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六 潮風のアリア

読んでいただいてありがとうございます。

感想ご意見などあればよろしくお願いします。

 翌日、俺は街中に出てきて警察署で聞き取りを受けている。刑事ドラマのような取調室ではなく、応接席なのがありがたい。

 もちろんここに来た理由は行方不明中の佐伯麗子、その第一発見者になったからだ。俺はあのあと、悲しんでいる場合じゃないと岩場に戻り、佐伯麗子の身柄を保護してもらうために救急車を呼んだ。

 目じりの傷を含めた身体的特徴から、それは佐伯麗子本人であると確認された。宇宙人は麗子の体を出て行くときに、それらの条件をすべてもとの状態に戻していたんだ。

 傷一つないシルクのような肌は、小さな傷跡が残る人間らしいものへと変わっていた。そして、本当の彼女はもっと日焼けしていたのだ。当然、海遊びが好きならそうなるよな。


「佐伯麗子さんが行方不明だった間、彼女がどこでなにをしていたかの情報がまったく不足しているのです。発見した当時の様子でなにか気がついたことはありませんか?」

「……はあ、いえ、特になにも。持ち物とかも、ありませんでした」


 刑事さんの話を、俺は生返事をしながら聞いていた。事情聴取にはオトンも呼ばれた。女の子が家に来たのは確かだけど、それは佐伯麗子ではないと言い張っていた。昨日までと今日とでは、よく見ると彼女の顔や体に細かい違いがいくつも見られる。オトンが別人だと思うのは無理もない。

 オトンが帰されたあとも、俺は警察署に残っていろいろなことを聞かれた。もちろん宇宙人がどうのなんてことは話さない。そのため、まったく要領を得ない、ちぐはぐなことばかり言ってしまったように思う。よく似た別人が県庁で一騒ぎ起こしたせいで、余計に警察も混乱しているそうだ。その節はいろいろとごめんなさい。


「ちょっと失礼」


 刑事さんはそう言って携帯電話を手に席をはずした。 

 佐伯麗子は今も眠ったままなのだろうか。心肺は機能しているし、検査をする限りでは脳も生きているらしい。しかし意識が戻らないという。

 今はただ、祈るしかない。一度は死を決意した彼女に、再び生きて苦しめと言うのはエゴかもしれない。でも俺は、本当の佐伯麗子を知りたい。どんな女の子だったのか、一目見て一言交わすだけでもいい、十八歳の地球人女性、佐伯麗子に会いたい。


「藤原くん、佐伯麗子さんの意識が戻ったようだ。一緒に来てもらえるかな。事実関係の確認ができるかもしれない」

「え、マジっすか?」


 刑事さんの車で病院に向かう間、俺の心臓は高鳴りっぱなしだった。喜びのあとに不安もやって来る。よく考えたら、今さらどのツラ下げて彼女に会えるんだ俺。いくら宇宙人に操られていたからと言って、その体に欲情をぶつけまくったんだぞ。ああ、会いたいのか会いたくないのか、しっかりしろ、情けない。相手は妹より年下の小娘だ。なにを緊張する。

 病室に入る。ベッドに腰をかけて、警察らしい人にいろいろ聞かれている佐伯麗子の姿があった。


「佐伯さん、あなたはどうしてあんなところで倒れていたんですか? そして、こちらの男性との関係は?」


 刑事さんが俺を指して麗子に問いかける。麗子と俺の眼が合う。

 あどけなさが残る、普通の女の子に見えた。これが地獄を見て自らの命を絶とうとした佐伯麗子、本来の姿なのだろうか。


「ええと、ごめんなさい。その人に見覚えとかはない、です。それにあたし、なにも思い出せなくて。どうしてそんなところにいたのかも」


 周りの刑事さんたちからため息が漏れた。なにを聞いても、覚えてないと返されるばかりだからだ。


「遺書とか自殺とか言われても、そんなことも全然、心当たりがなくて。あたし、自殺するほど嫌なこととかあったのかな? 確かにバイトはやめたし、彼氏とは別れたけど、今さらそんなことどうでもいいって言うか……」

「いや、実際にあなたが海に飛び込んだ形跡があって、発見されたのも海辺なんですよ」

「そりゃ、しょっちゅう海では遊んでますよ。泳ぐの好きだし。でも自殺なんてしません。波にさらわれて溺れちゃったのかなあ……」


 佐伯麗子はなにも覚えていなかった。

 自殺しようとしたことも、自殺するほどの苦しみすらも。

 いや、苦しみの原因そのものを克服しきっている物言いだ。


「藤原さんって大学生の人が、凪浜から少し離れたところで助けてくれて、救急車呼んでくれたって聞きました。ひょっとして……」


 目が合った。夜の海より深い色の瞳。その中に星の輝きがあった。


「ああ、俺が藤原だよ。無事でよかった、本当によかった」

「す、すみません本当に、ご迷惑をおかけしました。いつかちゃんとお礼に伺いますから! ……って、あれ?」


 俺の顔を見ながら、麗子がしきりになにかを思い出そうとしている表情をする。


「どうかした?」

「あのあたりで藤原さんって、ひょっとして藤原酒店のお兄さんですか?」

「うちの店を知ってるのか。まあ湾岸道路に看板を立ててるからな」


 佐伯麗子は凪浜の子だから、そう遠くないうちの店を知ってるのも不思議じゃない。


「か、重ね重ねごめんなさい。あたし小さいころ、お店の裏にいる真っ白いワンちゃんに、眉毛とか書いてイタズラしちゃって。お兄さんに見つかったんだけど、怒らないでくれたから」


 俺の記憶が一気にさかのぼる。

 俺がクロに眉毛を書いたら、妹や近所の友だち、たまに店に来た小さい子供がみんな真似してクロに眉毛を書きはじめた。

 その中に、まだガキだった佐伯麗子がいたのか。

 俺と麗子は何年も前に会っていたんだ。


 俺は病院の中だということを忘れて、声を上げて爆笑した。

 あの宇宙人め、知ってて黙ってやがったな。


もう少しだけ続きます。

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