛よ゛ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「全身の関節から聞いたことのない異音ぐぁぁぁぁぁ!」
クランマスターの顔から一転、いつものルルねぇとなった俺の姉はわんわん泣き出して未だパニックのままの俺を万力の如き力で抱きしめる。
「待ってルルねぇ!俺まだ状況が全然呑み込めてなくぅぅぅォォォォォォォ!」
「そ゛ん゛な゛こ゛と゛と゛う゛て゛も゛い゛い゛の゛!お゛と゛う゛と゛く゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛!」
ヤバいヤバい!
なんか画面にパーツに過剰負荷がかかってるって注意マーク出てるんだけど!
「こら、ルル。やめないか」
テラ美さんがルルねぇを容易く引き剥がす。
俺じゃびくともしなかったのに、なんてSTRなんだ。
「キミが弟クンをデスペナルティにしてしまったら本末転倒だろう」
「た゛っ゛て゛ぇ゛!」
「抱くなら私を抱き給え」
これただの嫉妬だな?
「弟クン、大変な目にあっただろうが街まで戻ってこれたんだ。もう安心してくれていいよ」
「街?」
テラ美さんに言われて気付いた。
俺たちはいつの間にか、『ティミリ=アリス』の大正門の前にいる。
片道2時間の道を一瞬で移動したのか?
「これでも手品は得意なんだ。あまり深く聞かないでやってくれ」
ブックホルダーの本を俺から隠すように手で覆った。
それよりも、とテラ美さんは表情を引き締める。
「デスペナルティになった2人も街に戻ってきてるはずだ。噴水広場がリスタートポイントになっているから、早く行って安心させてあげるといい」
「テラ美さんたちは?」
「私たちは情報整理のためにクランハウスへ戻るよ。何かあれば、弟クンもクランハウスへ来てくれ」
「ありがとうございます」
「い゛っ゛ち゛ゃ゛や゛た゛よ゛ぅ゛、お゛と゛う゛と゛く゛ん゛っ!」
クランハウスとやらの場所を送ってもらった俺は2人に一礼するなり、広場へと走り出した。
走るつもりはなかったのに足が急いでしまうのは、PKに死の恐怖を味わわされたからか。
ウェンディに会ったら、なんで庇ったんだって怒鳴ってやる。
ルーチェさんには守れなくてごめんと謝ろう。
それで、いつも通りに冒険をして忘れてしまおう。
PKなんて笑い話にするくらいに楽しいものを。
あれやこれやと想像しながら、俺は噴水広場へと到着した。
「ログアウトしてないなら、どこかに……あっ」
イベントの追い込みとあって、広場は閑散としている。
噴水の向こう側に2人の姿が見えた。
移動されていたらどうしようかと心配してたぞ。
「ウェンディ!ルーチェさん!」
「「!」」
2人が揃って振り向き、俺はのどまで出かかった言葉を吐き出せなかった。
いつもの快活な笑みではなく、血の気のひいた青い顔のウェンディに。
「ヒュージ、さん……」
目を見開いたルーチェさんは何かを言おうと口を開こうとして、そのまま弾かれたように走って行ってしまう。
呆然とする俺の背中をウェンディが叩く。
「ヒュージ、追ってくれ!頼む!」
「あ、ああ!」
余裕のないウェンディの声を背に受けて、ルーチェさんを追いかける。
ウェンディほどAGIは高くないが、Xジョブの補正でそこそこあって助かった。
すぐにルーチェさんに追いついて、その手を掴んだ。
「捕まえたよ、ルーチェさん」
「ヒュージさん……」
「急に走っていっちゃうからビックリしたよ」
「……すみません」
ルーチェさんは背中を向けたままだったけど逃げるつもりはないようだし、俺はそっと手を離した。
「聞かせてほしい。ウェンディと何を話してたの?」
直球の質問に、びくっと肩を震わせたルーチェさんが体をこわばらせた。
問いかけて彼女が答えてくれるのをじっと待つ。
「ヒュージさん」
そうして。
ようやく俺を呼ぶ声は、どこまでも冷たかった。
「私、ヒュージさんからもらったアクセサリーを無くしちゃいました」
ルーチェさんの足元で、水滴が落ちてはじける。
雨じゃない。
あれは、ルーチェさんの涙だ。
「装備していて傷つけたら大変だって思って、イベントリにしまっていたんです。そうしたら……」
デスペナルティの装備品以外のアイテム全損で、落としてしまったのか。
だとしたら、あのグラファイトが率いるクランに回収されたと考えるのが妥当だけど、万一ということもある。
「イベントが終わったら、森に戻って探してみよう。その時にはあのPKも、」
「できないんですよ」
「できないって、どうして?」
「デスペナルティにはもう一つ。ゲーム内時間で24時間経過するまで街から出られないっていうのがあるんです。装備品とかジョブとか整えるための準備時間だってウェンディちゃんが言ってました」
俺は一瞬、言葉を失った。
ファンタジー世界を冒険できるゲームなのに、冒険すらさせず街に居ろだなんて。
どんな理不尽だ、それ。
「ヒュージさんが思い出にって作ってくれたのに。それなのに私は」
「大丈夫だよ、気にしないで。素材ならまだあるし、無くしたって作り直せば、」
「あれじゃなきゃ!」
髪を振り乱し、ルーチェさんが俺を見た。
首筋まで伝う涙が、彼女がどれほど悲しんでいるかを伝えてきた。
「あれじゃなきゃ、ダメなんです!あれじゃなきゃ、嫌なんです!3人で一緒に、記念にって考えてくれたヒュージさんの気持ちが込められたあのアクセサリーじゃなきゃ、私はっ」
俺から顔を逸らすように、上を向いて。
「ごめんなさい、ヒュージさん……ごめん、な、ああああああああああ……」
堰を切ったように泣き始める。
俺の胸が張り裂けてしまいそうなほどの大きな声で。
「ひぐっ……ごめんなさい、ヒュージさ、ごめんなさい……」
追い打つように、ついに雨が降り出した。
次第に強くなっていく雨の中で。
俺は。
どうしたらいいのか分からなくて、無言のまま、泣いている彼女の傍にいることしかできなかった。
†
暫く一人にしてほしいと言ってきたので、俺たちはそれっきり分かれてしまった。
泣いているルーチェさんを放っておくのは心が痛むが、それ以上に気が付いてしまった。
身体の芯を熱く滾らせている情動に。
「ヒュージ」
「ウェンディ、丁度いい。一緒に来てくれ」
噴水広場に戻ってくるなり、ウェンディが駆け寄ってきてくれたのでそのまま手を取る。
「おい、ヒュージっ!ルーチェのことどうするんだよ!」
「いいから」
「泣いてるのに、ほっとけねぇだろ!」
「そうだな」
「そうだなって……!そんな言い方してんじゃねぇよ!」
手を払ったウェンディが俺を真正面から睨み付ける。
「アイツはお前から貰ったってすっげぇ喜んでたんだぞ!」
「知ってる」
アクセサリーを貰った時の表情は脳内のメモリーにしっかりと焼き付いてる。
「無くしたって気づいたときに一番にお前のことを考えて、実際に顔見たらどうしようもなくって逃げ出すくらいにゃ大切なモンになってるの、お前だって気付いてんだろ!」
「だろうな」
「だったら何でルーチェのところに行かねぇんだよ!アイツの泣き顔見ても、お前には何も響かなかったのかよ!」
ウェンディの涙交じりの声には、ルーチェさんを思いやる以上に何かの強い感情が込められているように聞こえる。
だけど。
「今は」
肩で息をするウェンディが落ち着くのを待って、俺は口を開いた。
「今だからこそ、譲れないものがある。これだけは、他人にだけ押し付けていいわけがないんだよ、ウェンディ」
返答を待たずに再度手を握り、地図を展開して目的地までのルートを突き進む。
「他人の力を借りようが、褒められた方法じゃなかろうが、イキリクソ野郎に成り下がろうが、これだけは俺たちがやらなきゃならないんだ。励ますのは、それが終わってからでも遅くない」
目的の建物は遠くからでもよく目立つ位置に立っていて、迷うことはなかった。
やたら大きいドアを乱暴に開け放った。
「ようこそ、弟クン。クラン≪サニー・サイド・アップ≫の秘密基地に」
「俺が来るのが分かってたような言い方ですね」
「曲がりなりにもルルの弟なんだから予想はつく。さぁ、そんなところにいないでもっと中に入り給え」
カウンターに寄りかかっていたテラ美さんが手招きする。
何か言いたげなウェンディを引っ張って彼女の前に立った。
「ルル、ご到着だ」
「やっぱり来たね、弟君。むむむ、お姉ちゃんとしては複雑だよぅ」
「いたっ」
困ったような台詞を言いながら、ぺしっと俺の手をウェンディから力づくで引っぺがしたルルねぇ。
手を摩るウェンディに、俺は頭を下げた。
「ウェンディ頼みがある」
「ヒュージ、お前は、」
「――金を貸してくれ」
次回は明日のお昼頃を目途に。
そろそろ先行のカクヨム版に追いつきます(6/27現在)
ブクマ、評価、感想、どんとこいです。
対戦よろしくお願いいたします。




