チャプター 2
付き合い始めて二週間経ったが、先輩との仲は特に進展はしていない。いつも通り喋って帰る。同じことの繰り返しばかりだった。
これでは、ただの仲の良い先輩と後輩で。それに痺れを切らす者が現れた。
「ねぇ、何してるの?」
「下腹部が騒つくのでお手洗いに来ました」
「そんな見れば分かること聞いてると思うの?」
「ちゃんとうまくいってると思います」
「そう思い込んでると思ってた。 だから、わざわざ話しに来たのよ」
どうせ私の進捗なんか興味ないくせに。本当に厄介な人。馬にでも蹴られたらいいのに。
「何、その目?」
「すみません。 最近、突発的に目つきが悪くなるんです。 今度、信頼のできる無免許医に相談しておきます」
「ふんっ。 ともかく、さっさと進展してよね。 それこそ貴方で言うところのマンガみたいに」
「……善処します……」
話を終えると彼女はすぐに去っていった。
別に、私は彼女の言いなりになるつもりはない。私は自分の目的の為に行動している。偶々、それが彼女の目的にとって都合がいい。
言わば利害が一致しているだけで、それ以上でもそれ以下でもない。なのに、まるで下僕のような扱いだ。同い年とは思えない。
流石は、スクールカーストの頂点に君臨するお嬢様だ。私のような底辺とは考え方が違う。
「何も知らないくせに……バーカ」
私のか細い言葉は鳴り響く事もなく消えていった。
今日は先輩が図書委員の日なので、その仕事が終わるのを図書室で待つ事になっている。
先に帰らないのは、私は帰宅部で忙しくない。そして、先輩の彼女。なら、一緒に帰るのが道理だ。
黙々と歩き、図書室へと到着すると扉の前で、一人の女生徒がソワソワしていた。
彼女との面識は一切ないが、私は彼女を知っている。それもそのはず彼女はこの学校の生徒会長だからだ。
「そんなところで何してるんですか? 生徒会長」
「あ、ああ、貴方はあの!?」
何やら驚きの反応を示す生徒会長。その反応は私を知っていると言っているようなものだった。
さて、私としては生徒会長様にマークされるような悪事を働いた覚えはない。罪の無い健全な一生徒だ。もし、彼女がそんな私を気にする罪があるとしたら先輩絡みだろう。
なら、見て見ぬフリをするのがベストだ。
「中入らないんですか?」
「……別に、ここに用はないわ」
つい『そんなの嘘』と言いなくなるほど、分かりやすい反応を示す生徒会長。きっと、先輩のあの噂が関係している。是非ともその真相を聞きたいところだけど、やめておく。
私は子どもだけど、彼女から聞くほど無粋じゃない。
「そうですか。 私はここで大切な人を待たせているので。 それでは失礼します」
「え、えぇ……大切な人……」
私の子どもな一面に生徒会長を反応させたので、最後の方の言葉は聞かなかった事にする。
「失礼します」
「やっほー、遅かったね」
カウンターに座り、本を片手に手を振る先輩。でも、何故か本を持っている方の手を振っていた。
「お手洗いが少し混んでまして」
「へぇ、それは大変だったね」
先輩が期待の眼差しを向けてくる。私も大体察しているが、それに応えるつもりはない。
しばらくの沈黙。そして、先輩は我慢が出来なくなり口を開いた。
「ねぇ、これツッコんでくれないの?」
敢えて無視していたのに催促されてしまった。しょうがないな。
「振る手、逆です。 これで満足ですか?」
「うん。 満足、満足〜」
絶対に、この間のコメディものの件を勘違いしている。私が好きなのはそういう露骨なボケではなく、言葉に隠れるやり取りや皮肉っぽいジョークが好きなのだ。
決して、乏しあうとか、下らないおとぼけが好きな訳ではないというのに。全く。
「そう不機嫌にしないでよ〜。 可愛い顔が台無しだよ」
「不機嫌じゃないです」
「そっか、そっか〜」
またニタニタしている。本当に何がそんなに面白いんだろうか。
「とりあえず、こっちきなよ」
「いいんですか? 私、委員でもないのに」
「別に誰も気にしないよ。 ほら早く〜」
「分かりました」
先輩に促されるまま、カウンターに入り隣へと座った。
「まぁ、ここに来てもらったからにはちょーっと手伝ってもらうけど」
この人は……。
「別に構いません。 何をすればいいですか?」
「んーと、それじゃあね」
それから本の返却に整理、リクエストの審査等の意外と多い図書委員の仕事を2人でこなした。
気付けば、日が沈みはじめ、窓から夕陽が差し込んでいた。
「っと。 これで、終〜わりっ! お疲れ様〜」
「はい、お疲れ様です」
「じゃ、帰ろっか」
「…………」
「そんなに夕陽が好き?」
「いえ、別に」
また先輩がニタニタと笑う。まるで、新しい玩具を見つけた子どものような悪戯っぽい笑みだ。
私自身、本当に夕陽には何の興味もない。ただ先輩と生徒会長の噂はここでこの時間に行われたから気になるだけ。
「何だか物欲しそうな顔だね。 当ててあげようか?」
「どうぞ」
「私と空の事だ」
空とは生徒会長の名前だ。
「正解です……」
「やった! じゃあ、正解した私にご褒美が欲しいな〜」
無邪気に喜ぶ先輩のせいで、胸の奥にあった何かが外れたような気がした。
「いいですよ……でも、その前に答えてください。 先輩が生徒会長にキスを迫ったって話は本当ですか?」
私が入学した頃から凄く仲の良い先輩達がいるという噂はよく聞いていた。しかし、2人は余りにも仲が良すぎたせいで、こんな噂が流れた。
2人は同性愛者──レズなんじゃないかと。
そんな話は女性が2人で仲良くしていたらすぐにたつ些細な噂だ。男子だって百合だのなんだのって騒いでいた。だから、本当に気にする必要のない些細な噂だったのだ。
だが、これは噂で終わらなかった。
その時の3年が生徒会を引退し、次の生徒会長が誰になるか囁かれ始めた頃に事件は起きた。
とある生徒が目撃したのだ。図書室で先輩が生徒会長……空さんにキスを迫り、泣かせたのを。
私はその真相を知りたい。私の為に。
「どうしてそれを知りたいの?」
「今カノが元カノの話を知りたがるのは世の常です。 うっかり足を踏んだらごめんなさい」
「なら、安心だね。 空は元カノじゃないよ」
「じゃあ、キスは?」
「迫ったよ。 刺激的に、情熱的にね」
無性に下唇を強く噛みたくなった。
「……なら、しましたか?」
「ご想像にお任せします」
「分かりました」
私は自分の荷物を持ち、先輩の側へと歩み寄った。
「さっきご褒美が欲しいって言いましたよね?」
「うん、言ったよ。 何くれるの?」
「今度、デートしましょう。 遊園地で」
「それは……楽しみだね」
これでいい。先輩が"本当に女性"を愛する人だと分かった。それだけで充分だ。