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フューチャー・リング  作者: 瞬く心
Chapter 2
8/30

#8 「出発」


 ◇


 水を手ですくって、水面でゆらゆらと揺れる自分の顔を眺める。

 太い困り眉。見開いていても細い眼。

 別に自分が嫌いというわけではないけど、自分の顔を見るのはいい気分がしない。


 口角を上げて、笑顔を浮かべる。

 にこにこと、誰が見ても幸せそうだと感じるような表情を。

 いつも通りの習慣、体操のようなものだ。

 

 笑顔でいられさえすれば、喧嘩腰の相手も多少は矛を収めてくれる。

 笑顔でいられさえすれば、しつこい相手も気味悪がって逃げてくれる。

 笑顔でいられさえすれば、妹を悲しい顔にさせずに済む。


 そんな経験則を、私の武器に携えて。

 ばしゃりと、冷えた水を顔にぶつける。

 

 (う~、気持ちいい)

 

 木の樽に入った水を、柄杓(ひしゃく)のような形の道具ですくって溜めておく。

 髪の先端から根元にかけて、指先でわしゃわしゃと髪をといていく。

 こうやって身を整えるのは、いつぶりかな。

 主観だと6日ぶり、だけど。

 私は謎の場所で発見されたみたいだから、実際にはどうなのか想像したくもない。

 

 「……何をしているんだ?」

 「あっ、ロス。おはよう」

 

 突然私の横に表れた、昨日と変わらない水色のローブ姿。

 そして、若干目を細めて私の行動を眺めている。

 

 「ああ、早いな。ところで、それは――」

 「えっと、あっ……水、使っちゃダメだった……?」


 来たばかりの時にロスはこの樽の水を使って水を飲んでいたし、どういうわけか床に置いておくと数秒でいっぱいになるから使ってもいいと思ってしまっていた。

 

 「いいや、構わない。ただ、何をしているのか気になっているだけだ」

 「髪をといてるだけだよ」

 「とく……?」

 「えー、こうやって、髪をブラッシング……指で擦って、洗う準備をしているの」

 「髪を……洗う? 準備……?」

 

 ロスの瞳がだんだんと開いていく。

 そして、親指を顎にあてがった。

 

 (あ、これは伝わってない……)

 

 この世界の人と、常識が違うことについては魔法がある時点で覚悟はしていたつもり。

 ということは、もしかしなくても、「髪を洗う」っていう概念が無いなんてことも――。


 「それは……必要なことなのか?」 


 (や、やっぱり……!)

 

 「な、無いとダメって程じゃないけど、落ち着かなくなるかな……」

 「ほう。本当に、興味深いことをするな、リンは」


 それだけ言うと、部屋の真ん中の机にある椅子に座って、私をじっと眺め始めた。

 多分、髪を洗い終わるまでずっと観察するつもりなんだろう。


 (落ち着かない……落ち着かないよ……)


 髪をとかし終わり、水で汚れを洗い流すまで、ロスはずっと私を見続けていた。


 

 ◇


 

 「準備は整ったか?」

 「……うん、だいたい」

 「歯切れが悪いな。……何だ?」

 

 朝は、思ったよりもせかせかした感じはなく、外の日が昇ってある程度経つまではひたすら準備をしていた。

 と、言っても、ロスは直ぐにでも出発できる態勢は整っているらしく、後は私次第、という感じだったけど。

 下着が無い、という話をしたら皮の素材―元が何だったのかは知らない―を渡してくれたし、カバンが無い、という話をしたら柔らかく大きな葉っぱを持ってきてくれた。

 後は、部屋にどこかの生き物の部位だったらしい小さな針と、私が寝床にしていた植物を繋ぎ合わせて一本の糸にして。

 私が体感一時間ほど、それを縫って一式作り上げていた。


 「いや、でも、これ以上時間を掛けたら……」

 「リンに何かをやらせたら興味深いものが見られるからな。いいぞ、言ってみろ」

 「えーっ、と」

 

 視線が、無意識に拠点の端に置いてある剣に向かう。

 正直に言って、今のままでは「生活」はかろうじて出来ても「自衛」は難しい。

 だから、この拠点に来た時から、立てかけてある金属の剣が気になっていた。

 

 「(つるぎ)か」

 「うん」

 「……あれは、リンが扱うには――」

 「私の力が、足りないことは分かってる!」

 

 ロスが驚いたかのように目を見開く。

 思ったより、声が大きく出てしまったみたいだ。

 でも、出してしまったものはもう、止められない。


 「だけど、私は自分くらい、自分で守れるようになりたい! 魔法が使えなくても、何も出来なくても……そのために、必要な第一歩だと思うから」


 家族の幸せを、妹の幸せを、私は守り切れなかった。

 ならばせめて、私の出来そうな範囲で、自分自身くらいは、自分で。

 私の過去を思い返して、数少ない私の武器――笑顔と、もう一つ。

 それこそ何年ぶりで、最後にやったのはいつの日やらといった具合だけれど。


 (中学校の頃までやっていた"剣道"、ここでも生かせないかな)


 お母さんが居なくなってから忙しくなって、辞めてしまったけど。

 近所の道場に入って、しばらく心身を鍛えていたことがある。

 私がまずは「眼」を見て、相手のあらゆることを見極めようとする考えを学んだのも、その道場だ。

 ロスの言う"敵"が、人ならば。

 あるいは、獣であっても、「眼」があるのなら。

 私でも、動ければなんとかなるかもしれない。

 

 「私に、あの剣を使わせてほしい」

 

 (我がままなのは、分かってる。それでも――)


 「分かった。やってみろ」

 「……! いい、のね?」

 「無理と思ったなら、諦めることが条件だ」

 「ありがとうっ」


 時間を過度に取るわけにはいかない。

 すぐさま金属の武器防具が立てかけてある場所に駆けていって、気になっていた剣―最も細身で、反りが真っすぐで、シンプルな蒼い剣を手に取った。


 「ふっ……うっ……ん?」

 

 ただ。

 ――持ち上がらない。

 

 何度か体勢を変えて試してみたけど、引きずることは出来たとしても、重すぎて剣先が上げられない。

 これでは、私にとって剣としては絶対に使えない。頑張って、大斧みたいに振り回して叩くくらい。

 このままでは、ただの余計なお荷物になってしまう。

 

 「ふ」

 

 冷や汗が湧き出る私に、背後から鼻で笑うような音が聞こえた。

 恐る恐る振り返った先に、面白そうに笑みを浮かべたロスが歩いてきていた。

 

 「無理だろう? 無理なはずだ。何故なら、これは――」

 

 ロスが私の隣に来て、持っていた剣をひょいと取り上げた。

 そして、その剣を軽々と持ち上げ、目の前でぶんぶんと回転させ始めた。

 

 「――え」

 「特殊な仕様でな。源素を常に(・・・・・)流し込み続(・・・・・)けなければ(・・・・・)、まともに振ることすら叶わない質量になる神術を組み込んである。質量の生成だ」

 「そ、そんなおかしなもの」

 「言うつもりだったぞ? だが、あんなに熱意を持って欲しいと語られれば、渡してやりたくなるだろう?」

 「……」

 

 なんだろう。完全に自分の掘った墓穴なのに、なんだか騙された気分になってる。

 きっと、ロスの目が、人を弄ぶ時のそれだから。

 

 「諦めるか? 安心しろ、たとえ戦えなくともお前は有用だ」

 「……どうして?」

 「――面白いから」

 

 にたりと、そんな擬音が似合う程に口を横に開き、首を微かに傾けて、そう言った。

 

 (……それって、道化ってことじゃない?)


 胸の中からふつふつと沸きあがってくるものを、どうにかぐっと堪える。

 代わりに、自分の意思を意地でも貫き通してやる。


 「あ、諦めない! 私は、これを、持っていくから!」

 「へえ」

 「おっ――ふんだ!」

 

 剣を無理矢理持ち上げて、腰カバンの紐にきつく結びつける。

 泣き言は言ってられない。

 獣だって何だって振り払って、役に立つってことを見せつけてやるんだから。

 

 

 ◇


 

 ――それから、ロスの拠点を後にする時。


 入り口が天井の端にあるせいで、壁の窪みを登っていかなくてはならないことを思い出して。

 自分の体重に剣の重量が加わって、泣きそうになるくらいしんどかったことは、胸の内だけに秘めておきたい。



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