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七 命のカルテット

読んでてほんわかした気分に多少でもなれれば幸いです。

感想ご意見などありましたら是非。

 いろいろあったあの日から数週間が経った。


 そろそろ九月も終わる。俺も来週からは大学のために東京へ行かなければならない。

 麗子は退院し、自分の暮らしに戻った。

 最終的に麗子は溺れただけ、遺書は誰かのいたずらではないかということになった。もしくは部分的な記憶喪失。事故や怪我の際にはたまにあることだと医者も言っていた。麗子の記憶が戻らない限り、真相は闇の中だ。戻らなくていい。

 なにもかもを知っているやつは、魚にでも乗り移って太平洋を泳いでいるところだろう。海中で魚介類が集まり、異星間交流の会議を開いている様子を想像すると笑える。

 俺は今日も釣り糸をたらし、藻屑やゴミを釣り上げている。傍らにはクロも一緒だ。小魚でも釣れれば食わせてやるんだけどな。ふがいない飼い主ですまん。

 道の脇に原チャリが停まった。クロが元気よくその人物に駆け寄って抱きついた。


「あはは、クロちゃんくすぐったいよ! や、やだそんなところ舐めないで、えっち!」


 クロは、メスなんだけどな。女同士でなにをやってるんだか。


「ショウゴくーん、今日こそは釣れた?」


 麗子は、青空に浮かぶ白い雲を模したアロハシャツを着ている。下は眼前の日本海よりも濃い色のブーツカットデニムだ。

 青や水色がよっぽど好きなんだな。明るいこいつにはよく似合っている。


「全然。宇宙人も美少女も釣れないよ」


 俺は釣りをしたままそっけなく返す。


「なにそれ。ショウゴくんそんなの釣りたいの? まあ、美がつくかどうかは保証しませんけど、少女ならここにおりますわよ、おほほ」

「脂の乗りが足りないからキャッチアンドリリースだ。ところでバイトは決まったか」


 退院してから、麗子は毎日のように店に来る。この数週間で俺たちは急に打ち解けた。なにか恩返しをと、こいつは会うたびにしつこく言う。それをあしらい続けているだけなのに、なぜだか断れば断るほど懐かれている気がする。


「まだ決まらないなー。いっそ犬になって優しい人から餌をもらう生活がしたいよ」


 俺の隣に座った麗子は、クロの腹を撫でながら馬鹿を言っている。


「うちの店、凪浜市内にも品物届けてるから、バイト募集してるところがないかオトンに聞いてもらうよ。お前んちの近くに居酒屋とかあるか」

「え、いやいや、そこまでお世話になると、ますます頭が上がらないって。ただでさえ命の恩人なのに。お礼のしようがないじゃん」


 礼なんかいいって何度も言ってるのに、生き返っても義理堅いやつだな。ひょっとしてまだ宇宙人に操られてるままなんじゃねえのか。

 第一、麗子の命を助けたのは俺じゃない。海の中で意識を失った佐伯麗子は、宇宙人に体を操られていたものの、自分の体で泳いで岸に戻ったんだ。俺はそいつに付き合って不思議な一日を過ごし、最後に救急車を呼んだだけ。

 変に義理堅い宇宙人、海底火山から噴き出す極小の気泡を思い出して俺は寂しくなった。あいつは俺の協力だか交流の成果だかに対し、常になにか恩返しをしたいと言い張っていた。でも俺はあいつと仲良くなれた。心を通い合わせることができた。ほんの少しだけど、あいつの笑顔を見れた。それで十分なんじゃねえのか。人と人との交わりってのは。


「恩を感じてるんだったら、せめて笑顔で元気でいてくれ。あと海には気をつけろ。もう波の高い日に無茶して泳ぐな。俺からはそれくらいだ」

「……ん。そうだね。せっかく助かった命だもん、大事にするよ」


 そう言って麗子はバイト探しに戻った。今日もいくつか面接だからと。アロハ着てバイトの面接に行くのか。そんなんだから落ちるんじゃねえのかとも思う。

 ちょっと冷たすぎるかな、俺。でも正直なところ、どう接していいのか戸惑っているんだ。麗子は覚えてないにしても、俺は彼女の一糸まとわぬ姿を見ちまってるし、その肢体に文字通りありったけをぶちまけちまったわけだから。罪悪感がないといえば嘘になる。

 でも麗子がまた心に傷を負って、悲しい選択をするようなことはあって欲しくない。おそらく彼女が自殺した原因は、不幸を他人のせいにできなかったからだ。だから死の間際でも世界を呪わず、明るい未来だけを望んだんだ。

 誰かが寄り添ってやらない限り、麗子は一人で抱え込む。その支えが俺なのかどうかはわからない。でも俺は俺で、できる限りのことをしたい。あいつを海から釣り上げたのは俺なんだから……。

 そう思うんだけど、照れちまって素直に優しくできないんだよな。

 

 見込みのない釣りをやめて、クロと一緒に家に戻る。


「まったく、お前の恩人はウソツキだなあ、クロ。なにが生前の佐伯麗子を再現するだよ。自殺云々なんてすっかり忘れてるじゃねえか」


 嘘をつかないと言い張っていた宇宙人が残した、ほんのわずかの優しい嘘。それも人間と交流することで得た、あいつらなりの進化や変化なんだろうか。


「それに、死んだ生き物がいくら宇宙パワーを使ったって生き返るわけないだろっての。麗子が死ぬ寸前に体を乗っ取って、自我とやらが失われないように生かし続けてたんじゃないか」

「それはきみの誤解だ。私は嘘をつかない。可能な限り再現したが、一部で記憶の欠損や情緒の変化があっただけのことだ。私が故意に佐伯麗子の脳情報を改竄したわけではない。彼女の自我が復活したのも生命の奇跡と言うほかない」


 突然、目の前の白い犬が人間の言葉をしゃべり始めた。

 こ、この堅苦しい口調は……!


「あ、あああんた、仲間に会うために太平洋を泳いでるはずじゃないのかよ! まだ一ヶ月も経ってねえぞ!」

「マグロやツバメの体を借りて戻ってきた。しかるのちにクロ氏の体に移動したのが昨夜のことだ。交流計画はなおも続行となったからな。我々の価値観や目的を理解しうる地球人類の協力者と、長期的な視野で交流を持続展開する、そのような方針が決まった」


 マグロとツバメ。そりゃ確かに速いわけだ。海と空のスピードキングだからな。


「それがなんでクロの体にいるんだよ! ってか、なんでここに戻って来てるんだ!」

「クロ氏の体を借り受ける許可は、きみからもクロ氏からも事前に得ている。事情を知っているきみなら交流の協力者として理想的な存在だ。クロ氏の意識と協議した結果、一日のうち昼から夕方まで四時間前後の主導権を私に委譲してくれるそうだ。それ以外の時間は大人しくしているとしよう」


 な、なんてこった。うちの犬が宇宙人憑きになっちまった。

 一日四時間って結構長いな!


「これからもよろしく、地球の人。再会を祝し時間いっぱいまで遊ぼうではないか。ところで佐伯麗子とは良好な交友関係を築けそうか? 彼女の古い記憶に少年期のきみがいて、かなりの好感情を持っていたようだからな」


 前に会ったことがある、と麗子が言っていたあれだ。ひょっとして麗子が俺に気安くしているのはそのことがあったからなのか。好感情ってなんか照れる。昔のことなのに。


「う、うるせえ。あんたがあんなことするから、まともに目も合わせられねえっつうのに」


 困ったことに、あの夜のことは毎日のように思い出す。思い出してどうなるか、それは言えない。とにかく大変なんだちくしょう。

 今日もなんか体がだるい。誰かの言葉を借りれば、カロリー使いすぎたってやつだ。


「私もショウゴのことは魅力的な交流相手と認識している。彼女に負けないようにクロ氏の体を借り、多大な寵愛を受けるため最善を尽くすぞ。恋のライバルというやつだな」


 クロの体を借りた宇宙人、海底火山から噴き出す極小の気泡が俺の体に飛び掛り、顔中をめちゃめちゃに舐めまわす。

 俺はそれから日が暮れるまで犬型宇宙人と追いかけっこをする羽目になった。まだ日中は暑いってのに、クロの体で抱きついてくる宇宙人のせいで余計に暑苦しい!


「大学課程を修了したのち、ショウゴは家業を継いでくれ。きみが家にいないと寂しい」

「そ、そりゃ店を継ぐ条件で大学に通わせてもらってるけど。って居候の分際で人の将来に口を出すな!」


 もう、勘弁してくれよほんと。でも犬だか宇宙人だかわからない生き物に、ものすごい勢いでじゃれ付かれながら、俺は自分が笑っていることに気づいた。ああそうだよ、また会えて嬉しいんだ。戻ってくれたこと、これから一緒なことがすげえ、嬉しいんだ!

 俺に乗っかるクロの体温を感じる。その口は宇宙からの来訪者が堅苦しい日本語で、俺への愛を語っている。あたりには潮の香りが満ち、頭上には果てしなく広い空。その下にそびえるコンクリートの森では、佐伯麗子が明日の生きる糧を探している。


 俺の舌が流れ出る涙の味を感じた。


 宇宙人のこいつも、麗子もクロも広い世界で出会った俺の仲間なんだ。


 仲良く寄り添い、支え合って生きよう。きっとその先に明るい未来を拓くことができる。


 俺たちは誰でもその可能性を持っているんだから。


 その前にまず、心配事もあるんだが。

 しゃべるクロをオトンとオカンに、どう紹介したものか考えなきゃな……。

次、エピローグという名のプロローグ。

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