チャプター 3
約束から1カ月後。私達は県内で一番大きい遊園地へと来た。
「うわー、おっ! なっつかしー! まだあの看板あるんだ。 小学生以来にきたけど変わんないなぁ」
「そうなんですか。 私は今日初めてきました」
「え、そうなの!? なら、今日は楽しまないとね〜」
「ですね。 でも、その前に写真いいですか?」
「写真って、まだここ入り口だよ?」
「思い出が欲しいんです……先輩と私の」
「へぇ。 なら、さっそく撮ろうか」
私は辺りを見回し、すぐ近くにいた係員に声をかけ、写真の撮影をお願いした。
「あのさ、胸当たってるよ」
「何を言ってるんですか。 腕に抱きついているので当たり前です。 これは、当たってるのではなく当ててるんです」
「そっかぁ、わたしぁ、しゃーあせだー」
「…………」
「ほらほら、写真、写真! スマイル、スマーイルっ♪」
──パシャリ。
と、撮影音がなる。私はフードを被り仏頂面のまま、写真を撮ってくれた係員にお礼を言い、園内の中央へと歩き出した。
無論、先輩を置き去りにして。足早に。
「ねぇ、しいちゃん、何ふくれてるの?」
「先輩が思ったより喜んだ反応をしてくれなかったからです」
「えぇー、だって私もう思春期過ぎたんだよ??」
「思春期じゃなくても察して喜んでください。 彼女の精一杯のアプローチですよ」
「あぁ、それはすまなかったよ。 マイハニー」
またあのニタニタした笑いを浮かべながら、抱きついてくる先輩。
「…………。 先輩の言いたいことは分かりました。 私が悪かったです」
「察しがいいね。 流石、大人だ」
「ただのおっきな子どもです。 でも、私なりに、はしゃぎたかったんです」
そろそろ周りの目が困るので、手で先輩の顔を押しのけホールドから解放してもらった。
「よーし! なら、目一杯はしゃごー!!」
それから先輩に手を引かれアトラクションを回っていった。フードはいつの間にか外れていた。
──ジェットコースター。
「初めてって言ってたからめちゃくちゃ怖がると思ってたんだけど、全然平気なんだね」
「安全が保障されてるのに何を怖がる必要があるんですか?」
「うん、納得だ」
──お化け屋敷。
「きゃー、こわーい」
「先輩、わざとらしいです」
「いや、本当に怖いよ」
「その心は?」
「だって、私みたいな美少女が来たらお化け役の人達もその気になって、あんなことやこんなことを……きゃっ♡」
「先輩の発想の方が怖いです」
──コーヒーカップ。
「コーヒーカップってグルグル回しても目が回るだけなのに、何が楽しいんだろ? マゾなのかな?」
「そういうことは乗る前に言ってください」
「目が回って、つい本音吐いちゃった♡」
「なら、もっと回しましょう。 今日は好きなだけ吐いてください」
「やーん プライバシーのしんがいー……やばっ、ほんとに目回ってきたかも」
他にも色々なアトラクションに乗った。
気が付けば、太陽が真上に来る時間になっていたので、近くのカフェに入り、昼食をとる事になった。
「まだ半分も乗ってないねぇ」
「もしかして、全部のアトラクションに乗るつもりなんですか?」
「もちのろんで、おもちは越後製菓だよ!」
「弾丸にならないとですね」
「あ、うん。 そだよ」
カメラを片手に先輩のボケをスルーする。
先輩のわざとらしいボケをツッコむと延々と続けてきそうなので、そろそろスルーに徹底するべきと判断した。
それに、今は撮った写真の方を見ていたい。
「そういえばさ、アトラクションから降りる度に写真撮ってたよね。 どうして、そんなにいっぱい撮るの?」
「写真を見返せば、その時のことを思い出せるからです」
「そうだけど、別に毎回撮らなくても」
「何一つ欠けて欲しくないんです。 大切なもの……ですから」
それから、ランチセットが来るまで、互いに何も話さなかった。
昼食を終えてから、本当に弾丸のようにアトラクションを回っていった。ここからは、午前とは違って人気のアトラクションにも並んだ。本当は並ぶくらいなら乗りたくないのだが、先輩と一緒だと不思議と並ぶのは苦にならなかった。
「いやぁ、回った、回った。 流石に全部は疲れるねぇ」
「まだです。 あれも行きましょう」
そして、最後のアトラクションへ。
「最後は仲良く観覧車って、ほんとベタだねぇ」
「私は初めからそのつもりでした」
正直、デートに遊園地を選んだ理由はこの為だ。
「初めからって。 あっ、もしかして、しいちゃんは観覧車で良いムードでムフフな王道展開がしたかったり?」
「夕陽綺麗ですね」
「もうしいちゃんってば。 ちょっとくらい乗ってよ」
乗りません。乗るのはアトラクションだけでいいです、と口にすると本来の目的から逸れそうなので言わずに飲み込んだ。
観覧車がゆっくりと上っていく。
もうじき頂上へと到達する。そろそろ頃合いだ。私は先輩と向かい合って座っていたが、先輩の隣へと移り、迫った。
「おや、本当に王道だね。 じゃあ……ちょ、何して!?」
「先輩は私の告白をオーケーしてくれました」
「………。 だね」
唇を強く噛み締めた。そして、震えながら言葉を紡ぐ。
「……あの人にはするのに……私には、しない……んですか……?」
「空には」
「言わないで、して……ください」
先輩の顔を見ないように目を瞑り、親鳥から餌を欲しがる雛のように先輩を待った。
「先に言っておくけど、君にお願いされたからじゃないよ。 勘違いはしないでね」
「……っ!!」
自分のじゃない体温が唇に重なり、しばらくの間何も考えれなかった。
観覧車を降りると、
「写真。撮らないの?」
「いいです。 嫌というほど、目に……焼き付いた……ので」
「そっか」
私はフードを深く被り、早足で歩き出す。
──初めてのキスは少しだけしょっぱかった。