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四 月のラプソディー

念のためR15にした方が良さげですね。あとで揉めても面倒だし。

「おう、遅かったな。携帯も通じねえし、海にでも落ちたんじゃねえかと心配したぞ」

 

 家に帰ると、オトンが夕飯を食っていた。オカンは近所の集まりに行ったきり、話し込んでいるらしい。


「わりい、携帯ぶっ壊れたから街まで行ってきた。そう言えばさ、海に飛び込んだ女の子のニュースとかやってた?」

「凪浜のあれかあ。警察いっぱい出てたな。ほれ、テレビでそのことやってるぞ」


 ニュースには夜の海を捜索する警察官の姿が映っている。

 おかしい。麗子を県庁に連れて行ったのは夕方になる前。そこでとっ捕まってるとしたら、身元なんて簡単に割れて捜索も打ち切りだろう。役所は警察じゃないから関知しません、取り逃がしました。なんてことがあるのかな。だとしたら縦割り行政の弊害もいいところだ。堂々と目立つところを歩いてるほうが、逆に見つからないものなんだろうか。なんにしても手際の悪さに呆れる。

 俺とオトンがテレビを見ながらビールを飲んでいると、庭でクロが楽しそうに吼えた。オカンが帰ってきたのかな。


「そうそう、クロがいきなり元気になったんだ。章吾お前、病院にでも連れて行ったのか?」

「え? ああいや、よくわかんねえ。でも元気ならいいじゃん」


 ごめんなオトン。説明すんのめんどい。出かける前に麗子は、健康にしていればあと五年は生きると言っていた。そのころには十八歳か。立派な長寿犬の仲間入りだ。

 玄関の開く音がした。


「こんばんは。ショウゴ、この家で休息をとらせて欲しい。カロリーを消費しすぎた」


 俺は椅子からひっくり返りそうになった。しばらく会えない、いや今生の別れとなるはずだった宇宙人美少女が我が家に乗り込んできた。しかも麗子モードじゃない。

 オトンも驚いて目をまん丸に剥いている。無理はない。って、さっきニュースで、こいつの顔写真が出たばっかりじゃねえか! 


「あああああんた、凪浜の海岸から……」


 俺はやっぱりこの男の息子なんだと感じた。リアクションが似ている。ひとまずなにか言い訳しないと。


「いやいやいや、この子は俺が海で会った子でさ、ニュースに出てたのとは別人だよ」


 やばい。俺はこの場を取り繕うため、適当なことを口にできる。でもこの宇宙人は嘘をつけないんだ。オトンに素性がばれちまうんじゃないか。


「こんばんは、ショウゴの父と思しき地球の人。私は『海底火山から噴き出す極小の気泡』という者である。ショウゴに釣り上げられ、その後も多大な協力を得た。この家庭においてなにか問題を抱えていることはないだろうか。私の力が及ぶなら、解決に尽力したい」


 ええい、しゃべるな。話がややこしくなる。


「……海で、釣り上げられたって。ああそうかい、なるほどねえ」


 オトンは困惑しながらもなにかに納得したのか、バンと俺の背中を叩いて大笑いする。


「い、痛いって!」

「お前にもそんな甲斐性があったかい、どうも女に関しては腰抜けだと思ってたけどよ、はっはっは」


 父上、なにかばっちり誤解されているご様子。でもそのほうが都合いいので釈明せず。


「そういうわけだからさ、とりあえず休むんだっけ? あ、俺の部屋、二階だから」


 俺は彼女を階段に送り、一呼吸入れて食卓に座る。さ、駄目押しでもう一声放ってオトンをさらに納得させないと。とりあえずビールを一口。


「ニュースの女の子によく似てるな。でもやっぱり別人だな」


 オトンもそう言ってビールを飲みなおす。


「そりゃそうだろ、あんな元気に歩いてるわけねえよ本人なら」

「いや、ニュースに出てた写真だとな、右の目じりに小さな傷があったんだ。あの子にはないからな。章吾お前、よくあんな美人に声をかけれたなあ、たいしたもんだ」

「え? あ、傷ね。ニュースのほうはちょっとしか見てないから。そうなんだ……」


 うわごとのように言葉を返し、俺は自分の部屋に入った。

 宇宙人はベッドに乗り、壁に背を預けている。ちょこんと置物のように座って大人しくしているのが、悔しいけど可愛い。

 パンや飲み物を差し出すと、あっという間にそれを平らげた。せっかく美人なのに、がふがふ食っちゃってまあ。

 心臓に悪い。もう一本ビール飲もう。


「どうして戻って来たのかを聞く前に、一つ確認したいことがあるんだけどさ。あんたは本当に佐伯麗子の体を使って動いてる宇宙人なんだな。どうしてそんなに地球と仲良くしたいのかは知らんけど」

「真実だ。きみと父との会話から察するに、眼窩部裂傷痕の有無でそれを確信したのだな。地球との交流計画が浮上したのは、大気中に水分と窒素、酸素が含まれ、巨大な海洋も存在するからだ。水分と窒素や酸素がなくては、我が種族は活動できないからな」


 そう、傷跡。どんな子供でも肌をよく見ると大小さまざまな傷が残るものだ。海で遊ぶのが好き、そう言っていた佐伯麗子ならなおさら。しかしこいつらは乗り移った生物の体をいじれる。傷跡を消すくらいのこともできるんだろう。事実、こいつの体には傷一つ残ってない。

 認めざるを得ないなあ。

 こいつは宇宙人。地球と星間交流が目的で来訪した未知の生物。

 生きるためには空気と水が必要。似た条件を持った別の星を探す必要が出たという説明だった。地球は入植先に選ばれたってわけだな。人間に敵意がないことを示しておかないと、エイリアンだと思われて撃退される可能性が強い。だから自分たちの能力で地球人類に貢献し、共利共生関係を築けるのが最善だ、と。

 こいつらの故郷より、地球のほうが五億年くらい星の寿命が長いそうだよ。


「わかった。で、どうしてうちに戻ってきた。俺はろくに力にもなれないし、礼ならいらないぜ。役所を説得するのは失敗したのか」

「端的に言うと失敗した。知事は予約がないので会談に応じなかった。傘下の部署を順に来訪し、目的や来意を伝えたところ、次第に人が集まって私は別室に通された」

「順にって。役所の部署を全部回ったのか? そりゃ、どう考えても騒ぎになるぜ」

「うむ。どうやら私に害意があって県庁舎を訪れたのだと、彼らは疑念を持っているようだった。弁明も効果を持たず、事態が進展しないことを予測した私はトイレに行くと告げてトイレの窓から県庁舎を脱出した」

「脱出ってえか脱走だな。でもあんた、嘘はつかないはずだろ」


 意地悪く笑って突っ込みを入れる。相手はあくまで冷静だ。


「嘘はついていない。実際にトイレに入ったからな。もっともこのような行動パターンは、佐伯麗子の思考を解析してから獲得した」


 役所に乗り込んだのは麗子モードだった。それくらいの悪知恵は働きそうだ。それが嘘じゃないって言い張るのも、たいしたタマだと思うけど。

 そのとき、こいつがはじめて笑ったように見えた。いや、麗子モードのときは明るくよく笑うやつだったけど、宇宙人モードのときはまったく無表情だったはずだ。


「結果として失敗だったが、次は別の方法を模索する。そこできみに相談と協力を仰ぐため、ここを訪れた。それがかなわないのなら退去する。しかし今までの協力に対しての代償は払いたい」

「だから、礼なんていらねえよ。大したことはしてないだろ。バイクで送ったくらいだ」

「きみとの接触が、すでに交流計画の良好な足がかりになっている。きみは私の話を信用している上で、欲のために私を利用しない。きみと過ごす時間は精神的価値が高い」


 な、なんかちょっと嬉しいこと言ってくれてないか。堅苦しくて色気はないけど、不覚にもドキッとしちまった。

 複雑な気分になっている俺を尻目に、宇宙人はベッド下に手を入れなにやらごそごそ……。


「ちょ、ちょっと待て! なにやってんだ!」


 宇宙人がベッドの下から、秘蔵のエロ漫画を取り出した!


「これは娯楽雑誌だな。男女の性交を軸に作画、印刷編集されたものか。これらのことにきみが娯楽性を感じ、性衝動を自慰行為で発散させ肉体的快感、多幸感を得ているのだろう」


 パラパラーっと、全体を流し読みしながらえげつないことを言っている。


「そのとおりなんだけど、美少女の顔でそんなこと言わないでくれ!」


 かなりのイジメだこれは、どんなプレイだいったい。


「どうだろう、私の操る肉体は幸いにも人間の女性だ。我らの交流を前進させるため、きみに快楽を提供し今までの協力に報いるため、さっそく実践してみよう。まさに一石二鳥だ。きみの視線から察するに、この肉体には少なからぬ興味があるようだからな」


 じ、実践ってなに? そのエロい本に書いてあるような、組んだりほぐれたり上になったり下になったりってこと? しかもチラチラとエロい目で見てたのがばれてるし!


「む、無理無理無理! 俺たち、今日会ったばかりだし! ってそういう問題じゃない!」


 Tシャツを脱ぎながら、相手がにじり寄ってくる。俺はついつい視線を上にやったり横にやったり。見たい、見たくない、でも見ちゃう。あ、とうとう下着姿に! それはまた水着と違ったわびさびが。腰のラインがつるんとしててきれいだなあ。俺しっかりしろ! 


「うむ、会ってからの時間は問題ではないようだ。佐伯麗子の記憶を検証しても、接触した時間の長さが性交渉を結ぶ条件として、さほど重くないことを示している」


 佐伯麗子の記憶。

 浮ついていた俺の体と心が、その言葉を聞いて急激に重く冷える。

 そうだ、目の前にいるこいつの体は、自殺してしまった薄幸の美少女。凪浜市に住む十八歳の佐伯麗子なんだ。しかしそれを動かし操っているのは、どこの星から来たのかわからない、正体不明の宇宙人。俺に迫っているのは、佐伯麗子の意思じゃあないんだ。


「だめだ、あんたらの種族が、どれだけ強い思いで地球に来たのかわからないけど、こればっかりは駄目だ、譲れないし許せない」


 俺は壁際に追い詰められている。手を握られ、まっすぐに見つめられる。二人の距離はないに等しい。でも、どうしてもその先を行かせないために、俺の心は断固として壁を作り、拒否の声を出す。


「わかった。きみを不愉快にさせたのなら謝罪する。すまなかった、ショウゴ。しかしなぜ許せないとまで思うのか、その価値観を教えて欲しい。今後に役立てるためにも」

「だって、だってよ」


 俺は、今ここにいない、消失したと言われた佐伯麗子の自我とやらに思いをはせる。


「かわいそうじゃねえか。みんなにいじめられて、辛い思いをして、世の中が嫌になって、でもせめて好きな海で死のうってまで思って、やっと楽になれると思ったら、その体をわけのわからんものに乗っ取られて、こき使われて、あげくに好きでもない男と……」


 海を見ながらずっと考えていた、考えすぎてまとまらなかったこと。自分で口にしていてもよくわからないと思う。こいつに伝わるのかどうかも。


「いくら大事な目的だからって、そんなことに女の子の体を使っちゃいけないんだ。俺にも、他の男にも、今度またそんなことをしようとしたら、いくら勝手に操れるからって、佐伯麗子って子の体を道具扱いして、そんなものを交流だとか言うんだったら、俺はあんたを絶対に許さないぞ。地球人と宇宙人がどんなに仲良くなったって、俺はあんたらと絶対、仲良くなんてしないからな。だってそんなの、悲しすぎるだろ……」


 俺は悲しかった。佐伯麗子の身の上も。そこまで彼女を追い詰めた世界も。彼女に無関係で無力だった自分も。そんな俺たちと仲良くしようとしている目の前のこいつも。そしてそんな悲しみさえ、時間や死や目的だとかが積み重なって、おそらくなにごともなかったようになってしまう未来も。ただひたすら悲しい。涙すら流れない乾いた空虚さだ。


「……きみの意見はとても難解だ。しかし、理解できるよう努力する。ただ少しだけ、私のほうからも伝えたいことがある。おそらくはきみが持っているであろう誤解を解くために」

「な、なんだよ誤解って」

「私の行動基準には、佐伯麗子の記憶から受け継いだ価値観も大きく影響している。彼女は死の間際、私にこの体を託すにあたり、意識の中で一つの条件を出した」


 俺の体から宇宙人が半歩離れる。

 そして、おそらくは生前の佐伯麗子の口調を模してこう言った。


「どうせ死ぬんだし、こんなあたしでよければ好きに使って。でもせっかくだから優しくて素敵な地球人と仲良くなって、あなたはちゃんと幸せになってね。あたしにはできなかったことだから……」


 見間違いではなく、その頬からとめどなく涙があふれていた。海底火山から噴き出す極小の気泡。そう名乗る自称宇宙人が、歯を食いしばって泣いていた。


「我が種族は、意識を交わすことで全体の目的を画一化できる。しかし地球人類との交流が万が一にも撤回されたなら、私は佐伯麗子との契約を破ることになる。急な性交渉を要求してすまなかった。一刻も早く条件を満たすため、私にはきみしかいなかったのだ。自分と佐伯麗子の価値観を折衷して得られる、優しくて素敵な地球人の具体例が……」


 体の持ち主である佐伯麗子、そして体を借りた宇宙人。

 そのときに課せられた条件を果たせないことへの、悔しさとやりきれなさが言葉の調子からはっきりと見て取れる。

 こいつは自分たちの目的と同じくらい強い思いで、佐伯麗子の思いに殉じようとしていたんだ。彼女の体を借りて行動することへの、最大の恩返しだと感じて。どこまで義理堅いやつなんだ。

 そして自分がなくなるというその瞬間まで、世界を恨まず人を憎まず、幸せな未来だけを託した佐伯麗子の思い。切なすぎるほどの優しさがこいつの中にしっかり残っている。

 俺はその体を軽く抱き、耳元で謝った。


「ごめん、泣くな。確かに誤解してた。佐伯麗子本人の望みだったんだな。でも俺はそんなにいい男じゃないし。あ、あんたみたいないい子、もったいないよ」

「問題ない。きみは実に魅力的な形質を持っている。すでに失われた佐伯麗子の尊厳まで守ろうとするのだから。佐伯麗子の思考をトレースするとそういうことになる。もちろん」


 頬を両手で押さえられる。そのまま優しいキスをされた。

 深く長く、甘く温かいキスだった。全身に電流が走り、溶けてしまうかと錯覚した。


「私の価値観に照らしても、きみ以上の地球人類にはまだ出会っていない。さあ、誤解が解けたようなので続きをしよう。きみはどういうのが好きなのだ?」

「あっあっ、どういうのって、いや俺、はじめてだし、じゃない! まだ心の準備が!」

「安心しろ。私も地球での活動は、未体験のことだらけだ。しかしお互いが協力すればなんとかなる。その可能性を私に教えてくれたのは、ほかならぬきみなのだから」


 あくまでも優しい力でベッドに引きずられる俺。


 拒めば抜け出せるはずなのに、まったく逆らえない。


 触れられた場所から、骨が砕けそうに脱力する。


まだ続きます。

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