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フューチャー・リング  作者: 瞬く心
Chapter 1
6/30

#6 「遠い先のミライ」


 「ん――んん――ん――っ!!」

 「……」


 込める。込める。

 目の前の布切れに、無心で、ひたすらに、念を。

 

 (浮かんで!……一瞬でもいいから!)


 意識を床に落ちた布に集中し、手を広げたり指を指したりしつつ"浮かべ"と念じること数分。

 ――それはぴくりとも動くことなく、ただ時間だけが過ぎていった。


 「……はぁ……はぁ」

 「……ふ」

 「――っ」

 

 ついに、棒立ちで微動だにしなかった茶髪の彼女ですら鼻で笑ってきた。

 なんだかやり方そのものを間違っているような気がしてきたし、このまま続ける気力も失いかけている。

 だから、今の状態をそのまま訴えることにした。

 

 「む、無理ですって……意識、といっても何をどうしていいのやら……」

 「そうだな……流石に、おかしい」

 「えっ」

 「ちょっと見せてみろ」

 

 近くに迫ってきた彼女の手が伸び、私の胸の中心に触れた。

 瞬間、ぞわりと体中を熱が巡った。

 手を触れられている心臓の中心から手先の先端に至るまで、ぽかぽかとしてくる。

 

 「なに、これ……!」


 無表情の彼女が手を離すと、その熱は呼吸に合わせてじんわりと引いていくように感じた。

 

 「……どうだ? 動きやすくなった感覚はあるか?」

 「……あの、はい、一瞬、身体が熱を持ったようで……」

 「一瞬、か」

 

 感じたことを率直に伝えると、彼女は考え込むように目を伏せ、親指を顎に触れていた。

 しかし、まもなく手を下ろして私の目に視線を合わせてくる。

 

 「リン。お前に『神術』は使えない」 

 「……へ?」

 「理由は二つだ。一つは、リンの体内に『源晶石』が存在しない。もう一つは、リンの身体が源素を異物として認識している」

 「……」

 「先程やったように直接源素を流し込んでも、リンが吐く息と同時にそのほぼ全てを排出している。身体に感じた熱が一瞬しか持たなかった事実がそれを証明しているな。……本来ならあれで半時間ほどは身体能力が増幅されるはずだったんだが」


 彼女の口から出た言葉は、私の希望を打ち砕くほどに丁寧だった。

 どうやら、私は魔法使いになれないらしい。

 

 (大丈夫。もともと持っていなかったものが使えないと分かっただけだから。大丈夫……)


 ちょっと身体が重い。疲れているのでしょう。

 床に両手を付いて、気持ちを落ち着かせていく。

 

 「……前例が無いな……興味深い」

 

 上では何かとぶつぶつ言っている声が聞こえる。

 この世界では、この人みたいに"魔法を使う存在"が居るということ。

 それが分かっただけでも、元の世界へ戻るための難易度が劇的に跳ね上がった。

 「日本語が通じる謎世界」じゃないんだ。

 「剣と魔法のファンタジー世界」なんだ、ここは。


 (魔法が使えないって大きいなぁ……)


 これって結構、大きなデメリットだと思う。

 外の世界の環境によるけど、生存率が大幅に下がってしまう。

 ここが日常的に魔法を使うだけで、平和ならまだマシだけど、戦争中とかなら目も当てられない。

 超金属とかで身を固めたりしないと、あっさり死んでしまうかもしれない。

 

 それと結構重要なのが、日常生活。

 魔法を使おうと悪戦苦闘しているときにちょっと考えたのだけど、どうしてこの人がアレの話からいきなり神術(?)という魔法の話に移ったのか。

 どうしてこの部屋にトイレが無いのか。

 もしかして、いや、もしかしなくても――魔法を使って、自分で処理しているんじゃないかな?

 そう知ってしまっては大変だ。

 だって、魔法が使えないんだもの。

 

 (……ほんと……ほんとに……どうすればいいの……)


 「リン、どうしたい?」


 絶望に暮れようとしていた私に、突然疑問が投げかけられた。

 

 「どう、したい?」

 「まさか、ここにずっといるつもりじゃないだろう? ……出た先での話だ。何がしたい?」

 「――――」

 

 何が出来るか、と問われると何もできないかもしれないけど。

 何がしたいか、と問われるなら答えは出てる。

 試すように貫いてくる紺青の瞳を見返して――、


 「私、元の世界に帰りたいんです。だから、そのために、まずは……私が発見された場所に行きたい」

 「そうか。……なら、我も同行させてもらう」

 「は……え?」

 「行くとしよう。ひとまずここを出る、細かい話はそこからだ。我の手を掴んでいろ」

 

 急な話の流れと、そう言って差し出された手に、理解が追い付かない。

 

 「ちょ……ちょっとまってください、あなたは、ここの人では……」


 手を掴むのを躊躇っていると、「ふ」と鼻を鳴らした後、立ち上がってつかつかと扉に向かって歩き出した。

 そして、ドアノブを掴み、ぐっと押して、すぐに離した。

 いつかのように、バガンと大きな音を立てて扉が閉まった。

  

 「……万が一にも脱走されないよう、神術の仕掛けを維持する、部屋を監視する。それが我の仕事だ。朝に"楔を打っている"と言ったな……各部屋のそれから詰所へ「源線」を伸ばし、先端を開閉すれば勝手に源素を取り込んで展開できるようにしておいた」

 「へ、へー……」

 

 原理は全く分からないけど、人手を要らなくしたってことかな。

 

 「ジールには先日、"この区画に楔を打つために、リンの担当を我に変えて欲しい"と伝えてある。奴なら、それだけで意味は通じるだろう。……これで問題はあるか、リン」

 「え……い、いえ」


 根回しは済んでいて、この人は私に同行する気でいる。

 それに、思わぬ仲間がここで見つかったのなら僥倖だ。

 一応、この人が何を考えているのかわからない、という謎はあるけれど――。

 

 『――その者は信頼できる故、さまざま相談召されるといい』

 

 ジールさんが信頼できる、と言っていた人だ。

 きっと――大丈夫なはず。


 「我の手を掴め。離すなよ」

 

 きっと荒波の「外」の生活が待っている。一人の仲間と共に。

 不安と希望――今ではその二つを胸に秘めながら。

 その手を、掴む。

 

 「――――」


 急加速のジェットコースターに乗ったような衝撃。視界がぼやけた。

 壁も、天井も、床も、すべてが細切れのようにばらばらになって、遥か後ろへと流れていく。

 白黒の世界。

 五感がふわふわと認識できない空間で、光がまばらに見えては消えていく。

 そして――。


 …

 ……

 ………


 「――リン」

 「は……っ」

 

 気づけば、空と下の小さな街並みが見える場所に、彼女と立っていた。

 左横にいた彼女の無表情を見て、ふと次に周囲を見渡すと、生い茂っている木々。

 山の上、なのかな。


 「あれが、首都セントリィだ。真ん中にある巨大建築物がミバ王宮、リンはその地下の監獄施設、エクシオンに居た」

 

 掴んでいた右手を離し、その手の人差し指を目下の街に向けて、彼女はそう説明した。

 インドの写真で見かけるような丸みを帯びた大きな建物から、円心状に様々な大きさの家がずらっと並んでいる。

 それを囲うように地面がごっそりと窪んでいて、四方に橋が掛けられている。

 あれは……外敵とやらに対抗するための構造、なのかな?


「もう立ち寄ることのない街だ。――まあ、リンにとっては苦い記憶にしかならない場所だろうな」

 「えっ、いや、そんなこと……でも、どうしてもう立ち寄らないって……あの街でもう少し準備してからでも」

 「"団"がいる。リンも会っていただろう。ジール・アグライア――あいつの配下である大組織だ。リンは外向的には『他国から連れ出した要監視人物』だからな。下手に街をぶらついてみろ、摘発されてエクシオンに逆戻り――当然、我にも責任という鎖が付いて回る。今がここを抜け出すには最大の機会なんだ」

 「……でも、ジールさんは」

 「――四つ日。ジール・アグライアはそう言っていたな。あの後に待っているのは、"街の中で団の監視を受けながらの生活、その強要"だ。エクシオンからは出される。が、セントリィから出られる、とは約束されない」

 「――!」

 「そうなれば、リンの望みは遠ざかるだろう」


 街に向けていた視線を、さっと彼女へと向ける。

 なんとなく、彼女は強引でガサツな人かと思っていたけど……そこに確かな理由を持って行動出来る人なんだ。

 

 (凄い、なぁ……)

 

 でも、まだ掴み切れないことがある。

 そこまで洞察できるほどの人が、私を気に掛ける理由って、なんなんだろう。

 興味深いから、とか言っていた気がするけど――


 (本当に、それだけ?)


 「まぁ、そんなことはいい。リンの目指す場所は何処にあるんだ?」

 「あっ、"セントリィから北西方向、ペヤル半島付近の巨大遺跡"……ってジールさんが言ってました」

 「なるほど。……紛争地帯、その境界線の島だな」

 「ええ……」

 

 (私、めっちゃ危険な場所で発見されたの?)

 

 「この先に我の仮拠点がある。そこに向かおう」

  

 我先に、と草木をかき分けて進むこの人。

 行動力の化身みたいな人だ……あ、そういえば。

 

 「あの、ねぇ、ちょっと待ってください」

 「なんだ?」

 「あなたの名前、聞いてませんでした!」

 「あぁ……」

 

 驚いたような顔をした後、面倒くさげな様子で視線を地に落としている彼女。

 

 (あれ、先程までと態度が違う……何か琴線に触れちゃったのかな……)

 

 名前、と一言で言っても、元の世界でだって色んな国や地域での名付け方があった。

 かつての日本でも、親によって「キラキラネーム」という色んな意味で恥ずかしい名前を強制される時代もあったくらいだ。

 今は自由に名前を選択できるようになったものの、他の国ではそうとも限らない。

 ましてや、この世界でそのあたりの事情がどうなっているのかもわからない。

 名が与えられていない人、というのもファンタジーではありがちだったけれど……どうなのだろう。

 

 そう考えつつ、動かない彼女の様子にそわそわとしていると。

 彼女はおもむろに森の向こうを見つめ、呟いた。

 

 「ロス」

 「……ロス?」

 「ああ……我は、ロスだ。そう呼んでくれ」

 

 振り返った彼女――ロスの顔は、無表情だった。

 けれど、その紺青の瞳には――微かに揺れる、炎が見えた。

 その感情が、何を意味しているのか。

 それを考える暇もなく、ロスは歩き出していた。


 「行こう」

 「は……はい!」


 雲一つ無く晴れ渡る空に、天の最も高い位置で輝く太陽。

 その眩しすぎる光から逃れるように、森の暗がりへと足を踏み入れていく。


 ここから先は、私とロスの冒険だ。

 楽しいばかりではないと思う。

 むしろ、苦しいことばかりになってしまうかもしれない。

 でも、ここで引き返すことは出来ない。

 元の世界に――そこにいる、友人と、家族と、最愛の妹の元へ帰るために。

 

 (頑張らなくっちゃ……!)

  

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